第75話 久茂ダークの歌特訓
時刻は22時。
ダークにしては珍しく夜遅い時間に外を出歩いていた。
理由はとある人物からの呼び出し、場所はカラオケボックス。
「ようやく来たか。久茂ダークよ」
「流石にこんな時間に呼ばれると思ってなかったっスよー……いつもなら寝てる時間っス」
「ジジイか?」
「せめてババアにして欲しいっス!」
1期生カチュア・ロマノフ。
ウラノからの紹介で歌の特訓に付き合ってもらえるとのこと、呼び出しの場所がカラオケボックスというのも頷ける。
しかし時間以外にもう一つ不可解なことがあった。
「けどカチュア先輩はともかく……なんでティアさんもここに?」
「来ちゃ、ダメだった?」
「そんなことないっス! 大人数の方が楽しいっスから!」
「ならよかった」
同期の魔霧ティア。彼女とも関係は良好なつもりだが、カチュアがティアを呼んだ理由は不明だ。
「さっきまで、ゲームしてた。カチュア師匠と」
「ふっ。配信でカチュア直々に指南していたのだよ」
「でももう、教わることない。勝てるようになったから、師匠用済み」
「何? そういうのは勝ち越してから言うものだぞ!」
「5勝5敗で引き分け。ルール理解するまで負けてたけど、後半全部勝ってる。次も勝てるけど、もう1回やる?」
「そんなのやってみないと分からないだろう! ……しかしまあ、貴殿も慣れないゲームで疲れただろう? 今日のところは引き分けで勘弁しておいてやろう」
「口だけ雑魚師匠」
配信の余韻に浸りながら煽り合って。
子供同士の喧嘩を見ているようで微笑ましくなる。
「二人とも仲良しっスね!」
「まったく、随分懐かれてしまったようだ。配信の後も貴殿に会う予定を話したらついて行くと駄々をこねられてな」
「夜遊び、初めて。わくわく」
ティアがここに来た理由が分かったところで、カチュアは仕切り直すようにこちらに向き直った。
「良いかダーク。カチュアに教えを請うということは貴殿も今日から弟子だ。師匠のことは最大限敬うように」
「大丈夫。カチュア師匠はクソチョロ。師匠って呼んどけば、大体言う事聞いてくれる」
「誰がクソチョロだ。相変わらずクソ生意気な弟子だな。ダーク、貴殿はこうはなってくれるなよ?」
「もちろんっスよカチュア師匠!」
「おお……貴殿が言うと熱血っぽいというか、一層師匠感が増して気分良いな! なんでも聞き給え!」
「よろしくお願いするっス!」
「やっぱり、クソチョロ。早く受付、行こ?」
同期の態度に不満そうだったので体の良い言葉を使って先輩のご機嫌を取る。
そんな同期のマイペースな提案で、当初の目的であるカラオケボックスの受付を済ませ入室する。
「カラオケ久々。何歌おうかな」
「あっおい、今日はダークの特訓で……仕方ない。5曲までだぞ」
早速ティアがタブレットとマイクを奪っていき最初の曲が流れ始める。
同期の中でも最も聞き慣れた歌声、最近はさらに洗練されつつあるように思う。
「ティアさんホントに上手っスねー」
「ん? そうだな。カチュアはもっと上手いけどな?」
「もちろんカチュア師匠も凄いっス! 皆上手っスよね。まさにアイドルって感じで……」
他メンバーの歌う姿を見ているとどうしても劣等を覚える。
同じ舞台に立っても良いものかと不安になる。
「ウラノ先輩から教えられることないって言われたとき、どうしようもないくらい下手なのかなって思っちゃったんスよね……」
誰にでも向き不向きはある、その不向きが自分にとっての歌なのではないかと。
自分がステージの上で歌い会場を沸かせる光景が想像できず悩むことしかできない。
その悩みを解決するために頼った人は返答する。
「ん? 上手く歌う方法なんてカチュアも教えられんぞ? 最初から上手かったからな、上達方法なんぞ知らん。そういうのは専門のトレーナーを雇え」
「あっ……そう、っスね……」
突き放すような物言い。
才能のない自分にはどうしようもないと言われた気がして何も言えなくなる。
しかしカチュアにはそのような意図はないらしく、
「それに、誰もが上手い歌を求めるわけではない」
彼女がダークに伝えようとしていたのは、歌の魅力は一つではないということ。
「上手い歌が好きならカチュアを見れば良い。だが貴殿のファンが見たいのは久茂ダークの歌だ。そのファンのために貴殿が見せるべきなのは、高い歌唱力よりも貴殿らしさではないか?」
「自分らしさっスか?」
「ああそうだ。今更焦って上達しようとしても付け焼き刃に過ぎない。考えるべきは如何に自分を魅せるかだ」
歌唱力に誇りを持つカチュアでさえ歌に悩むことはあった。
そこに差異はあれど、悩み自体は痛いほどに共感していた。
「歌で自分らしさを出す方法なら任せろ。カチュアもここ10年で学んだところだ」
「押忍! 勉強させてもらうっス!!」
「はっはっは良い声量だ。それもまた貴殿らしさだな」
豪快に笑う先輩の姿を見て勇気づけられる。
さらにカチュアは話題に上がったメンバーをフォローする。
「ちなみにウラノが貴殿に言った言葉に含みはないと思うぞ。奴は理論に基づいた技術特化の歌い手だからな。繊細な小技なんぞ貴殿には似合わんよ」
「あー自分大雑把なもんで……」
中傷か称賛か分かりにくい言葉を受け微妙な反応になってしまう。
