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第85話 フェス開催前夜

 人間関係は怖い。

 最近特に思うようになり、久茂ダークは身の回りに起きた変化を追想する。


 初為ウラノと山文プルト。

 二人は元恋人で、今も想い合っているのに疎遠のままとのこと。

 けどカチュアとプルトが偶然再開したおかげで関係は良い方向に進み始めた……と思う。


 そんなやり取りを見てきた裏でとんでもない真実が発覚した。


 異迷ツムリによる導化師アルマなりすまし。

 それを3ヶ月以上隠し通してきたというのだから、偽装力の高さは凄まじい。


 アルマを慕っていたメンバーは本人を心配するのだろう。

 しかしツムリに対してどんな感情を向けるのか、想像するのも怖い。

 

 自分はアルマとの接点がほとんどないからツムリの方が心配だ。

 きっと少なからず彼女に悪意を向ける人間がいる。

 その筆頭足り得る人こそ、久茂ダークが一番心配している人。


「シューコさん。ご飯買ってきたんスけど……」

「あー。今良いとこだから」

「……後でも良いんでちゃんと食べて欲しいっス」

「ん、おけ」


 絵毘シューコ、彼女が3日間部屋から出なかったときは困り果てた。

 彼女のマネージャーからも連絡があって、ひとまず生きているから待ってあげて欲しいと答えた。


 部屋から出てきたときも酷かった。

 ボロボロに窶れた彼女、ひとまず清潔と栄養だけ介護して寝かせた。

 だが回復した後も彼女はどこかおかしかった。


「あははっ。何この最低な絵……最高じゃん」


 部屋から聞こえる不穏な独り言。

 雑事以外はずっと画面の前に座って、配信以外は絵を描き続けている。

 最低限生活してくれるようになったのは良かったが、不安は拭えない。


 心配だ。でもどうすることもできない。

 シューコが傷つく理由は十分に理解できる。自分じゃ助けになれないことも。


 やっぱり人間関係は怖い。

 腹割って誠実に話し合えば全部解決しそうなのに、一筋縄ではいかないのが現実。

 他人を疑ってしまうから自衛のために隠してしまう、そんな不の連鎖を続けてしまうのが人間の心の弱さなのか。


 今の自分もそう。

 寄り添ってあげたいけど、彼女の辛さに共感してあげられない。

 助けたくても心配することしかできない自分が歯痒い。


 どうすれば取り戻せるのだろう?

 楽しかっただけの、平和な日々。







 ブイバンドフェス開催10日前、MVが完成した。

 サタニャ、ジュビア、ニオ、シューコの4人、クリエイター同好会(改)が手掛けた作品。


「わお。これまた凄い仕上がり☆」

「こんなドロッドロなMV、中々お目にかかれない」


 映像制作にはあまり関わらなかった二人が改めて映像を見た感想を述べる。

 ネガティブにも捉えられる言葉、しかしシューコは臆すことなく聞いた。


「はい。描きうる限り最低な仕上がりにしました。ダメでしたか?」

「いや? 断然良くなった」

「これはシューコちゃんにしか描けない傑作だね♡ でもホントにこの絵で良いの? 自分で最低って言うくらいの出来栄えで」


 絵を褒めはするものの、シューコの自虐に対して二人も否定しなかった。

 イラストとしては1級品、ただし表現が少々過激、人によっては気分を悪くする可能性もゼロではないくらいに。


「何言ってんですか? 先輩方があんな暴露するからこうなったのに。これがシューコなりのアルマさんへのメッセージですよ」

「あー……それに関してはごめんね。タイミング悪かったかな」

「そう? そのおかげでこれが上がってきたなら最高のタイミングだったのでは?」

「サタちゃん? 後輩が傷ついてんだから自重しなさい」

「……確かに。シューコごめん」


 例の件をブイアクト内全体に発信した二人。それがシューコがメンタルを崩すきっかけではあった。

 対してシューコは潮らしくする二人に言う。


「あはは……良いですよ。お二人は教えてくれただけでなんも悪くないですし。それに、自分なりに踏ん切りはついたんで」


 憎まれ口は叩いたものの、二人に対して怒る気は毛頭なかった。

 シューコは自分の中で固めた意思をここに表明する。


「決めたんです。推しと同じ領域を目指すのはもう止めるって。皆さんが上を目指すなら、下を目指して輝けばもっと目立てる。シューコは最底辺のクリエイターになりますよ」

「えぇ……まあシューコちゃんがそれで良いならいいのかな?」

「なんでも良いよ。良いモノが創れるならなんでも」

「ネガティブでも前向けるマインドは大事だねっ」


 別にどう思われても構わないと思って言ったけど、受け入れてくれる先輩たちで良かった。


「じゃあ改めて……これにてMV完成♪ お疲れ様でした!!」

「「「お疲れ様でした!」」」


 完成を言葉にすることで、3ヶ月超という長い制作期間に終止符が打たれた。


「ジューさんもプロジェクト進行お疲れ様。今回も納期ギリギリ」

「ほんとーにね……今回は原因がサタちゃんだけじゃなかったから余計胃がキリキリしちゃった☆」

「それに関してはすみません……完全にシューコのせいですね」

「ニオなんかどうしても最終工程になるからいつも焦らされてるよっ! でも楽しかったからよしっ!!」


 緊張が解かれたように空気が弛緩し、喜びを分かち合う。


「プロジェクトリーダーさん。労いのお言葉とかないのかなっ?」

「きっと良いこと言ってくれるに違いない」

「ハードル上げるのやめてくれないかな? んー……こほん」


 悪ノリによる誘いにも見えたが、案外乗り気のジュビアが話し始める。


「皆のおかげで本当に良い作品ができた。でも……これが最高だとは思わない。時間があればもっと良いものができたに違いない」


 最後まで満足しない上昇志向。そんなところも彼女らしい。


「それでも、ここにいる皆はベストを尽くしてくれた。ありがとう。最高の仲間達」


 そんな先輩の言葉に、妙に腑に落ちた。

 上を見続けて自分の作品に満足しない、それでも創作を続けられるのは今の最善に納得しているから。


「わー相変わらずポエミー」

「熱血漫画みたいな臭い言葉! いいねっ!」

「茶化すのやめてくれますー? あんたらが求めたんでしょうが☆」


 馬鹿にしたような口調だがどこか嬉しそうな二人。

 気恥ずかしいだけで気持ちは同じなんだろう。


「シューコは嫌いじゃないですよ。皆さんの仲間になれて良かった」

「ほんとに? また一緒に作ってくれるかな?」

「それとこれとは話が別です。今回は気まぐれ、次回も気分次第ですね」

「わー捻くれ後輩」

「ニオはそういう面倒くさいとこも可愛いと思うよっ!」


 確かにこの達成感は何にも代えがたい。

 ここ最近感情の振れ幅が大きいけど、今日だけは素直に喜べそうだ。







 ブイバンドフェスのMVが公開された。

 死ぬほどよかった。

 でも、ちょっと苦しかった。

 あれから何も言ってこないシューコさんの気持ちが流れ込んでくるみたいで。


 リハーサルもつつがなく終わった。

 本人が居なくても何も言われなかった。

 リテイクもなかったから良いのか悪いのかも分からない。

 まるで触れてはいけないもののような扱い。


 気にしない、気にしない。

 私のすべきことは2つだけ。

 あの人に戻ってきてもらうため、先輩のパフォーマンスに協力すること。

 そして導化師アルマとしてファンを導くこと。


 ブイバンドフェス、異迷ツムリの出番のないイベント。

 正真正銘、アイドルの代役(レプリカ)を果たすためだけに行く仕事。


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