第96話 偽物との対話①
バンドフェスの翌日。
慌ただしい日々を終え、それぞれが日常へと戻ろうとしていた。
「いやー怒られたっスねぇ」
「当たり前でしょ。大事な仕事すっぽかしてカラオケ行ってましたーとかアホすぎるわ」
ミーティングと言う名のお説教を終えて帰宅。
家で項垂れるダークと、淡々と嗜めるシューコ。
「あはは。でもシューコさんまで怒られることなかったんじゃ?」
「別に……遊び誘ったのはシューコだし。自分がやったことの責任くらい取るわよ」
フェスは無事成功、表向きにはトラブルもなかったことになっている。
がしかし、それは公表できないだけ。
久茂ダークが出番に戻らなかった件について、二人は厳重注意を受けた。
本来なら処罰は免れないように思うが、フェスの進行に支障が出なかったこともあり、運営側は対応に困っているようだった。
「とにかく。今回はマネージャー達だったけど、3期生の先輩方には改めて謝りに行くわよ」
「っスね。お供するっス!」
「バカ、お供すんのはシューコよ。菓子織りなんかは自分で選びなさい」
「えっ自分そういうセンスないんスけど……買いに行くとき付き合って貰えないっスか……?」
「はぁ……しょうがないわね。変なもん渡されても先輩方が困るだろうし」
反省しつつも、どこか晴れやかな顔の二人。
ようやく取り戻した心の平穏を分かち合う。
「3期生と言えば、シェアハウスの住民一人増えるらしいっスね」
「ああ。プルトさんね」
「あれ? シューコさん知ってたんスか?」
「ウラノさんが話したそうにソワソワしてたから聞いてあげたのよ」
話題に上がった先輩の話。
彼女らもまたフェスを通じて和解することができたと聞いている。
「そうでなくても、あんな匂わせイラスト見せられたら誰だって気づくわ」
「イラスト? ってプルト先輩が書いてくれたフェスメンバーの全体イラストっスか? 匂わせって?」
「あんた、あれ見て気づかなかったの? 相変わらず鈍いわね」
「うっ……自分も書いてもらえて嬉しいなーとしか……」
イラスト、というのも3期生のライブ直後にSNSで投稿されたモノ。
発信者は山文プルト。実に2年ぶりの投稿であり、界隈はその話題で持ちきりだ。
「あのイラスト、比率がおかしいのよ。一般的に横長なら4×3とか16×9の比率が多いけど、どれにも当てはまらない中途半端なサイズだったから」
フェス出演メンバー総勢12名が描かれた大作、そのイラストのとある違和感から噂されていた。
「で、全員が手繋いでて左端のウラノさんの手が見切れてる。あの絵の続きに誰が居るのかなんて、考えるまでもないじゃない」
「あ、なるほど……言われてみたら足りない感じするっスね!」
「あれ書かせたのもウラノさんらしいし、意外に恋愛脳よね」
ゴシップな話に花を咲かす。
何も彼女らを馬鹿にするような意図はない。
「何にしても、ウラノ先輩が幸せなら何よりっス」
「それは間違いないわね」
ただ人の幸せに癒やしを感じているだけ。
仲間として、1視聴者として。
そんな雑談の最中、二人の携帯端末が同時に音を鳴らす。
「ん? メッセージ?」
「自分のとこにも来たっス」
二人して画面を確認し、特にシューコは差出人を見て大きな反応を示した。
「アルマさん!? でもこれ……」
導化師アルマからのメッセージ。
その名前を見るだけで嫌でも警戒してしまう。
しかし元々持っていた情報からその疑いは晴れる。
「……いや。少なくともツムリさんじゃないっスよ。だって……」
「そうだった――――まだ目、覚ましてないんだっけ」
◇
気づけば知らない場所に立っていた。
「あれ? ここはぁ……」
見渡す限りの白、何も無い世界。
どう考えたって現実の景色ではない。
「死後の世界? なんちゃってぇ……」
「なーに物騒なこと言ってんのさ。ツムりん」
不意に声をかけられる。
