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第9話 不安のデビュー戦

 4人のアピールタイムが終わり、盛り上がりは最高潮だ。

 それを見ていた最後の一人は……めちゃめちゃ青ざめていた。


「うぅ……緊張で吐きぞうでず……」

「大丈夫……ではなさそうだな。もうすぐ出番なんだが」


 このような大舞台で大トリ、それに同期の4人が盛り上げてくれたお陰で期待されてしまっている。

 皆が何かしらの武器を持ち、それを全面に押し出したアピールをしていた。

 対して自分は唯一の武器は喉の損傷により性能が半減している。

 

「あの……やっぱりやめまぜん? 喉も本調子じゃないでずじ……」

「そういうわけにも行かない。ってことくらい言わなくても分かっているだろう?」

「ぬぅ……はい……」


 ワガママ言って出演をやめれば多くの人に迷惑かける。

 当然だがそれはデビュー失敗以上にやってはならない。

 そう分かってはいるものの、勇気が出ない。

 そんな紬を見かねたマネージャーが声をかける。


「……君の特技は声真似、つまり他人を演じることだな?」

「え、はい。ぞうでずけど……」

「なら同じように演じればいいんじゃないか? 絶好調のときの自分を」

「ええ……自分を演じるって、ぞんな無茶な……」

「いや大事なことだ。確かに今から始まるのは君のデビュー配信だ。けどデビューするのは『間宵紬』ではなく『異迷ツムリ』だ」


 一つ一つ丁寧に高説垂れる。

 納得してくれなくとも、話に集中してくれれば緊張も解れるだろうと考えての行動だった。


「君はこれから誰も知らない新たなキャラクターを演じるんだ。なら演じやすいようにキャラを作ってしまえ」

「演じやずく……」


 上手く伝えられただろうか? と不安げに様子を伺うマネージャー。

 すると誤差程度かもしれないが、少女の目の色が変わったように見えた。


「……まだよく分かってないかもでずけど、少しだけ緊張が解れまじた。ありがとうございまず」

「ああ。好きなようにやって来い」

「はい。いってきまず!」


 奮い立たせるように、震える声を張り上げた。

 マネージャーから離れ、カメラの前に立ち、時が来るのを待つ。


《それでは5人目の方、お願いします!》


 自分の出番になり、ゆっくりと目を開く。

 コメントが次々に流れる中、自分の姿が映し出される。

 ここまで4人がデビューする姿を見てきた。

 それを見て、少しだけ怖いと感じた。

 向上心。対抗心。私を見ろ。私が一番目立つんだ。

 って、そんな気持ちが感じ取れてしまった。

 たぶん自分を見る目も、少なからず敵意が籠もってるんじゃないだろうか。


(凄いなぁ、みんな推せるなぁ。としか思わなかった私がおかしいんですかねぇ……)


 同期との感情のギャップに風邪をひきそうだった。

 自分はただ、画面の前のみんなに楽しんでもらえればそれでよかった。

 ファンの居ない無名アイドルにできることなんてそのくらいだから。

 ただの陰キャの自分が普通に喋っても見劣りするだろう。

 けど唯一自信を持てる特技がある。

 心を落ち着かせ、自信の源を披露するように口を開く。


「"滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器"」


《なんか始まった?》

《こwれwはw》


「"湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる。爬行する鉄の王女。絶えず自壊する泥の人形。結合せよ 反発せよ。地に満ち己の無力を知れ"」


《完全詠唱キタwww》

《声まんまじゃね? 録音か?》

《男の声もいけるのかすっげぇ》


 コメント欄を見るに元ネタを察した人はかなり多く、さらに導化師アルマでの新人一発芸事件を知っている者もちらほら散見された。

 声真似を締めくくり、素の自分を見せつける。


「"これからは私が天に立つ"……なんて度胸ありまぜぇん。調子乗ってごめんなざいぃ……」


《来たな雌カタツムリ》

《あまり強い言葉を吐くな。弱く見えるぞ》

《なんか声ガサガサ? 練習しすぎて声枯れたとか?》


「あー声については自己管理がクソザコなだけでずぅ……あ、特技は聞いてもらった通り声真似でず。けど今日は高い声出ないんで、男性キャラ限定でリクエストあれば何でもやりまずぅ」


 そう告げると、次々とアニメキャラの名前がコメントされる。

 焦りながら一つ一つ拾い上げ、自身にインプットした。


「"別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?"」

「"お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?"」

「"大丈夫。僕、最強だから"」

「"行きますよザーボンさんドドリアさん。私の戦闘力は53マ゛"っ! ゲホっゲホ……ちょと、声低めのキャラだと嬉しいでずぅ……」


《声真似のレパートリー多すぎて草》

《元の高い声から何故こんなイケボが出るんだ……?》

《これは雄》

《雄だし推せる》


 リクエストは知ってるキャラばかりではなかったけれど、できる限り答えてあげたいと思った。

 自分に期待してくれてるんだと思えて嬉しかったから。

 それは幸せな時間で、10分なんてあっという間だった。


「ふぅ……あれ? 何かメッゼージが……自己紹介じてない? あ忘れてまじたぁ。異迷ツムリでず。ご覧の通りカタツムリでずぅ。へへっ……え? メッゼージ来たことはオフレコ? えーぞういうのは先に言ってもらわないとぉ」


《なにわろてんねんw》

《少しは悪びれろww》


「ごめんなざぁい。あっ時間らじいので終わりまずぅ」


「はい。異迷ツムリさんお疲れ様なのです!」

「相変わらずだなぁ。ま、面白かったけどね」


 画面が紅月ムルシェと導化師アルマに移ったのを確認し、ゆっくりとマネージャーの方に戻る。


「ケホッ! ゲホゲッホッ……!!」

「大丈夫か!? ほら水!」


 咳込み蹲る少女に駆け寄るマネージャー。

 介抱し、ゆっくり水を飲ませて落ち着かせる。


「ぢょっど、無理じずぎだがもでずぅ……」

「本当にな。あんな時間いっぱい使って喉消耗しなくても良かったんだが」

「だっでぇ……みんなのお願い、でぎるだげ聞いであげだぐてぇ……」


 まるで綺麗事のような物言い。けれど普段から愚痴も泣き言も隠さない素直さを見ているからこそ、本心からの言葉と分かる。

 根っからのファンサービス精神、これもアイドルに向いているという言葉に秘められた意味の一つなのかもしれない。


「まったく、でもよく頑張った。それから……おめでとう、ブイアクト4期生異迷ツムリ。今日から君も、株式会社レプリカの正式なアイドルだ」

「えへぇ……どうもでずぅ」


 にへらと間抜けに笑う表情も彼女らしい。

 異迷ツムリ、デビュー配信の得票率は90%。

 トラブルはありつつも好調なスタートを切ることができた。


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