第79話 クリエイター ニオ・ヴァイスロード
娯楽はインフレし続ける。
凄い作品が生み出されるたびに平均点は上がる。
駄作は平均点に影響されないのに。
ここで生きていくにはインフレの波に乗り続けなければならない。
エンタメって、そういう世界。
◇
クリエイター同好会(改)の活動開始から1ヶ月以上。
今や日常となりつつある創作活動。
「うんうん良い絵だねっ。納品ありがとっ」
今日はシューコとニオの二人で通話しながら進捗を共有していた。
「出来上がったとこからムービー作ってくからどんどんちょうだいねー。あ、サンプルも共有フォルダに入れといたよっ」
共に作業しているからこそ分かる。
本当に手際が良い人だって。
「見ました。ニオさん凄いですね、このクオリティで仕上げておきながら自分のショート動画も毎日上げ続けて」
「ニオのショート見てくれてるのっ!? 嬉しいーっ!」
「まあ、たまにアルマさん出してくれますし見逃さないように一応」
「あー公開直後に即リプくれるのそういうことだったんだ……」
一部のイラストは4人全員納得の上で完成、ニオにも仕事が回る段階になった。
細部の微調整も兼ねて雑談しながら作業を進める二人。
「毎日続けてる理由とかってあるんですか? ショート動画」
「んー理由かー」
なんとなくで聞いた質問だったが、思いの外しっかり考えてくれてるのか返答まで少し間が空いた。
「シューコちゃんはさ。今回作ってる動画どう思う?」
「どうって……凄いのができそうだなって?」
「だよねっ! たぶん視聴数もすんごい伸びると思う。それこそニオのショートの何十倍、何百倍って単位で」
「それは……そうかもですけど比較対象が違うというか」
自分の作品を下げるような発言の意図が読めず、作業の手を止めて話を聞いてしまう。
「そうっ。ニオもなんとなく違うなーって考えてて。で思ったんだけどさ、ずっと凄い作品だけ見続けるのって疲れちゃわない?」
「疲れる、ですか?」
「うん。感動した分だけ元気は貰えるけど、毎日元気貰って頑張り続けてたら体力持たないよ。それに凄い作品ばっか見てたら感覚麻痺して人生つまんなくなりそうだし、そういうのはたまにで良いかなー」
至高を求める芸術家気質なジュビアやサタニャとは真逆とも言える。
人々の日常に寄り添う、娯楽の在り方を重視した考え方。
「ちょっと凄い作品でちょっと元気貰って、毎日ちょっとだけ頑張る。そのくらいがちょうど良くない? 普段見るのはもっとさ、脳ミソ空っぽにして楽しめるテキトーな作品で良いかなって」
彼女もまた一人のクリエイターとして芯が通っている。
己の信念とも呼べる活動方針を高らかに言い放つ。
「だからニオはテキトーな作品いっぱい作って平均点下げるの。それがデバフ系堕天使の生まれた使命なのさっ」
姿が見えなくとも言葉から感じる貫禄。
彼女が活動経験7年以上の先輩であることを思い出す。
呆然と話に聞き入っていると、黙っていることに不安を覚えたのかニオは慌てて補足した。
「あっテキトーって言ってもつまんないモノって意味じゃないからねっ! ニオのショートもっ!」
「わかってますよ。毎日ちょっとだけ楽しませて貰ってます」
「そういえば、シューコちゃんもおんなじじゃないの? 毎日アルマちゃんのイラスト上げてるけど」
「シューコのはただの自己満なんで……けど、見てくれる人が勝手にそう思ってくれる分には悪い気はしないですね」
「わーツンデレっ! めんどくさくて良いねっ!」
「はっ倒しますよ?」
煽り言葉に軽口を叩く。
彼女の愛嬌は良い意味で先輩らしくない。
それに活動方針に親近感を覚えたからなのか、前よりずっと話しやすく感じた。
「よかったら動画編集教えようか? 配信者なら覚えといて損ないよー」
「んーまあそのうち時間があるときにでも。そういうニオさんが動画編集始めたきっかけは?」
「きっかけ? 動画編集自体はニオがニオになる前から続けてるよ」
