第89話 絵毘シューコの低迷
「ふぅ……」
自分のパフォーマンスを終え、楽屋に戻ろうとしていたシューコ。
3期生による朝の部最後の曲もじきに終わる。
昼の部以降は出番もない、顔だけ見せたら帰ろうか、なんて考えていた道中。
「あ」
「え? あ……シューコさん……」
鉢合わせてしまった。一番会いたくない相手に。
「異迷ツムリ、アンタなんで……ああ。昼の部か」
「……はぁい」
気まずそうに顔を逸らされる。
このバンドフェスに異迷ツムリの出番はない。
しかし昼の部、バトルマーメイドとして導化師アルマが出る。
となれば今は彼女がやるしかないのだろう。
最も、やると選択したのも……。
「そんな顔するならやんなきゃいいのに」
「それはぁ……そうかもですねぇ。へへ……」
口籠るツムリ。それを見て余計にフラストレーションが溜まる。
けど言わない。偽物に掛ける言葉なんてない。その存在すら認めたくない。
導化師アルマは今、世界のどこにも居ないんだ。
「……別に、好きにすれば良いじゃない。シューコには関係ないから」
「あ……」
言葉を飲み込む。
これ以上は耐えられる気がしなくて、出口の方へと方向を変えた。
そのタイミングで進行方向に人影、ライブを終えた3期生達が帰ってきたらしい。
「シューコちゃん! とツムリちゃん?」
「……お先に失礼します」
「あ、うん。お疲れ様ー」
逃げるようにすれ違う。
麻豆ジュビアと鳴主サタニャ、この二人も偽の導化師アルマと舞台に立つことを選択した二人。
最早何に対しても悪感情が湧いてしまいそうで怖い。
「ツムリ、シューコと上手く行ってないの?」
「あー……なんかごめんね。こんな状況でまたファンを騙すようなことに協力させて……」
吹っ切れたつもりだったけど、実際に対面すると想像以上に……。
「はは……今さらですよぉ。一度吐いた嘘は……吐き通さなきゃ辛くなるだけですのでぇ」
もう自分は……異迷ツムリと向き合えないのかもしれない。
◇
◆
「うるっさいな!!」
私の家は両親共に仕事人間。
禄に家に居ないくせに会えば小言ばかり言う。
「二言目には勉強勉強、良い大学入れ良い企業に入れって。聞きすぎて逆に馬鹿になりそうだわ! いや結果馬鹿になったんだわ!」
娯楽に唾を吐き捨てるカビの生えた考え。
そんな抑圧された環境で育ったのが私、娯楽に染まった趣味廃人。
最初は禁止されていることへの背徳感から。
隠れて開いた動画サイト、そこで見つけた最初の動画、人気急上昇中と噂のVTuber。
娯楽と縁遠い生活に、導化師アルマという存在は劇薬過ぎた。
「あんたらには分かんないだろうよ! 違う人間なんだからさぁ!」
徐々に推し活というものを学び、推しのために何かしたいという気持ちが暴走した。
パソコン、液タブと機器を揃え、隠れてイラストを描き始めた。
初めは稚拙なファンアートしか描けなかったけど、推しが下手でも嬉しいと言ってくれたから。
いつしか趣味はエスカレートし、夢へと昇華した。
漫画を描き、賞に応募するようになった。
落選しても嫌になることはなかった。親の言いなりになる方が嫌だったから。
そして2作目を書いている最中、親にバレた。
「あんたらの思う幸せが、私の幸せだと思うなよ……!」
取り上げられそうになって、爆発した。
その結果言われた言葉は……。
「……ならやりたいようにやりなさい。ただし、知らない業界で生きる方法は我々も教えられない。一人で生きる覚悟があるなら止めないから」
恥ずかしくなった。
頭が堅いと思っていた親の方がよっぽど柔軟で、自分がワガママを言ってるだけの子供みたいで。
冷静になれず、後に引けなくなった私は……。
「……自分の人生くらい、自分で責任取るわ」
自立を宣言するしかなかった。
最後の親の務めとして一人暮らしの住居費用だけは工面してもらった。
そうして始まった趣味に本気を注ぐ日々。
バイトで食いつなぎながらひたすら打ち込んだ……が、現実は甘くない。
落選、落選、落選。駄目出しされて遅くなる筆。
あの頃楽しく描けていたのは趣味だったから。
