第92話 昼の部:スレッド
シューコに腕を引かれてしばらく。
徒歩数分の末、到着したのは……。
「何故にカラオケ……?」
見覚えのある密室。
歌いに行くとは言っていたがその目的は未だ不明。
するとシューコがようやく答える。
「ここでやることなんて一つじゃない? あーいや、今どきライブ映像見たり色々できるか」
「歌うのは分かるんスけど、どうして今?」
「は? あんたが言ったんじゃない。一番聞いて欲しい人が居なかったから探しに来たって」
「!!」
悪態つきながら言う辺りが彼女らしい。
悪ぶってるだけで悪意はない、ただの天の邪鬼。
「なら歌いなさいよ。シューコのためだけに」
不遜な態度、それでも嬉しい。
歌で彼女に期待されたことなんて一度もなかったから。
差し出されたマイクを受け取る。
「――――押忍!」
期待に応えるべく、強く返事する。
スマホから未公開曲の音源を流す。
人生で最も練習した、自分のために用意されたオリジナル曲。
◇
《まだ始まんない?》
《なんかトラブってるとか?》
長引く待機時間。
アナウンスすらなく困惑する観客席。
その動揺を掻き消すように、唐突なライトアップが一つの影を照らした。
《おおっ》
《ダークくんきちゃ!》
表側だけ見れば普通の登場、ただ久茂ダークが舞台に降り立っただけ。
未だ困惑の渦に取り残されているのは裏方全員。
困惑を悟られぬよう、通常通り演奏を始めた。
《初オリ曲!!》
《前奏カッケェ! これは期待!》
今まで盛り上げてくれる観客達。
その期待に応えるべく、幻想の久茂ダークは歌唱を始める。
楽曲:『スレッド』
歌唱:久茂ダーク()
「"目指すは勧善懲悪"
"そんな偽善に塗れたヒロイズム"」
力強い声と身振り、久茂ダークに繊細さは不要。
己に言い聞かせ表現する。
「"憧ればかりが膨らむ"
"非力な俺の特技はボイス&スレッド"」
久茂ダーク、私は……違う。自分は久茂ダーク!
出るな自我、そんなの誰も求めてない!
「"走れ! 掴め! その一条!"
"茨の刺も握り潰せ!"
"Fry! Sky! 高く跳べ!"
"超えろ! 自分勝手のリミット!!"」
《すっごい音圧w》
《曲の雰囲気ぴったりだなぁ!》
配信客の反応で誰にも悟られていないことを確認。
この大舞台でも自分の特技は通用する。
一瞬安堵を覚え、心の奥底で自我が目を醒ます。
「"叫んでメサイア 醜くたっていい"
"晒してデザイア 生きてりゃなんでもいい!"」
……みんなのステージ、素敵だった。
すごい熱量の想い、肌身に感じた……苦しいほどに。
「"救いの需要と供給が"
"僕らの縁を紡ぐスレッド"」
シューコさんのソロ、最高だった。
愛おしすぎてボロボロ泣いた……大好きが溢れそうだ! 全部本人に伝えたい!!
「"平和な日々を共に生きる"
"それだけが――――マイグリード"」
でも……それももう許されない。
偽物が語る愛に価値なんてないから……。
《なんだろ。本人はみんなの方が歌上手いって言うけど、全力で歌い尽くす感じめっちゃ刺さる》
《泥臭い感じが最高!》
表面上の熱さとは裏腹に冷え切った心情。
久茂ダークになりきれないまま歌い続ける。
「"ウォナビーヒーロー夢語る"
"口だけの大言『平和になろう』"
"昔の己をノーズラウフ"
"無能な俺が張るのは ボイス&スレッド"」
ジュビアさんとサタニャさんが届けたかったのは、遠くで見てる導化師。
目の前の導化師じゃない。
「"手繰る君 伝う音 救いの求めに救われてんだ!"」
シューコさんだって、導化師の正体が私だって知った途端に両方の私から目を反らした……。
「"盛れ! 沸かせ! 燃え上がれ!"
