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第94話 夜の部:アメツチ / 過去

◆(フェス1ヶ月前)




「朗報だ。アメツチの新メンバーとしてティアが加入することになったぞ」


 ブイバンドフェス1か月前、ミーティングと称して事務所に集合したアメツチの二人。


「ん? なに勝手に決めとるん?」


 最初は驚き、やがて怒りへと目の色を変えるウラノ。

 粗暴な返答、不機嫌な表情に相対してもカチュアは動じない。


「ウラノは反対か?」

「当たり前やろ。人増やしたいんならウチ抜きで新しいユニット作ればええやん」

「ティアは貴殿と歌いたいと言ってるんだがな……どうしてもダメか?」

「理由、言わな分からんの?」


 カチュアの頼みを検討することもなく断る。

 ウラノは何を言われても毅然と返すつもりでいた。


「では勝手に解釈させてもらおう。貴殿とプルトの仲を取り持てば良いのか?」

「……誰もそんなこと頼んどらん。あんなヤツもう会いたないわ」

「それは本心か? 本人が居ても同じことを言えるか?」

「……言えるし」


 流石に怯み始めるウラノ。

 ここまで直接的に追求されたのは初めてのことだったから。

 カチュアも今まで気遣ってくれていたというのに、何故今日はここまでしつこいのか。


 疑問に思い始めた頃、カチュアの一言が思考を止めさせた。


「だそうだ。プルト」

「…………は?」


 言葉を理解するより先に、それは眼前に現れた。

 忘れもしないその姿、その声。

 ずっと好きで、焦がれ続けて、今は聞くだけで腹立たしい。


「……今声かけるのは約束と違うでしょう。会いたくないというのがウラノさんの希望ですよ」

「黙れ意地っ張り共め。未練タラタラな癖に自分すら騙そうとして、納得するわけないだろう」

「ちょ、なんでおるん!?」


 物陰から出てきたのは、2年前まで山文プルトと名乗っていた女性。

 散々自分の前から姿を眩ましていた彼女が今更どの面下げて会いに来たというのか。


「マネージャーとして許可をいただきに来ました。ティアさんのユニット参加の許可を」


 熱くなりかけていた頭がスッと冷めるのを感じた。

 あくまで仕事として、自分の担当タレントのために動いているのだと知って。


「……あっそ。許可は出さん。それで話は終わりや」

「残念ながら許可いただけるまで帰れません。理由をお聞かせ願えますか?」

「あんたがそれ聞くか……」


 次々と厄介ごとを持ち込まれ、ウラノは額を抑える。

 冷静さを保とうと、感情コントロールに意識を向ける。


「埋めたくないのだろう? プルトの抜けた枠を」

「っ!? うっさいわ!!」


 しかし努力も虚しく、カチュアの無神経な煽り言葉に激情を引き出される。


「結局、貴殿は未だ捨てきれておらんのだ。プルトの居た頃、天地冥道の幻想を忘れられず現状維持に逃げている」

「何勝手なこと……っ。……はぁ、ほんとなんなん? こんな悪趣味なことして何がさせたいん?」

「いつまでも貴殿が湿った歌しか歌わんからだ。こっちまで気が滅入る」


 呆れたように指摘するカチュア。

 それに続き口を開くプルト。


「私も……誓います。もう二度と逃げないと。ですから……」


 懇願するように、真っ直ぐ視線を送ってくる。

 ずっと、こうして会いに来てくれるのを待っていたはずだった。

 けれど、いまさら素直になんて……。


「……なんであんただけ立ち直っとるんよ。ずるない?」

「それは……二人の推しのおかげ、ですかね。元気をもらえたから、お返ししたいと思うようになったんです」


 拗ねるウラノに、プルトは静かに語る。


「一人は私の担当。ティアさんをマネジメントするのは大変ですけど……あの子の歌は、私にとって何より特別なんです」


 何より特別、その言葉に少しムッとするウラノ。 


「そんな顔しないでください。もちろんウラノさんの歌も好きですし、それだけじゃありません」


 声が震える。弱々しい語り口に、後悔の気持ちがにじんでいた。


「ずっと、恋しかった。離れたあとも、ずっと心配して……配信で元気そうな姿を見るたび、勝手に安心してました。けど、実際はただ表面を取り繕ってただけと聞いて……居ても立ってもいられなくなって」


 ずっと自分のことを想い続けてくれていた。

 それ自体は嬉しい、はずだが……。


「……そんなん言われても今更過ぎるわ。なんであのとき頼ってくれなかったん? 疑惑だとか、評判だとか……どうでも良かったんよ。ウチは、周りに好かれんくなったとしても……ただ一緒に居たかっただけなんよ」


 長い間、虚空に投げられ続けた互いの想い。

 その空白をどうしても納得できず、本音がこぼれた。


「私は……嫌われるのが怖かったんです。山文プルトが迷惑な存在だと思われたくなかった。好かれたまま、消えてしまいたいたかった。当時は遠慮して身を引いたつもりでした……けど、それも身勝手なワガママだったんですよね」


