第88話 朝の部:奈落乙姫
ロイヤルワルツが舞台を降り、束の間の小休止。
朝の部は残すところ2曲。
ラスト3期生バンドの1曲と、その前のゲスト出演者による1曲。
4期生絵毘シューコによるオリジナル曲初披露。
《シューコさん……大丈夫かな?》
《最近配信頻度減ったし、心なしか様子が……》
《前から病みやすい子ではあったけどここ1ヶ月日課のイラストすら止まっちゃてるし》
一月前、3日間無断で活動休止してから様子がおかしいと噂になっている。
彼女のファンを始め、多くの不安の視線が集まる。
《まさかとは思うけど……冷めた? 推し熱》
《まっさかーシューコさんに限ってそんなこと……え、ないよね?》
そんな注目の的が舞台に立つ。
楽曲:『奈落乙姫』
歌唱:絵毘シューコ
「"ラン ラン ランデブー アタシずっと待ってるの"
"深淵藍色電脳世界 見つけてくれるまで"」
目を閉じ、落ち着いた発声。
に見せかけ急に開眼、声の圧力を高める。
「――――"見 て る か ら"」
《こっわ……w》
《 (((;゜Д゜)))ガクガクブルブル》
迫真の歌声に気圧される観客たち。
だがその印象もすぐに和らぐことになる。
軽快な演奏に合わせ、声質をガラリと変える。
「"やぁだ! やめて! よそ見ダメ!"
"女の影とか見せないで!"
"いくら貢いだか分かってる?"
"みらいえーごー夢見せて!"」
《電波だぁーー!!》
《なんだこの媚び声!? クッソ助かる!》
《あはっあはっ。シューコさんこわれちゃった……》
反応を見てライブの盛り上がりを確認。
……よし、掴みは良い感じ。今日はみんなに示すために歌う。
絵毘シューコは変わった。けど何も心配する必要はないって。
「"あー尊いゲロ吐きそう"
"失明しそうで直視できんが?"
"はー辛たん病む病む闇ー……"
"あ、時間だ推しピ見よ"」
《このシューコさんちょっと面白すぎるか?》
《普段を知ってるだけに羞恥曲全力で歌ってるのがまた最高に良いw》
こんな自分、シューコ自身も知らなかった。
でも開き直ってみたら凄い楽になった。
「"ファンインハイテイ"
"ようこそ最高理想郷"
"ウォーアイニー"
"ワールドコアからラウドラブ!"」
――――迷い人を捨てて、今は自分の本能に身を任せてる。
「"ラン ラン ランデブーアタシずっと待ってるの"
"暗いとこでさ ペンラ振ってさ"
"推しとのツーショ祈りまくってさ!"」
憧れた人は一番高いところに居た。
好きで好きで、ずっと上を目指してきた。
その人は自分の意思で下に降りた。
本物はもう、この世界のどこにも存在しない。
「"深海限界ランデブー 推しを待ち続けてるの"
"触れたら終わりの地雷なの"
"アイの愛はネイビー"」
《推しか。シューコさんの推しと言えば……》
《最近さらに忙しそうだもんなぁ。これ聞いた導化師殿はどう反応するか》
だから私は待つことにした。
私の推しが帰ってくるまで。
それまで溢れんばかり愛は心の奥底に溜め込む。
「"いーあるさんすーりーりうちーぱー"
"しぇん はお しぇん はお しぇん はお しぇん はお"」
《嫌い好き嫌い好き……花占いか?》
《枚数数えてから占ってる……関わりたくないタイプの小賢しい地雷だw》
完全無敵、頂点のVTuber。
いつか会えるその日まで、シューコは虚空を見上げ続ける。
「"海の奈落に乙った女"
"待つこと決めた 城を築いて"
"目立たせようとライトアップ!"
"ふんぞり返った 姫を気取って"」
叶うことなら、一番高いところに居たあなたに相応しい女になりたい。
どうしたら見てもらえるだろう? シューコみたいな中途半端な女。
「"踊るヒラメもタイもおらん?"
"ならアタシが踊り狂ってやんよ"
"誰でも見下ろせるとこ立って"
"道化にだってなってやんよ♪"」
《奈落乙姫ってそういう?》
《オツヒメ様wしかも自ら踊るのかww》
振り返ってみれば本当にくだらない人間だ。
ブイアクトで最も人気のない女、そう認めておきながらプライドだけは一丁前。
「"ファンインハイテイ"
"おいでよ底辺竜宮城"
"ウォーアイニー"
"癒えない傷を刻みつけて?"」
異迷ツムリにそっけない態度を取って、それでも何故か懐いてきて、本当は少しだけ気分良かった。
「"ラン ラン ランデブー海の底で待ってるの"
"ここまで来てよ 手を伸ばしてよ"
"掴んだら絶対離さないわ"
《ヒエッ……》
《これは確かに触れたら終わり……》
同居中のダークとの私生活をよく聞かれるようになって、自分が世話してやっているような言い方をして気持ちよくなってた。
「"臨海後悔ランデブー 推しを待ち続けてるの"
"埋まり続けてる地雷なの"
"アイ謳うよネイビー"」
今回のフェスだって、ダークの理解者のフリして歌が下手だとかフェスに出してやってくれないかとか。
自己肯定のためにマウント取って、下に誰か居ると思って安心したかっただけ。
「"あなたは貢げてハッピー"
"アタシも貢げてハッピー"
"推しの推しのそのまた推しに"
"しあわせりんね♡"」
《オモロイ曲wめっっっちゃ好き!》
《どんな感情で歌ってくれてるんだろw感想配信楽しみ》
ダッサい女……本当に気持ち悪い。
「"病めるあなたは心配だけど"
"病んでからが始まりなのよ"
"さあ、一緒に推し事しましょ?"
"二人で輪廻を築きましょ?"」
自分が嫌いすぎて推しが居ないと人生とかやってらんなかった。
「"ラン ラン ランデブーアタシずっと待ってるの……"
"爛乱藍嵐ランデブー 君をずっと待ってるの……"」
そのせいであのとき死ぬほど病んだわけで……。
でもこの曲を受け入れて気づいた。
「"推しの 居ない 幸せいらない"」
認知して欲しいだけなら、別に同じ場所を目指す必要はない。
我慢しても有象無象に紛れるつまんない女になるだけ。
「"再考再考再考再考 己が最幸導いて"」
ならダサいとこもキモイとこも、全部曝け出してしまえ。
「"ラン ラン ランデブーアタシずっと待ってたの!
"目立つとこでさ マイク持ってさ"
"推しへのアイ叫び散らかしてさ!"
"潜海満開ランデブー 君が来るの待ってたよ!!"」
《こんなノリ良い子だったのか。知らんかった》
《可愛い。推してみよかな》
VTuberとしても、イラストレーターとしても。
プロではなく一人の厄介オタクとして、下界で一番に輝いてやる。
「"触れたら終わりの地雷なの"
"アイの愛はネイビー"」
《最高。推しの新しい一面見せてくれた初ソロ曲に感謝》
《どんなシューコさんでもついて行きますよって》
誰よりも遠い場所から見渡す推しと、誰よりも遠い場所から見上げる私。
今はそこに居なくても、私が見る方向は変わらない。
「"爆ぜたら終われる地獄なの"」
見てろ全員。精々見下ろしてくれ。
シューコの下には何も無い。
「"アイの大罪は哀で曖昧な"――――」
メンバーも、ファンも、一般人も。
「"愛憎悪ネイビー"」
誰も彼も、最底辺から見上げてやんよ。




