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第84話 クリエイター 絵毘シューコ

 腐ってもクリエイター。

 描けば、創れば、誰だってクリエイター。

 ……どこまでが底辺クリエイター?







 しばらく何もしてない。配信も、イラストも、何もかも。

 SNSに《病んだから休みます》と一言告げてそれっきり。


 みんなに申し訳ない。早く立ち直るべき。

 そう思う……思うだけ。


「あー……。悩んでも意味ないってのに……」


 虚空に悪態をつくのも何十回目か。

 胸の内を占領している靄の正体はなんだ? 怒りなのか? 何に対する?

 納得できずにまた一人問答を始める。


「異迷ツムリ……」


 同期の一人で、一番苦手な存在。

 あいつは私が欲しかったものを全部かっさらっていく。

 でも私はあんな素直に生きられない。

 羨望とも劣等感とも違う、同族嫌悪に似た何か。

 なのに私にもすり寄ってきて、そのせいで嫌いになりきれない。

 そう思っていた。


「ほん……っとうに腹が立つ……」


 なりすましなどという、Vファンであれば誰でも分かる禁忌。

 それもよりによってアルマさんの……許せるわけがない。

 ……けど、本能的にあいつを責めちゃいけないと感じている。


 もしも自分が同じ立場だったらどうしていたか。

 推しのために何かしたい、そんな衝動を自分は抑えることができるだろうか。


 当事者なら悩むだろうことは理解しているからこそ、一番腹が立っているのは……。


「言えよ……黙ってたら私が怒ることくらい分かってた癖に……」


 この数ヶ月、推してきた人間が別人であったという事実。

 気付けなかった自分にもムカつくし、いつかこうなると分かって黙っていたあいつにもムカつく。

 大方私と疎遠になることを恐れたってところか。


「嫌いよ……嫌い。きらいきらいきらい……きらい、なんだってば……」


 もし事前に伝えてくれていれば、完全に嫌いになって終われた。

 それで済ませられなくなるまで隠しやがって……全部あいつの想定通りみたいで腹が立つ。

 いくらでも出てくる憤りの理由、でもこの感情は本人にぶつけないと決めた。


 異迷ツムリに対する感情はそんなところだが……まだ心は晴れない。


「はぁ……やっぱり。異迷ツムリだけじゃない……。やだなぁ……推しにこんなこと思う日が来るなんて……」


 本物の導化師アルマは今何をしているのか。

 無断で活動休止するほどだ。やむを得ない事情があったのだろう。

 でも、どんな理由があったとしても……。


「私の知ってる導化師アルマは……後輩に負担かけて見ないふりなんてしない。しない、けど……」


 推しに対する解釈違い、最早自分の推してきた人と同一人物かすら懐疑的になる。

 わからない、わからない……わからない。


「どうしろってのよ…………」


 推しを追いかけてVTuberを目指して、推し活に人生の大半を捧げてきた身。

 目標を見失い生きる目的すら不透明になる。

 思考がまとまりきらず四散し、また振り出しに戻る。


「あーやめやめっ! これ以上ヘラったら本気で死にたくなるわ!」


 やはり同じことの繰り返しでは前に進めない。一度思考を切り替えないと。

 自分のしたいことは脇において、やるべきことを思い出す。


「MV用のイラスト描かないと……ああ。そういやオリ曲も歌うんだっけ、フェスで。んー……あれ歌うのか……しかも大観衆の真ん前で」


 オリジナル曲、4期生では魔霧ティアに続き2人目の披露。

 しかしシューコに渡されたのはいわゆる電波曲。

 癖が強く、根が真面目なシューコはなんとも気恥ずかしかった。


「……もっかい聞いとくか」


 気分転換に丁度いい、そんな思考で自分の曲を耳に流す。

 ヘラった頭に中毒性のあるメロディが染み込む。

 初見では忌避した電波風の歌詞、しかし改めて聞き直すと違った印象を受けた。


「……なんだ。今のシューコにぴったりの曲じゃん」


 感情移入。

 絵毘シューコのために作られた曲ということを思い出し、納得する。


「うん……これでいいや。絵毘シューコの生き方」


 傷心の痛みを一時的に忘れ、立ち上がる。

 動き出せなくなる前にとある人物へのメッセージを打ち込んだ。


(シューコ)《ロカさん。あの約束守ってもらっていいですか?》


 ロカ・セレブレイトとの約束。

 それは4期生学力テストで高得点を獲得した御褒美。


(シューコ)《コラボはいいんで、話をさせて欲しいんです。今、本物に》


 本物、つまり導化師アルマ本人。

 仕事用の連絡経路はおそらく異迷ツムリにしか繋がらない。

 となれば私用の連絡手段を持っている誰かに頼るしかない。

 この2通のメッセージに対し、数分置いて返信が来る。


(ロカ)《連絡して送っておきましたわ。本人にその気があれば反応があるでしょう。ダメだったら申し訳ありません》


