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第83話 導化師アルマのマネージャー

 5周年以降、アルマは様子がおかしかった

 その頃無月はマネージャー見習い、一番側で二人の最後を見届けた。


「アルマさん、最近休めてますか? 配信外でもメンバー全員のフォローに駆けつけてると聞きましたが……」


 アルマの活動方針は全Vtuberのお手本。

 ファンを心配させることなく楽しませるエンタメの完成形。

 にも関わらず、その信念すら曲げてその身を捧げ続けた。


「大丈夫。自分の限界くらい分かってるから……導化師ならこれくらいできないと」

「そうですか……」


 言葉通り、確かに自身の限界は把握できていたようだ。

 自分を見つめ、遠くにいるメンバーやファンを見据え、一番身近な存在は見落とした。

 私の尊敬する人物を見落とした。


「あの……なにも円城さんまで無理することないんじゃ……」

「いえ。私がやらなければアルマさんは全部背負ってしまう。表舞台に立つ彼女達の方が何倍もストレスは大きいのだから、せめて余計な負担だけは巻き取らないと」


 円城の言う事は理解できる。タレントあってのマネージャーだってことも。

 けど、こうも思ってしまう。

 夢を見て、理想を語って、やりたいことだけに熱中する。

 そんなの視野の狭い子供と何が違う?