 皆のため、そう言って離反した彼女が初めて己のエゴを認めた。


「こんなことならもっと早く言うべきだった。私の本心……本当の希望。まだ間に合うなら言わせてください」


 今更すぎる。何度思ったか。何度口にしたか。

 それでも、どれだけ遅くとも、こうして向き合えているのなら……それは間に合っていると言えるのか。


「ウラノさん。私は――――もう二度とあなたと離れたくない。それが叶うのなら何だってします」


 遅すぎる告白。

 苛立ちと恋しさ、2つの感情が反発する。


 否定したい。この2年間貯め続けた怒りはこんなものじゃない。

 けれど、これ以上時間を無駄にしたくない。

 頷くだけで、ずっと求めていたものを取り戻せる。


 迷って、迷って、初為ウラノが下した選択は……。


「…………言うたな? なんでもするて」

「え? えと……はい」

「とりあえずパッと思いつくだけで10個はあるけど?」

「じゅっ……なるほど……」


 償わせる。

 それが今の自分にできる最大限の譲歩。

 彼女が差し出した言葉の真偽を確かめるためにも。


「絶対やってもらうからな? やないと今度こそ絶対許さん」

「か、かしこまりました……」

「プルト……早まったかもしれんな……」


 若干引き気味に苦笑いする2名、対してウラノは意地悪く笑う。

 まだ、歪。それでも……ようやく叶った。

 ずっと思い描いてきた幻想。

 3人で笑い合う、この光景。







 実現不可能と思われていた3人の舞台。

 与えられた時間は5分、貴重な1曲の演奏を始める。


《ああ、この曲……》

《もう一生ナマで聞けないと思ってた……》


「"歩ける足があるならば 踏みならしましょう茨道"」


 それは以来、一度も歌うことのなかった楽曲、『ミチナキ道』。


「"道が閉ざされたのならば 橋架けましょうこの天に"」


 二人で歌えば、彼女との繋がりを否定してしまう気がして。

 どれだけ言われてもウラノは頑なに拒み続けた。


「"天が閉ざされたのならば 抉じ開けましょう冥府の門"」


《前が見えねぇ……でも見なきゃ》

《二度とできない体験って言ってたしな……!》


 それでも、今日この曲を歌うと提案したのもウラノ自身だ。


「"未知を明かして道とする"」


 終わらせるなら、ケジメをつけないと前を向けない気がして。

 プルトへの要望の一つとして言い渡した。

 たった1曲で良い、3人のラストライブを実現したいと。


「"更地に用なし そこ退け世界"」


 喉奥で溢れそうな液体を抑える。

 後悔のないよう、歌い尽くすために。


「"一歩 一歩 未来踏み鳴らして"――――」


 声を振り絞り、最後の一音まで吐き出す。

 そして、音が静かに消える。

 観客たちは昂ぶる感情押し殺し、静寂を作る。

 限られた時間、最後の言葉に耳を傾けるため。


「……夢のような、時間でした」

「せやなぁ……良い悪夢やったわ。一生囚われて居たいくらいに」

「そうですね。いっそ、このまま時間が止まってくれれば良いのに」

「……未来は待たずとも迫ってくる。残念ながら、刻限だ」

「分かっています。私はあくまで過去の栄光……未来に光はない」


《マジで止まってくれ……》

《実は5分じゃなくて5年だった、とか言ってくれても良いのよ……?》


 余韻に浸る時間もなく、せめて丁寧に言葉を紡ぐ。


「けれど、光が当たらないだけで存在は消えない。私は知っています。私が表舞台を去っても、変わらずファンレターを送ってくれる方々が居ることを」


《届いてたんだ……迷惑かもって思ってたけど、喜んでくれたのが忘れられなくて……》

《待ってるって言ってくれたからね。やめろと言われるまでやめないよ》


「ええ。本当に……私は幸せ者ですね。皆様に直接お礼を言うこともできない、不義理な私ですが……せめて別の形で応えたい。だから最後に、現代の私に文を残します」


 時間が迫り、徐々に薄れてゆく舞台背景と一人の姿。

 半透明の手先で便箋を取り出し、中身を読み上げる。


「例え輝きを失おうとも、貴女は山文プルトだ。皆を照らす使命を貴女に与える――――と」


 自身に向けたメッセージ。

 公の場で読んだのも、己の逃げ道をなくすため。


 あくまで自分は過去の人間、そう念押しするように、便箋を現代の人間に託す。


「渡していただけますか? ウラノさん」

「……しゃあないな。あんたがポンコツ照明って言われんよう、ウチがあんたの分まで輝いたるわ」

「ええ。あとは頼みます」


《終わりじゃない! 会えなくても推し続けるよ! この2年冷めなかったように!!》

《素敵な機会をありがとう……!!》


 その言葉を最後に、山文プルトの姿は舞台から消えた。

 戻ってきた現代の舞台背景、カチュアが第一声を上げる。


「潰えた星、輝きを取り戻した星。我々の時間は、ようやく進む」

「ようやっと天地冥道(かこ)にお別れできた。だからもう……アメツチ(いま)に縋らんでも生きていける」


 ウラノは決別を表明する。

 天地冥道だけでなく、アメツチに対しても。

 そして夜の部、最後のメンバーをカチュアは呼ぶ。


「未来への一歩を、新たなメンバーと共に。我々の新たな形――――名は『天泣地踏(てんきゅうじとう)』。来い、魔霧ティア」


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