振り返り、姿を視認する。
「アルマさん?」
「はーい。道化を導く道化こと導化師アルマさんだよ♪」
「えっ本物!?」
「ううん偽物ー」
「なんだ偽物かぁ……え? じゃあ何者?」
一瞬納得しかけ、また疑問に思う。
見知らぬ場所で、導化師アルマの偽物を名乗る人物。
一体どんな状況だと言うのか、彼女はその答えをくれる。
「ここは君の脳内世界、アタシは君が生み出した幻想。君の思う、みんなの理想の導化師アルマ像――――って言えば伝わるかな?」
「あぁ……理解しましたぁ」
言われて気づく。慣れ親しんだ人格。
予想を越えてこない、想像通りの導化師アルマだ。
「今現実のツムりんは眠ってるんだけど、何が起きたかは覚えてる?」
「えっと? 確かフェスがあって、バトルマーメイドとして出演した後ぉ……あぁ、ダークさんの舞台奪っちゃって……」
「そ。終わってすぐ倒れちゃった。ストレスでね」
「ストレス……」
記憶を振り返り、景色がフラッシュバックする。
思い出すだけで胃がキリキリする。
「ツムりんさ、今楽しめてる?」
「あー……最近ちょっと忙しくてぇ。でもみんなが楽しんでくれれば、私はそれでぇ……」
「みんなって? 何も知らないファンはともかく、全部知ったメンバーは楽しそうに見えた?」
「…………」
楽しそうに見えたか、だって?
そんなこと……あるわけない。
そもそも自分は、誰か一人でも楽しませられているのか……?
「導化師アルマを演じるようになってからさ、何ができた? ムルちゃは君の事情を知った結果、活動できなくなったよ」
「あ……」
「シューコちゃんはしばらく無断で休むくらいショック受けてたみたい。ジューさんとサタにゃんは……勝手に立ち直って本物を励まそうとしてたかな。それで? 君は導化師アルマの役目を果たせてると思う?」
「やめ……てぇ……」
追い詰めるように問うてくる幻想。
そして遂に核心を突いてくる。
「障害にしかなれてない。言った通りになっちゃったね? 『導化師アルマはもう誰も導けない』って」
言葉を失った。
言い返すなんてできるはずない。
だって、言われるまでもなく理解していることだから。
「どうする? 導化師アルマ、辞める?」
「でも……今更辞めても……」
「そうだね。みんなのツムりんを見る目は変わらないと思う」
異迷ツムリを見る目。
久茂ダークの舞台の後に感じた、あの視線。
怖い。もう……見られたくない。
「疲れちゃったよね。異迷ツムリで居ても辛いだけだし……それでね。1個相談があるんだけど、良いかな?」
「相談……?」
優しい声音で聞いてくる。
それは異迷ツムリにとって、酷く都合の良い甘言。
「アタシに任せてくれないかな? 誰も導けなかったけど……せめて責任だけは取らせて欲しい」
「責任って……?」
「全部元通り! とは行かないかもだけど、ヘイトタンクくらいにはなれるかも? あはは……これ以上ツムりんが苦しまなくて済むようにさ、頑張らせて欲しいな」
「そんな……でも……」
わかってた。断るべきだって。
けど現実に戻っても、いつもの異迷ツムリで居続けられる自信がなかった。
……限界だった。
「…………いいんですかぁ?」
「もっちろん。この導化師にお任せあれ♪」
差しのべられた手を握る。
そして、白の世界は音もなく閉じていく。
……………………。
目を覚ます。白い天井の病室。
起き上がる。すると側で俯いていた誰かが声を発した。
「……? っ、ツムリ! 起きたのか!?」
異迷ツムリのマネージャー。
彼を認識し、自然と口が開く。
「――――お、アッキーだ。おはよー」
「ツムリ? どうして今アルマのフリを……」
「フリじゃないよ? ツムりんはね、疲れちゃったんだって」
目を細め、宣言する。
この先の、自分の在り方を。
「これからは――――導化師アルマとして生きてくから」