「円城さんが倒れました。入院中の彼女に代わって今後は私がマネージャーになります」


 胃潰瘍、原因は仕事量による過労に加えアルマに対する心労。


「……そっか。アタシのせい、だよね。ごめんなさい……もう、何やってもダメだなぁ……」


 渇いた笑いを見せるアルマ。

 後悔するくらいなら止めれば良いのに……いや、自分で制御できないのか。子供だから。


「一つ、お願いしてもいい? 今後の活動のことで」

「……内容によります」

「あはは。そんなに身構えなくてももう無茶は言いませんよ」


 身構えるな? そんなのは無理だ。

 こちらがいくら気にかけてもその逆はない……。

 私は許さない。マネージャーは召使いじゃない。


「あのね。導化師アルマを広告塔に使って欲しいの」

「広告塔?」


 しかし警戒は杞憂に終わり、こちらに都合の良い提案をしてきた。


「そう。導きの実績は十分、ブイアクトのみんながモデルケースになってくれた。アタシの人気はもう良いから、とにかくブイアクトの名前を売りだして欲しい」

「それは……メディア露出を優先して良いってこと? 配信を捨ててでも?」

「誰も苦しまずに済むなら……それも覚悟の上」


 そう宣う彼女の目からは覚悟なんて強い意思は見えず、代わりに諦めに似た何かを感じた。

 あの導化師アルマが随分と丸くなった。

 余程人を傷つけたことが応えたのか。

 ……いいだろう。なら望み通りにしてやる。


「叶えます、その願い。スケジュール管理も全て委ねてくれるなら」


 合理性に欠ける願いは聞き入れない。

 子の間違いを正す保護者のように、その自由を制限してでも。

 余計な苦労を増やさずに済むよう全部制御してやる。


「――――うん。お願い」


 マネージャーの仕事は……タレントという商品を永く、効率よく売り込むことだ。







 無月が一通り話し終えると、こちらに問いかけてきた。


「"導化師アルマ"が唯一託してきた願いを叶えた。これ以上過ちを繰り返させないためにも……それの何が間違ってたって言うの?」


 余程円城から言われた言葉が応えたのか、今は随分気を落としている。

 だからといって優しくしてやる義理もないが。


「何もかも間違いだったのでは?」

「貴方……本当に遠慮しなくなったわね……。言い切るからには理由があるんでしょうね?」


 鋭い目つきで睨みつけられる。

 しかし今更怖いとも思わない。


「過去を悔やんで、必死になって視野を狭めて、結果裏目となって人を傷つけた。言ってて気づかないんですか? 同じ徹踏んでいることに」

「っ……! あれはアルマが……」

「勝手に無理をした? 同じですよ。端から聞いてる分には」

「っ……」


 息を詰まらせ、言葉数を減らす。

 追い打ちをかける形になっても、同情すら感じない。


「反省できない分あんたの方がよっぽど質の悪い子供だ。まだ繰り返す気ですか?」

「…………はぁ。腹立たしいわね……自分が小さすぎて嫌になる」


 眉間に寄せたシワを解き、諦めたように脱力する。

 決壊するように、彼女のプライドが目に見えて崩れる。


「気づきたくなかった。認めたくなかった。それで四条ルナが去ったのを良いことに、失敗に蓋をした……逃げてたのね。私」


 自戒する彼女はどこか憑き物が落ちたように見えた。

 己を守るために纏った鎧が逆に縛り付けていたのか。

 今の彼女なら素直に聞き入れてくれるだろうか。


「まだ逃げますか? それとも向き合いますか? ――――今、本人と」


 提案する。本人、つまり元担当タレントとの対話を。

 対して無月はなお腰を引いた。


「そんなこと言って……どうせ連絡すら繋がらないでしょ」


 確かに導化師アルマと言えば例の件で音信不通と言われている。

 ただ彼女の弟は可能性を感じており、既に一報を入れていた。

 その直感は正しく、返信という形で姉の真意を見せることができた。


「そうでもなさそうですよ。姉さんもあなたに言いたいことがあるそうで」

「……勝手なことを」


 無月に見せたチャットの返信画面はやがて着信画面に変化する。

 しばらく鳴り続く着信音、やがて観念したように無月は端末を受け取った。

 画面をタップし耳に当て、数ヶ月ぶりの二人の会話が始まる。


『久しぶり、マネさん』

「アルマ……いえ、今は四条ルナだったわね」

『言いたいことがあるのはお互い様みたいだし、お先にどうぞ?』


 こちらは電話越しでも気まずさを感じているというのに、相手は以前と変わらない余裕気な様子。

 少々の対抗心を覚え、一呼吸置いてから丁寧に話し始める。


「分かってるわよ、貴女の言いたいことくらい……。愛情持って仕事しろ、でしょう? ファン一人一人心のある人間なんだからって」


 担当になってからアルマと何度も言い合った。

 その度に最初の約束を引き合いに出して彼女を折れさせた。


「けどそれはスタッフだって同じ……マネージャーだけじゃない。デザイナーやシステム保守、撮影スタッフ、他社営業だって。関わる人全てが人間なのよ」


 心配されるのはいつだってタレントだけ、見られることのない裏方は闇に沈むのみ。

 無月が納得できなかったのはそんな不平等な世界。


「導くって言うんなら、ファンだけじゃなく私達のことも導いてよ……」


 今まで隠し続けてきた泣き言のような本心。

 それを聞いた四条ルナは……。


『いや、マネージャーはどう考えても導く側でしょ。私も人間だし全部は面倒見切らんないよ?』

「っ……ええ。そうね……」


 ぴしゃりと切り捨てた。

 あまりにも正論、返す言葉も気力もない。

 言いたいことは言わせてもらった。あとは糾弾を受け入れるのみ、そんな受け身の姿勢でいた。


『なんて、最初は私も一人で全部導くつもりだったんだけどね。でも失敗してから気づいたんだ。無謀過ぎたって、円城さんの言うこともっと聞いとくべきだったって』

「えっ……?」


 彼女は自らの責を告白しだした。

 こちらは身勝手なことばかり告げたというのに。


『それから考えを改めたよ。演じる私と、支えてくれるスタッフのみんな。何が欠けても導化師アルマは存在できない。みんな引っくるめて導化師アルマだって』

「……そう……そうね」


 本当は分かっていた。完璧な人間なんてこの世に居ない、それが子供だというのなら皆子供だ。自分も含めて……。


『だからさ、これでもマネさんには感謝してたんだよ? 効率良く回せるよう、関係者みんなの負担分散してスタッフを導いてくれて。ありがとね』

「――――」


 一方的に身勝手を押しつけるのではなく、互いに優劣なく尊敬し、助け合い、心の平穏を保ち続ける。そんな関係性。

 自分に作れる気がしなくて逃げてしまったけど……そんな姿を後ろで見ていたからこそ、円城さんに憧れたんだ。


『けどそれはそれとしてやり方が嫌い。正直無月さんのマネジメントは二度と受けたくないかな♪』


 失った信用は戻らない。

 自分を改めるためにも……この罰は受け入れなければならない。


「……それを言われちゃマネージャー失格ね。一からやり直すわ。ええ――――今までありがとう、アルマ」


 そう告げた無月の顔は、今までで一番優しい顔つきだった。







 姉と無月の対話を見ていた四条彰は思う。

 人を言葉で導く姿、それは以前の姉の姿そのものだ。

 この数ヵ月で彼女にどんな変化があったのかは分からないけれど、もう心配要らないのかもしれない。


 自分が心配すべきは……一人だけ。

 浮上した問題について話し合うべく、打ち合わせの場に着く。


「すまない、待たせてしまって」

「いやいやぁ。マネージャーさんも例の件でお忙しいのは知ってますからぁ」


 異迷ツムリ、マネージャーとしての自分の担当タレント。


「ツムリ。本当に出るのか?」

「はぁい。頼まれましたのでぇ。断る理由もありませんよねぇ?」

「それはそうだが……」 


 先日彼女から連絡があった。

 ブイバンドフェスに導化師アルマとして出演すると。

 確かに今まで断っていた理由はメンバーに真相を隠すため、その真相が明るみに出たなら理由はなくなったと言えるが……。


「マネージャーさんはぁ……応援してくれますか? 私も頑張りますのでぇ」


 どこか縋るような口振りで、その顔はやつれているように見えた。


「……当たり前だ」


 自分が彼女にしてやれることはあるのか。

 また、かけるべき言葉は見つからない。


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