質問全てに丁寧に答えてくれる先輩。
作業中に申し訳ないと思いつつ、彼女の過去の話に耳を傾ける。
「もう10年も前かな。ニオがVtuber見始めるきっかけでもあったんだけど、一人の切り抜き師さんのファンだったんだ。その人の動画でVtuberのライブ配信とかも見に行くようになった。でもその人の凄いところはね、ライブ配信見た後でも見たくなるのっ。動画の細かいところまでこだわって、とにかく愛を感じたの。ああ、ホントにこのVtuberのファンなんだなって。」
切り抜き師。長時間ライブ配信の見どころを切り抜いて配信する者達の総称。
VTuberとしても自分の活動を宣伝してくれるありがたい存在。
「そんな動画を見て自分も作ってみたくなって。最初は同じように切り抜き師目指そうと思ってたんだけど、そのうち自分でVtuberやって自分のMV作れたら最高じゃない?って思うようになって今に至る感じ」
「10年前の切り抜き師ですか。今その人は?」
「もうチャンネルも消されちゃってるね。でもニオ・ヴァイスロードが生まれたの間違いなくあの人のおかげ。今どうしてるんだろうな――――」
遠い過去に想いを馳せるように、ニオは憧れの人物の名を口にする。
「――――ルナ子さん」
◇
「ルナさーん。今日もお手伝いに来たのですー」
「ありがとムルちゃー。じゃこっちの透過処理お願ーい」
四条家、活動休止中の紅月ムルシェは足繁く通っていた。
目的は四条ルナの企みを手伝うこと。
「これって今どのくらい出来上がってるのです?」
「んー進捗30%ってとこかな」
「うわぁ……先は長そうですねー」
毎日作業しても半分も進んでいないと言う。
どれだけ壮大な制作物になるのだろうか。
「大変だったら毎日手伝いに来なくても良いんだよ?」
「何言ってるのですか、ムルはルナさんに会いたくて来てるんですよ! 手伝いなんかただの口実なのですから、むしろ口実が長引いて嬉しいのです!」
「うーん嬉しいけどムルちゃの希望通りにするなら完成させない方が良いってことかー」
「そ、そういう意味じゃないのです!」
日常となりつつある二人の空間。
居心地良く、配信できない寂しさを紛らわすのにちょうど良い。
「それはそうと……ルナさん。また生活リズム崩してません?」
「え゛……なんでバレた?」
「キッチンで見たのです。エナジードリンク缶と携帯食の空箱。それにちょっとお化粧してますね。目下のクマさん隠してません?」
「わーすごい! 名探偵みたいだねムルちゃ!」
「ふふん。それほどでも……って乗せられないですよ!? ちゃんと食べてちゃんと寝なきゃ駄目なのです! 長生きできなくなっちゃうのですよ!」
「分かったってばー。じゃあ一区切りついたら一緒にご飯行こっか」
「はい! 監視させてもらうのです!」
導化師アルマの内側、四条ルナ。
同一人物のはずだがどこか違う。
抜けていると言うか、完璧を装わなくなったというか。
それが素の彼女らしく、そんなところも好感が持てる。
「動画と言えば、ニオさん達もMV作ってるみたいですね。バンドフェス楽しみなのです!」
ふと、同期の活動を思い出して話題に出す。
けど言って後悔した。メンバーの話はどうしても大きな悩みのタネに繋がってしまう。
「私は……ちょっと怖い、かな。バトルマーメイドはどうするつもりなのかーとか」
「あっ、そうですね……。流石に別のグループにお願いしないとですよね……?」
「……そうしてくれるといいけど」
今の"導化師アルマ"を心配し、俯き気味に考え込む。
ルナが今やっていることも現状を打開するための企み。
「そろそろ誤魔化すのも限界だろうし、やっぱり急いで完成させないとだね。――――この動画でうちの社長の目、覚まさせるよ」
騒動の元凶は間違いなく自分と彼女の歪んだ関係性。
責任を負う気持ちで、全てを終わらせる決意をその目に宿らせる。