そんなやり取りの後ろで一人歌っていたティアが会話に入ってきた。
「ダーク、ウラノさんと同じ舞台、ずるい」
「もう5曲か。そういえばティアはウラノ推しだったな?」
「あーなんか申し訳ないっス……あれ? けどティアさんとは共演したくないみたいなことウラノさんが言ってたような?」
「えっ嘘……がーん……」
「今まで見たことないくらいの絶望顔だな……ダーク。流石にノンデリ過ぎやしないか?」
「重ね重ね申し訳ないっス!!」
思い出したことを何気なく口にして同期を傷つける。
思えば謝ってばかりな気がする。今後はもっと考えて喋るべきかもしれない。
「ウラノさん人間関係で苦労してるらしいんスよ。元3期生のプルトさんとも色々あったとか……」
「ほう? 貴殿の口からその名を聞くとは思っていなかったな」
「カチュア師匠も知ってるんスね。自分はどこまで踏み込んで良いものか分からなかったんで」
「そうだな……3期生以外ならプルトと一番関わりが多かったのはカチュアだと思うぞ。何せ『アメツチ』は今でこそカチュアとウラノの2人ユニットだが、元はプルトも含め別名の3人ユニットだったからな」
「えっそうなんスか?」
今まで名前しか知らなかった幻のメンバー、先輩達の関係性が見えて少しだけ身近に感じた。
「ウラノさんの昔話、聞きたい」
「うーむ。話し出すと長くなりそうだ。ダークの特訓が終わって時間が余れば話してやろう」
「むぅ……ダーク。早く上手くなれ」
「無茶言わないで欲しいっス……けど特訓は望むところっス!」
「その意気だ。さあ歌うぞ。自信のある曲をどんどん入れろ!」
そうしてようやく始まった歌唱特訓。
ひとまず自分の声質に合うキーのメジャー曲を片っ端から入れて歌い始める。
「全然ダメだ。歌詞を読むのに必死になりすぎて感情が乗っていないぞ」
「はいっス!」
自分の歌を聞いて遠慮なくダメ出しをするカチュア。
そのダメ出しも徐々にエスカレートする。
「上手く歌おうとするなヘタクソ! ミスを恥じて誤魔化す方が恥ずかしい。人目など気にせず全力で声出せ!」
「うす! ヘタクソですみませんっス!!」
パワハラとすら思える強い言葉も、ダークは素直に受け止め糧とする。
「いいぞその調子! もっと熱くなれ! パッション見せろ!!」
「うおおおお゛お゛お゛!!!」
カチュアのテンションに合わせてダークも勢いづきやけくそに声を張る。
少年漫画のようなノリで二人だけの世界を築く。
そして残る一人はというと、ダークが歌っている横でダウンしていた
「うるさい……頭ガンガンする……」
「あの……自分の声大きすぎたからなのかティアさんグロッキーなんスけど」
「気にするな。覚悟もなくついてきた奴が悪い」
「たすけて……かゆ……うま……」
縮こまって呻く少女を放置し特訓を続ける。
そんな勢いで3時間以上、長時間全力で歌い続けられるのもダークの体力があってこそだろう。
「最高のシャウトだったぞ。これだけ酷使して枯れないノドも羨ましい限りだ。あとは音程を合わせるだけだな」
「え? でも上手くなくていいって」
「最低ラインはある。今のは聞くに堪えないな。魅力を帳消しにするレベルのノイズだ」
「ボロクソ言うっスね!! でも参考になるっス!!」
散々言われた通りにして最後に手のひらを返されてもめげないダーク。
フィーディングが合うというウラノの見立ては正しかったようだ。
そうして小休止がてら話していると、不意に扉をノックする音が聞こえた。
扉に近いダークが開くと、そこには面識のある人物が立っていた。
「ああダークさん。夜分遅くにすみません」
「あれ? ティアさんのマネさん?」
何度か顔を合わせたことのあるティアのマネージャー。
何の用かは分からないけれど、誰に用があるのかは明白だった。
「ティアさんから『たすけて』とメッセージをいただいたので回収しに来たのですが……」
「あー……大変スね。深夜でも駆けつけてくれるものなんスか?」
「ティアさんは無数のどうでも良い連絡の中でたまに緊急連絡してくるので……安眠を諦めて目覚ましアラームより大きい着信音にしてます」
「まるで災害アラートっスね」
マイペースな少女のお守役に少しだけ同情した。
「それとダークさん、外まで声漏れてましたよ。他のお客様にご迷惑です。身バレの危険性とかも考えてください」
「うっ……申し訳ないっス……」
「それで、こんな夜更けにどういう集まりで……」
ダークに対しても小言を言いつつ部屋の様子を確認しようと覗き込む。
その瞬間彼女は固まった。とある人物に焦点を当てたところで。
そのとある人物も同じように固まっていた。
「貴殿……何故ここに……」
「カチュアさん……!? そういえば今日はコラボ配信って……油断ですね……」
まるで後悔するような物言い、会いたくない人物に不意に会ってしまったかのような。
「師匠。マネージャーのこと、知ってる?」
「知ってるも何も……そうか、貴殿らは面識がなくて当然か……。偶然にも先程話題に上がったのだが」
カチュアの言葉に魔霧ティアのマネージャーは罰が悪そうに顔を背けた。
そんなことは気にも留めず、カチュアは真実を告白する。
「その女は――――元3期生山文プルト、本人だ」