"降らせ! 希望のマイアズマ!!"」
誰も……私を見ない……。
「"叫んでメサイア どんなに微かでも"
"晒してデザイア いつでも駆けつける"」
笑ってくれない。怒ってくれない。
もう誰も……関わろうとしてくれない。
「"辛苦に悶えるその姿"
"この身にブラッド疾走る紅蓮"」
何も知らない人達は笑顔を向けてくれる。
今見てくれるのは久茂ダークのファン。
導化師アルマにはもっと多くのファンが居て、異迷ツムリにも少なからず居る。
「"どうして弱音内に秘める?"
"聞かせてよ ユアスピーク"……」
《求められないと救えない、需要と供給の縁かぁ》
《一方的に助けるだけのヒーローじゃない辺りもダークくんらしい。優しすぎるんよな》
その人達も、真実を知ればきっと……。
「"地を恐れ 雲隠れ 陰りで亡者は見ないふり"
"絞り出す 一条の糸 助けたいのは一人だけ"」
どうすれば良い?
私が異迷ツムリであるって知ったらみんな離れてく。
「"過酷を生き抜くヒーローは"
"平和と縁を分かつ仮面"
"力も覚悟もない僕は"
"あの日の夢から逃げている……"」
なら……異迷ツムリはもう要らないってこと?
「"知らねぇよ 自己中上等 偽善なんざクソ喰らえ"
"さあ行こう 目指せ再興 至高のヴィジョン見せてやる"」
《おお……乱暴な感じ珍しくて鳥肌》
《自己中ダークくん頼もしすぎるな》
「"謳え 語れ 己の生"
"超えろ 自分勝手のリミット"」
自分勝手になんて……そんなことしたら全部壊れちゃう……。
「"叫んでメサイア 醜くたっていい"
"晒してデザイア 生きてりゃなんでもいい!"」
誰も助けてなんかくれない……欲望? 異迷ツムリのしたいことって?
私はただ……楽しく推しとお話できればそれで……。
「"過酷を生き抜く勇気もない"
"平凡極めた弱者でも"
"凡骨なりに頑張るからさ"
”助ける手助けディマンド!"」
私も……ただの凡骨になれたら良かったのかな……?
《叫ぶし言われなくても手助けするさ!》
《こっちはいつも救われてるんスよ!!》
いいなぁダークさん。
私がダークさんだったら……この大歓声も素直に喜べたのに……。
「"叫んでメサイア 晒してデザイア"――――」
逃れられない檻の中。
少女はただ闇を深めるのみ。
◇
「"救いを分け合う関係が"
"僕らの縁その名もフレンズ"
"平和な日々を共に生きる"」
狭い室内に響く音響。
演者は一人、観客も一人。
「"それだけが……マイドリーム"――――」
大勢の前で披露するはずだった曲。
歌い終え、マイクを下ろす。
「どう……でしたかね?」
この歌を誰よりも伝えたかった人。
その人の反応は……。
「……下手ね、相変わらず。声量もエグすぎ。マイク要らなかったじゃない」
「うっ……」
心からの叫びを伝えて、真正面から否定される。
ショックを受けたけど、それも一瞬のこと。
彼女は素直に褒めることができない人だから。
「……でも良い曲ね。アンタらしい元気貰える歌」
「シューコさん……!」
「何よ。シューコが褒めたのは曲よ。あんたのこと理解してくれてるクリエイターさんをリスペクトしただけ。だからそんなキラキラした目で見んな」
照れてるのか少しばかり頬が赤い。
きっと嫌がるだろうけど、構わず思ったことをそのまま伝える。
「それでも嬉しいっスよ。シューコさんがちょっとでも元気になってくれたんなら」
「……はぁ。またアンタはそういうことを……いや、あの頃と比べたら変わったか。初めて会ったときなんて情けない顔で半ベソかいてたくらいだし」
「昔の話は勘弁して欲しいっス!?」
呆れたように言う姿も彼女らしい。
らしいけど、それも一部分だけ。
