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第80話 絵毘シューコのソロ雑談

 ニオとの通話作業を終えた後、シューコは予定していたソロ配信の準備をしていた。

 そこで忘れかけていた先程の出来事を思い出す。


「あ。そういや異迷ツムリからメッセージ来てたっけ」


 何の気なしに端末を開き、通知アイコンからメッセージ画面に飛ぶ。


『今日ちょっとだけで良いので会えませんかぁ?』


 意図の読めない呼び出し。

 ただでさえ苦手な相手なだけに不安を覚える。

 それでも異迷ツムリは自分が本気で嫌がることだけはしないと、彼女の善性だけは唯一信頼できた。


『はいはい。配信の後予定入らなかったらね』


 当たり障りのない返事で誘いに応じた。

 後の予定のことは一旦思考から排除し、目先の予定を準備する。

 やがて時間になり、マイクをオンにする。


「はーい配信開始ー。赤い鎧のブルーペインター絵毘シューコでーす」


《シューコの姐さん!》

《姐さん! 出勤お疲れ様です!》


「その極道みたいな出迎えやめてくんない? もっとフランクでいいから」


《またまたぁ。満更でもないのでは?》

《自分らみたいな下っ端が舐めた口聞けるわけないでやんす!》


「鼓膜ぶち破るわよ」


《配信越しでもできそうなオトシマエやめてw》

《脅し方が極道のそれ》


「ああ言えばこういう……もうなんでもいいわ。今日もお絵描きしながら雑談してくから質問あったらコメントにどうぞー」


 そこそこキツイ言葉を投げてるつもりなのだが何故か喜ぶ視聴者ら……照れ隠しだとでも思ってるのか、それともただのドMなのか。

 のっけからエンジン全開のコメント欄に苦言しつつ作業と雑談を始めた。


《最近のダークくんエピソード聞きたい》


「ダークの? 特にないけど。そもそもアイツ早寝早起き過ぎて生活の時間帯全然合わないし、夕飯のときくらいしか話さないわよ」


《朝活配信者とド深夜耐久配信者ですしねぇ》

《ダークくんの好きな食べ物は?》


「肉と米。けど文句言わず何でも食ってくれるからそこは助かってるわ」


《男子学生かよw》

《家事は全部シューコちゃんがやってるの?》


「いや料理以外は全部アイツにやらせてる。最初はなんもできないくらい不器用だったけど覚えさせたわ。未だにヘタクソだからシューコがやり直すこともあるけど……あ、たまにご機嫌取りのつもりか駅前のスイーツとか買ってくるわね」


《熟年夫婦かな?》

《尻に敷かれてんなぁダークくん》

《他の同期だと誰が一番仲良い?》


「同期か。センカとはよく買い物行くかな。ファッションとか化粧品とか一番女友達として話合うのよね。他が残念すぎるだけかもだけど」


《ほー意外な組み合わせ》

《他っていうと……男勝り、元コミュ障陰キャ、限界ヲタ、あっなるほど……》

《VTuberはむしろギャルの方が珍しいからw》


「ティアは今度家にお邪魔する予定ね。もしかしたらオフコラボ配信になるかも?」


《それは初耳!》

《浮気ですか!? いいぞもっとやれ!》

《ダークくん嫉妬しちゃう……いや、あの鈍感主人公は明るく送り出すか。で困らせようと思ってたシューコさんが逆にモヤッとするやつ》

《それだ!》


「それだ!じゃねーよ。少女漫画の主人公と一緒にしないでくれる?」


《同期三角関係いいぞー色々捗ります》

《そこにカタツムリをひとつまみ……あ、多分輪に入らずヨダレ垂らしながら傍観するわあの子》

《だろうなwけどツムりんとも最近仲良いよねシューコさん》


「は? 異迷ツムリと? ないない。今までもこれからも一生他人でいさせてもらうわ」


《なんでそんなツムリちゃんに対してだけ辛辣w》

《未だにフルネーム呼びw》

《手料理ご馳走になったって本人から聞いたぞ》


「あれはダークが勝手に招いただけよ。……まあ同期として最低限相手してやってもいいけど」


《ツンデレ助かる》

《ご馳走様です》


「……もーツッコまんからな? この流れ何言ってもツンデレって言われるし」


 コメントと会話しながら筆を走らせるのにも慣れてきた。

 相変わらず認め難いことばかり言ってくるが、まあ勝手に楽しんでくれてこっちも楽なので好きにさせている。


「よっし今日のアルマさん書けたー! これは後でSNSにアップするとして、次はMV用のイラスト描き始めますかー」


《はやい! うまい!》

《相変わらず筆が速すぎるw》


「別に速いから良いってこともないけどね。ホントはもっと丁寧に描きたいけどさ、それで負担に思っちゃうと毎日続けらんなくなるし本末転倒かなって」


《継続偉すぎる!》

《飽きずにアルマちゃんだけ描き続けるのも凄い》


「は? 飽きるわけないでしょ。描きたい衣装もシチュエーションも無限にあるし、アーカイブ見返す度に新しい魅力わんさか見つかるし」


《あ、Vヲタの地雷踏んだ》

《ごめんて怒らんでw》


「分かればいいのよ。はーほんと一生推せる……やっぱ好きだぁ」


《ヲタスイッチ入っちゃった》

《好きなもの好きって言えるのは良いことよ》

《推しが幸せそうでワイらも幸せですわ》


「推しってシューコのこと? なら推しの推しは推しよね? もちろんアルマさんにお布施してるのよね??」


《ええ……》

《いやアルさんも好きだけどそういうことじゃないというか……》

《ひょっとしてここ最推しに最推しって言ったら怒られるチャンネルですか?》


「冗談よ。人それぞれ趣味はあるし、誰が誰を推そうと気にしないわ。……まあ、推しって言ってくれるのは素直に嬉しい。いつもありがと」


《よせやい照れるぜ》

《こちらこそありがとうです!》

《これだから推し活はやめらんねぇ》


 良い雰囲気の中、程よく作業にも集中できた。

 そんな数時間の配信、目に見えた成果も残り、充実した日々を過ごせている。


 清々しい気分で配信を終える。

 今日の予定は残すところあと一つ。


「さて、しゃーないし行ってやるか」


 配信前に確認した異迷ツムリとの約束。

 そろそろ出発するか、と出かけ支度をしているところだった。


「連絡? 異迷ツムリか?」


 不意に震えた端末を見ると、そこに表示された名前は想定の人物ではなかった。


「あれ、ジュビアさんから……しかも全体連絡?」


 最近頻繁にやり取りしている先輩、だがメッセージが投げられたのはブイアクトのメンバー全員が見ることのできるグループ。

 仕事の提案か、緊急連絡の可能性もある。

 何の用か皆目検討もつかず、メッセージの内容を表示する。


 その最初の一文を見た瞬間、時が止まった。



『今の導化師アルマは異迷ツムリが演じる偽物』



 思考が凍りつく。頭が理解を拒む。

 勘違いのないよう、ゆっくりとその文章を解読する。

 何度も読んで、何度も理解しかけて、その度に疑問符が脳内を駆け巡る。


「…………は?」


 受け入れられない事実を前に、絵毘シューコは立ち尽くすことしかできない。


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