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第93話 夜の部:アメツチ / 現在

 昼の部が終了。

 久茂ダークのソロに続き、最後は3期生バンドが曲を披露し結果は大盛況。

 舞台の成功に喜び合う――――そんな心のゆとりはなかった。


「……大丈夫ですかな? ツムリ氏は」

「倒れるまで無理しとるなんて……気づけんかったわ」


 重く沈んだ空気。不安げな表情を互いに見せ合う。

 後輩の一人が過呼吸で倒れ、今は病院に向かっていると言う。

 しかし心配なのは体調だけではない。


「やっぱり止めるべきだった。嘘でファン喜ばせたって辛いだけ……これ以上はツムリの負担も……」

「……そうだね。やるべきじゃなかったのかも……私達の舞台も」

「…………うん」

「改めて思うとさ、とんでもない隠し事してるんだね。ジュビア達って……」


 目を伏せながら小さく呟く。

 嘘の舞台が構築される瞬間を目の当たりにし、ようやく実感が湧いたジュビアとサタニャ。

 自分達の加担した嘘がどれだけ残酷なものだったのか、第三者の視点に立って思い知らされた。


「どうしよっか……これから」


 道を見失う。このまま誤った道を進み続けるのか。

 どうすべきか、答えも見つからず静寂が続く。

 その沈黙を破ったのは外から来た一人だった。


「どうするかだと? 今はすべきことをするしかないだろう」

「あっカチュアさん……」


 夜の部、出演グループ『アメツチ』のメンバー。

 カチュアは暗い顔をするメンバーにはっきりと告げる。


「代役を立ててまで継続させることが正しいとは思わんよ。ライブにトラブルはつきもの、穴埋めは対応可能なメンバーですべきなのだろう」

 自責する後輩を見かね、叱責の意味も込めて持論を語る。

「しかし今、我々はトラブルなくここにいる。ならばプロとして全力で舞台に望むべきだ。夜の部を盛り上げること、それが身を削って舞台を守ってくれた後輩のためにできる精一杯ではないか?」


 その迷いを払拭させるため、進む道を決定する。

 一番にカチュアの言葉に反応したのは、同じく『アメツチ』のメンバー。


「……せやな。ウチらの舞台楽しみにしてくれとるお客さんは大勢おる。ごちゃごちゃ悩むんは全部終わってからにしよか」


 その言葉にメンバーは頷き合う。

 覚悟を決めて、準備を開始。

 余計なことを考えないよう目先のことに集中する。

 ブイバンドフェス夜の部、最後の舞台が始まる。







 ブイバンドフェス。1日かけて行われる3部構成の祭典。

 その最後、夜の部。

 

《これで終わりか……》

《最後まで楽しみ。むしろ最後が一番楽しみ》


 惜しまれつつも、配信同接数は今日一番。

 それだけ期待を寄せられたメンバーが登場。

 それと同時に開始する演奏。


《来た! アメツチ!》

《ウラノちゃん!!!》

《カチュアぁぁぁぁぁ!!》


 何を語るでもなく、ただ歌い始める。

 ブイアクトが誇る最高峰の歌声で。


「"降り続く雨、固まらぬ土"」

「"踏まれ 汚れ 洗われてく"」


 1曲目『アメノチ』。

 メンバーが二人になってからリリースした曲。 


「"醜いと疎まれ 泥濘みは増してく"」

「"避けられ また一人"」


 仲間を一人失い、いつまでも晴れない心内。

 初為ウラノのために作られたバラード。


「"変わらない 空模様"

 "渇かない 心模様"」

「"雨天を仰いで 額に雨粒"」


 ウラノは持ち前の美声を発揮、カチュアもそれを引き立たせるように落ち着いた歌唱で合わせる。


「"潤い 満たされ 渇望す"」

「"旱天慈雨(かんてんじう)を求む"」

 

《声、良!!》

《くっっっそ沁みる……早速泣きそう》


 歌声に聞き惚れ喜ぶ観客。

 しかし落ち着いた曲調ゆえ、しんみりとした空気のまま1曲目を終えた。


 3部構成の最後とは言え、夜の部はまだ始まったばかり。

 観客を湧かせるため、盛り上がる曲を1曲目に持ってくるのがライブのセオリーとも言える。

 それを完全無視した選曲。

 すすり泣く小さな音すら響く静寂の中、一人の声が響き渡る。

 

「――――諸君、今日はよく来てくれた。我々の名はアメツチ、これが現在の姿だ」


 いつになく真剣な声色。

 朝の部、昼の部のようなお祭り騒ぎは一切ない。

 

「皆知っての通り、我々も元は3人グループだった。それで言えば……今は望まぬ形で活動していると言えてしまうのか。なあ、ウラノよ」

「そうやなぁ……別にアメツチ自体に不満はないんよ。今の曲も最高のパフォーマンスやし。……けどこうなったのは本意やない」


《ああ……それ触れてくれるんだ》

《やっぱりバンドフェスしばらくやらなかった理由でもあるのかな?》

《そうだよね……誰も納得できない終わりだったから……》


「ああ分かっている。だからこそ――――今宵、我々は理想の形を目指すことにした」


 まるで通夜のような空気感。

 それをカチュアが一言で塗り替える。


「皆には言ってなかったな。実はカチュアには時空を操る能力があるのだよ」


《んー……ん??》

《なんか言い出したぞ》

《あの……感傷に浸ってたのがぶち壊しなんですけど》


 この場面でユーモラスな発言をするカチュアに観衆はドン引きする。

 しかし当のカチュアは大真面目に話を続ける。


「いいか。この能力を使えるのは人生で一度だけ、それも5分間という短い時間。後生大事に取っておいた代物だ」


 ウラノは一切笑わず黙って話を聞く。

 これから起こる事象を既に知っているから。


「だから今宵限り、二度と出来ぬ体験を貴殿らは味わうことになる。しかと目を見開け。心して聞け。―――――それでは行こう。2年前の今日に」


《2年前? いやまさかね……》

《え、それ……許されるんですか……?》


 カチュアの言葉と同時に照明が落ち、舞台背景が派手な演出を見せる。

 そして再び照明が舞台を照らしたとき、そこには3人目の影があった。

 今は遠き過去の姿が、現実に顕現する。


「さあ到着だ。ここは誰がなんと言おうと2年前の世界。我々アメツチが『天地冥道』と名乗っていた頃の世界だ。そうだろう? ――――プルト」

「……そうですね。なんて懐かしい……いえ。見慣れた景色、でしたね」


《嘘ぉ……?》

《心の準備できてないって……一生この声聞けないと思ってたから……》

《あかん。むり。なく》

《感情追いついてないけど、これだけ言わせてください……ずっとお待ちしておりました。プルト様》


 騒然とする会場。動揺の渦が巻く。

 その渦中の本人が声を響かせる。


「ブイアクト3期生にして『天地冥道』が一人、山文プルト。話したいことは山ほどあれど、与えられた時間はたったの5分。私にできることは……歌うことだけです」


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