「それ言うならシューコさんも……変わっちゃったっスね」
「そうね……でももう変えない。シューコは最底辺で生きるって決めたから」
「そう……なんスね」
ネガティブな意思表明に対し、どうしても暗い反応になる。
しかし自分が心配することも彼女は織り込み済みのようで。
「でも下向くのはやめるわ。もう何からも目を逸らさない。だからダークも、いい加減シューコの側に逃げてくるのやめなさい」
後ろ向きな考えも、彼女が前を向くために必要な要素らしい。
「ちゃんとアンタのことも見てるから」
彼女が苦しんでないなら、自分が言うことは何もない。
「――――そうっスね。ちゃんと皆と向き合いましょう。二人で」
「ん。それで良し」
満足そうに笑みを溢す。
するとシューコは気持ちに区切りがついたからか、現状を振り返り脱力した。
「あーあ。こんなのんびりお喋りしてサボって、今頃大騒ぎでしょうに」
「あー……ほんと申し訳ないっス。結局自分の番どうしたんスかね……?」
「んー。エゴサしてみるか」
お互いにSNSの画面を開く。
すると調べるまでもなく関連情報として目に飛び込んで来た。
「は? ダークの新曲がトレンド?」
「ライブ良かった? これってどういう……あっ」
どの投稿を見ても久茂ダークがライブをしたことになっている。
その現象には二人とも心当たりがあった。
「あいつ、また……!」
「待ってくださいシューコさん! 怒らないであげて欲しいっス」
「なんで!」
今シューコの中で印象最悪であろう存在、異迷ツムリ。
導化師アルマに次いで久茂ダークまで、そんな怒りを顕にしてくれてる。
それもシューコの優しさなのだろう。しかし、
「今回悪いのは間違いなく自分っス。ツムリさんだって悪気は絶対にない。ピンチを助けようとしてくれたんスよ」
「それは……そうかもしれんけど……」
自分のことで二人の関係を悪化させたくない。
優しい二人に、これ以上苦しんで欲しくない。
「だから怒ることじゃないっス。でも間違ってる。だから……道を踏み外したなら、連れ戻してあげるのも友達の役目じゃないっスかね?」
みんな助けたい。
その手助けを、過去に自分を救ってくれたヒーローに求む。
「はぁ……別に友達でもないけど。ま、同期のよしみで助けてやらんこともないわ」
呆れたように言うシューコ。
しかしどこか晴れやかな顔、いつもの彼女が戻ってきた気がした。
◇
「すぅ……」
歌唱終了。
これで久茂ダークの時間も終わり。
ステージ降りないと、次が始まっちゃう。
でも……戻るには振り返らなければならない。
みんなの顔を見るのが怖い。
見て欲しいけど、今は見て欲しくない。
《最高に熱かった!!》
《新曲無限にリピる!》
歓声に背を押され、重い足取りを無理やり動かす。
後ろを見て、演奏メンバーと顔を合わす。
ああ、やっぱり。みんなの目が語ってる。
困惑の目。お前じゃないって。
「っ……」
動悸。怯みながら歩みを進める。
苦しい、苦しい。息が……。
「はっ……はっ……」
胸部圧迫、呼吸困難。カメラ越しに気取られないよう体を強張らせる。
やだ……そんな目で見ないで……。
「はぁっ……ぅぇ……」
吐き気。めまい。やっとの思いでカメラの範囲外に出る。
膝を折り、蹲る。
積み重なった肉体疲労と精神ストレス。
その末に引き起こされた症状、過呼吸。
力が、入らない。意識が、遠く……。
でも……もう誰の目にも映らない場所。
ここなら……誰にも迷惑かけない……。
「ツムリ!!」
そう、思ってたのに。誰かが呼ぶ声。
でも、誰だか分からない。目が霞んで。
まあ……いいか。
出番も終わったし……。
「……ぁ」
もう……誰かになる、必要も……ない……。




