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第74話 過去:初為ウラノ

 昔から女の子の声が好きだった。

 特に歌声。響く高音も、ギャップのある低音も。

 声から感情が伝わり、声からその子を好きになる。


 たくさんの好きの中で一番惹かれた存在がいた。

 カチュア・ロマノフ。

 デビュー当初は品行方正な落ち着いた歌声で、好きになるのに十分な魅力があった。

 しかしあるとき、今までの印象を180度反転させる曲が突然公開された。

 全力で乱暴な歌声、でも安定感は損なわれない。

 元の魅力を保ちつつ正反対な魅力を足され、感情全部持ってかれた。


 人生で何よりも夢中にさせられ、その歌声に突き動かされた。

 何かしたい。この人の歌のように表現したい。

 この歌に相応しい魅力を、自分の声を使って。

 感化され、暴走した心が体を突き動かす。

 

 正しい歌を知るために音楽を学び、音楽を深く知るために楽器を学び、彼女の隣に相応しい『正しい歌』のために全力を尽くした。

 最低限納得の行く歌唱を手に入れ、カチュアと同じ土俵に立つまでに、5年の月日を要した。






 3期生初為ウラノ。

 高水準のギター演奏と圧倒的な歌唱力でデビューした実力者。

 特徴的な方言も相まって配信者としても一定の人気を集めた。


 デビューから1年ほどの今、とりわけ深い関係のメンバーは居なかった。

 比較的関係が良好だったのは同期の真繰ネプ。

 と言ってもネプは面倒見が良いので誰とでも上手くやる。


「なあネプ、皆が言っとる『てぇてぇ』? ってヤツよう分からんのやけど」

「? 唐突に何の話ですかな?」

「いやな、ウチらがメンバーと仲良うするとみんな喜ぶやん? けど実際に恋仲なわけやないのに押しつけられとるみたいで、なんかなぁって」


 不満、という程でもないが納得し難い文化。

 悩むほどのことでもない疑問を軽い雑談のつもりで聞いてみた。


「なるほど……つまりウラノ氏は交際相手が欲しいということですかな?」

「ん? 思考回路バグったん?」


 聞いてみたら謎の誤解をされてしまった。

 続けてネプがそう解釈した理由を話す。


「押しつけられるのが嫌なのでしょう? なら明確な相手を作れば誰も文句は言いますまい」

「強引なやり方やなぁ……いや興味無いわけやないよ? でもウチらも活動しとる間は結婚なんてできんやろうし、結局付き合うとしたらメンバーの誰かしかないんかな?」


 一応アイドルの体裁を守るためにもプライベートの恋愛はNG。

 何故か同性愛の方が推奨される歪な世界で自分に合う相手はいるのだろうか?


「ま、今のブイアクトにそんな子はおらんかな」


 関わることの多いメンバーのことを考えてみるが、そんな関係になるなんて想像もできない。

 ジュビアとサタニャは最早公式カップル、横から割り込むつもりもない。本人達は否定してるけど。

 他に可能性があるとすれば……。


「貴殿ら二人とユニットを組むことになったカチュアだ。改めてよろしく頼む」


 カチュアはデビュー前から憧れていた先輩。

 ちょうど今日歌唱ユニットの初顔合わせがあった。


「初為ウラノですー。以後よろしゅう」

 

 ユニットメンバーが決まったときは素直に嬉しかった。

 しかし恋と憧れは違う。

 歌声は好きだけど、素の彼女はワガママな子供といった印象で好みのタイプとは程遠い。


 そして残るもう一人のユニットメンバー。


「山文プルトと申します。宜しくお願い致します」


 同期最後の一人、山文プルト。

 関わりは多くないけれど共通点は多い。

 3期生全員楽器が扱える中で彼女は自分と同じギター担当。

 そして同じ歌唱ユニットとなれば、意識しないわけがない。


 5年以上歌に時間を費やした。そのせいで変にプライドまで持ってしまった。

 同期には負けたくないと、勝手に一人で闘争心を燃やしている。

 立ち位置は似ているけど相容れない存在。


「美しい歌声。素敵ですね」

「そらどーも。あんたも十分上手いんやない?」

「そんな、私は二人の足元にも及びませんので……」


 誰に対しても堅すぎる敬語口調、加えて弱気で頼りにならない。

 その情けない態度に段々腹が立ってきた。


「なら練習すればええやん。ウチも教えるし」

「えっ良いのですか?」

「同じユニットで一人だけ下手だと浮くやろ? いや下手とも思っとらんけど、自信持ってもらわんとこっちまで気が滅入るんよ」

「ウラノさん……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」


 皮肉も通じずまともに感謝されてしまう。

 張り合いのないライバルを見かねて何故か歌を教えることになってしまった。

 それが山文プルトの最初の印象。

 1年変わらなかった印象、それをたったの1ヶ月で覆されることになるなんて。


「お、今のええやん。声綺麗なんやからもっと伸び伸び歌いや」

「なるほど今のが良いと……勉強になります」


 何より凄まじかったのは吸収力。

 教えたこと全てを成長の糧とした。

 さらに成長するにつれてネガティブな発言も限りなく減った。

 身についた力が自信になったのか、それとも他に要因があるのか。


「……あんた上達早いなぁ」

「そうですか? もしそうならウラノさんの教え方が上手なおかげですね」


 最初は認められなかった。

 圧倒的な差があったはずなのに、今やどちらが上手いかと聞くのも怖い。

 自分が教えているとは言えこれほど短期間で上達するなんて、過去の自分を否定されているようで。

 同じギター担当、同じユニット、同レベルの歌唱力、自分の地位が脅かされるのではないかと。


「ウラノさんと同じユニットになれて本当によかった。おかげで自分の歌に自信がついた。ウラノさんと一緒に歌うのも楽しみになりました」

「……そう」


 しかし時間が立つほどに彼女への悪印象は薄れた。

 間近で聞いていたからこそ耳に馴染んでしまった。

 胸に響く、心地よい歌声に絆されてしまった。

 自分好みに成長させた、自分の好きな歌声。


「そっか。好きなんかもなぁ」


 ふと気づき、認め難かった本心を受け入れる。

 その呟きを聞いたプルトが怪訝な顔をする。


「えっと……勘違いだったら申し訳ありません。今のは告白でしょうか?」

「あ、いや! 違……う? んーどうなんやろ……」


 口にしたとき時点ではそんな意図はなく、単に歌声が好きというつもりだった。

 けどもう一度思い直し、今度こそ自分の本心に従う。


「せやなぁ……やっぱ告白かも。プルト、ウチと付き合ってくれん?」


 それは好きの多い人生で初めて想いを告げた瞬間だった。


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