 察してくれたのか、何も聞かず対応してくれる。


(シューコ)《それで十分です》


 一言だけ返信、端末を机上に置き、目の前で正座して目を瞑る。

 すぐには連絡が来ないかもしれない。

 でも、どれだけでも待てる。むしろ待ってやる。

 あなたが動くまで私も動かない。


「私が考えることくらい、元導化師のあなたなら分かりますよね?」


 ………………。


『シューコちゃん、かな?』

「……連絡ありがとうございます」


 鳴動した端末を最速で取り、その声を聞く。

 連日聞いた馴染みのある音。けれど、久々に聞く本物の音。


「まずは謝罪を。推しに凸るなんて迷い人にあるまじき行為、心よりお詫びします」

『いいよ。むしろ謝るのはこっちだから……ごめんね。推しがこんなんで』


 改めて聞いても違いが分からない。

 もしかしたら今も騙されているのかもしれない。

 あんなに焦がれ続けた推しとの会話なのに、何故こんなにも恐れを感じるのか。


「アルマさんはシューコなんかに話したいこととかないと思うんで一言だけ……。ファンの戯れ言と思って聞き流してください」


 けどその思考はノイズでしかない。

 今はただ目の前の導化師アルマに、自分の作り上げた幻想に決着をつけたいだけ。


「ずっと大好きでした。今は……大好きだけど、大嫌いです」

『…………うん。ありが』


 瞬間、シューコは聞き終わる前に電話を切った。

 これ以上聞けば揺らぎそうだったから。

 ようやく心の整理がついたところなんだ。邪魔しないでくれ。


 胸のうちに抱えていた靄がようやく晴れた。

 純粋で澄みきった……暗い藍色。

 光輝く世界にはもう戻れない。

 私はもう、この藍色の闇の中でしか生きられない。


「…………よし。描くか」


 忘れたくないから、この心内を表現しよう。

 私にできる表現方法で、ちょうど今手掛けている大きな作品に刻もう。

 絵毘シューコの新たな1ページを、この筆で描く。


 ……………………。

 …………。

 ……。


「……お゛ぇ。キッツ……まあ2徹もしたら当然か」


 ただ黙々と作業に没頭して2日。

 飲まず食わず寝ず、心の次は体に大きな負担がかかった。


「でもおかげで……悪くない出来」


 不思議と気分は悪くない。

 限界が近い体に鞭打ち、連絡用の端末を手に取る。

 見れば数十件の連絡。マネージャーの返信催促メールとメンバーからの声かけ。

 ありがたい。心配かけて申し訳ない。けど、今は返してる余裕ないからごめんなさい。


 誰にも返信することなくシューコが連絡相手に選んだのは……。


「ニオさん。お願いがあります」

『あっシューコちゃん!? みんなめちゃめちゃ心配してたよっ!?』

「あー……適当に言っといてください。大丈夫なんで。そんなことより……」

『そんなことって……でも大丈夫ならいっか!』


 どんなときも明るくポジティブに返してくれる。

 その気遣いが今はありがたい。

 虚ろな意識の中、シューコは用件を伝える。


「それより……描き直したいんですけど良いですか? MVのイラスト」

『ん? 全然良いけど、どこ差し替えれば良い?』

「全部です」

『あー全部……って全部っ!? 今からそれは流石に……』


 既に動画の半分以上が完成している。

 イラストを全て差し替えるとなれば、当然動画も全て作り直しだ。

 猶予は残り1ヶ月弱、厳しいことは分かってる。


「一部描き上げたんでサンプル送ります」


 でも曲げられない理由もある。

 強い意志を表明するため、有無を言わせずアップロードしたイラストのリンクを送りつける。


『あー……確かに、これは雰囲気統一したくなるかも……』


 理解を得られ、自分の選択を肯定されたように感じる。

 自分の絵で揺らいでくれた先輩に最後の一押し。


「お願い……できませんか?」

『……しょうがないなぁっ。こんな凄いの出されたらやるしかなくなっちゃうじゃん』

「! ありがとうございます……無茶なワガママ聞いてもらっちゃって」

『ほんとだよっ。……でもそういうの、クリエイターらしくて嫌いじゃないよ』


 最後に嬉しい言葉をくれ、ほどなくして通話を終了する。

 本当に良い先輩だ。自分なんかには勿体ないくらい。


 ようやくやりたいことが一段落し、急激な眠気に襲われた。

 でも最後に、寝る前に伝えなきゃ。

 この3日間絵毘シューコの活動は完全に停止、日課のイラスト投稿すら止めてしまった。

 いい加減近況報告しなければ杞憂民も限界だろう。


 ボヤけた思考の中、思いつくままにメッセージを殴り書き、推敲もせず投稿。

 そのまま端末を投げ捨て、泥のように眠りについた。


《病み上がり。超眠い。寝る。起きたら配信する。心配してくれた人ありがと。……もう迷わないから》


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