しかし生きるための手段だと考えると……。
「……大丈夫、まだ幸せ。アルマさんさえ居てくれれば私は……」
今楽しめる趣味は推し活だけ。最後の活力と言っても良い。
推しのイラストを描きながら配信を見て、ふと目についた広告。
VTuberタレントの募集、それも推しが居る事務所の。
「……あっちの方が良いな」
気づけば応募していた。
推しと共に活動する、そんな姿を夢に見て。
漫画家志望で一人暮らし中、時間もあるから毎日配信できる。
今後の生活が左右されることもあって必死に媚を売った。
「ここでも選ばれない、か……」
結果、落選。さらに私の代わりに選ばれたのはプロの小説家や作曲家だと言う。
アマチュアなんかじゃ最初から勝ち目はないと、業界の厳しさを突きつけられた気分だった。
戻ってきた苦痛の日々。
推し活。描く。バイト。食う。寝る。落選。
繰り返しの日々に終わりはあるのか。
……いっそ自分で終わらせるべきなのか。
何もかもが嫌になりかけてたとき。
バイト帰りにアイツと出会った。
駅のホーム、困った様子で座り込む女性、周りには誰も居ない。
普通の人ならどうするのだろう? 少なくとも普段の私なら見て見ぬふりだ。
しかしこのときはメンタル限界ギリギリでどうかしていた。
次の漫画のネタになりそう、だなんて。
「そこで何してんの?」
「あ……えと、お恥ずかしいことに改札出らんないんスよね。お金ほとんど持ってこずに出てきちゃって……」
「ふーん。親呼ばないの?」
「いやぁ……実は家出してきたとこなんスよ。ははっ……」
寂しそうに空笑いする家出少女。
益々彼女の身に起こったドラマに興味が湧いた。
「助けてあげよっか」
「へ?」
「どうせ泊まる場所もないんでしょ? ウチ来なさいよ」
「いや、そんな迷惑かけるわけには……!」
「今更見捨てる方が良心痛むでしょうが。さっさと帰りたいしここで立ち止まられる方が迷惑。はよ」
「あ、はいっス……」
半ば強引に自分の家に誘う。
今思えばどれだけ怪しい行動をしていたか。
それが後に久茂ダークとなる女との出会いだった。
結論から言えば、その女と同居することになった。
連れ帰ったその日悩みを聞いて、放っておくこともできずしばらく家で面倒を見ることになって。
何故か彼女とその親の関係を取り持つことになって。
和解させることはできたが結局家を出るとかで、でも生活力皆無だから同居を継続させて欲しいって。
その間は禄に漫画も描けなかったし随分時間を奪われた。
でもなんだかんだで良い気分転換になった。
味気ない一人生活が他人に彩られ、心の病みも随分晴れた。
段々筆の速さも戻ってきた。たぶん、生きる目的からまた趣味に戻ったから。
自分よりも行き当たりばったりな人間を見て、まだまともに生きてるなって思ってしまったから。
相変わらず漫画は落選続きだけど気が楽になって、そんな頃に推しの居る事務所のタレント募集がまた始まった。
どうせ無理だろうなと思いながら、選ばれないことに慣れすぎた私は軽い気持ちで応募した。
ついでに同居人も誘って。
「VTuber? 自分がっスか?」
「そ、ダメ元で受けてみれば? 私も受けるし」
「うーん。まあ一緒にってことなら……けど自分だけ受かったりしたらめっちゃ気まずそうっスね」
「なに自惚れてんのよ。けどそんな理由で応募するか悩むなら……そうね。エントリーシートに私が採用のときだけ採用してくださいとでも書いとけば?」
「それ良いっスね! 応募してみるっス!」
「冗談のつもりだったんだけど……まあいいか」
大事な選考の資料で悪ふざけするようになるなんて、昔の自分ならありえなかった。
命賭けるつもりで必死にアピールした1度目の応募と比べてどうだ。
落ちても死ぬわけじゃない、なんて心のゆとりまで生まれている。
そんな浮ついた心、面白半分で書いたエントリーシート。
それで選ばれるなんて思いもしなかった。
選考合格の決め手となったのは7年近く続けた日課のイラスト投稿と、同居人との同時応募だったことを絵毘シューコはまだ知らない。




