第73話 初為ウラノの懊悩
バンド練習が本格的に始動し、初めての合同演奏のため4人は集まった。
ギターはウラノ、キーボードはエル、そしてドラムはダーク。
ネプはベースの音源を流しつつ観客として聞いていた。
「上達早いですねー。練習始めて2週間でしたっけー?」
先輩に褒められ照れくさそうに笑うダーク。
拙い部分は多いものの、1曲弾ききるまでに上達していた。
「いやーお恥ずかしいことに楽譜はまだ読めないんスよね」
「本当に体だけで一曲覚えてしまったのですぞ……」
「え、怖……どんな練習方法なんそれ……?」
ただの見様見真似でドラムの叩き方を完コピした初心者に経験者達は恐怖すら覚えた。
しかし楽器自体の習熟度はともかく、フェスに向けた練習は順調そのもの。
「まあ練習はこんくらいにしといて、折角集まったんやし焼き肉でも行かん? 協力のお礼に奢るわ。ネプが」
「真繰が!? いやそうですな。是非払わせていただきますとも!」
「いや冗談やから真に受けんで? ちゃんとウチが払うて」
「なら半分コですな。これ以上は譲りませんぞ?」
「はいはい」
イベント主催者達が仲良さそうにそんな提案をしてくれる。
ダークとしてはむしろ色々教えてもらったりと迷惑かけていると思ってたので少々引け目を感じた。
「良いんスかね? ご馳走になっても」
「先輩の好意は無下にするものじゃありませんよー。エルは後輩相手でも遠慮なく奢られますけどー」
「図太い先輩やなぁ……ええんやけどね」
特に反対意見もなく唐突に決まったお食事会。
そのまま皆で店まで移動した。
「ライス貰っても良いっスか?」
「米好きなん? 遠慮せんで肉食べてええんよ?」
「生ビールいただけますかー?」
「初っ端から飛ばしますなぁ」
各々好きなように注文を始める。
3期生の二人はどちらかと言うと世話を焼くタイプのようで先輩と後輩両方に気を配る。
「ライスおかわりで!」
「まだ食べれるん……? もう5杯目やけど……」
「エル氏、ペース早すぎませんかな? もう大ジョッキ5杯目ですぞ」
「最近飲まないとやってられなくてー……」
呆れながら笑い合い、楽しい会になった。
そうして長いこと居座り、箸の進むペースが遅くなってきた頃。
「あっシューコさんに夕飯要らないって言い忘れたっス! うーん……まあ食べれば良いっスかね」
「あれだけ食べてまだ食べると!? 恐ろしい胃袋してますなぁ」
いつも食事を用意してくれる同居人のことを思い出し口にする。
するとダークの言葉にエルは陽気な声で反応する。
「ホントにシューコちゃんと仲良しなんですねー。ちなみにどこまで進んでるんですかー?」
「エル先輩。流石に酔いすぎやて」
いつも以上にフワフワした口調、ウラノの言う通り相当酔っているように見える。
ダークは一応先輩からの質問ということもあり、自分の想いを話す。
「うーん……逆に聞きたいんスけど、どこまで進むべきなんスかね?」
「え? その満更じゃなさそうな感じ、本気でシューコちゃんのこと好きなんですか?」
予想外の反応だったようで、エルは驚きながらも更に質問する。
「好き……かは分からないっスけど、尊敬はしてるっス。今の生活がずっと続いて欲しいとも思ってて。それでやってることが恋人そのものって言われるなら恋人になるべきなのかーとか……女同士ってどうするのが正解なんスかね?」
「う、う゛ーん……エルも経験ないんでちょっと分からないですねー……」
かなり渋そうな顔で言葉を濁す。
この場で最年長ということもあって恋愛関係の話には思うところがあるのかもしれない。
折角だから他の人にも聞いてみようと、顔をそちらに向けた。
「お二人は……」
「あー! えー……っと。その話はこのくらいにしときませんかな?」
「?」
ダークの言葉は途中で遮られた。
その大声の主、ネプはどこか心配そうな表情で話を逸らそうとしている。
それに続いてウラノが静かに立ち上がった。
「……ごめんネプ。ウチも酔ったかも。先帰っとるから支払い立て替えといてくれん?」
「そうですな……後のことはお任せあれ」
「ん、よろしく」
お互い分かり合っているように多くは語らず、去っていく女性の姿を見送る。
口を挟んではならないような雰囲気に黙っていた二人に改めてネプは声をかけた。
「いやー雰囲気壊して申し訳ないのですが、今日のところはお開きにしても良いですかな?」
「それはもちろんスけど……自分何か不味いこと言っちゃったんスかね? ウラノさんが気分悪くようなこととか……」
ダークは自分の発言の後、明らかにウラノの顔つきが変わったことを気にしていた。
しかしネプがそれを否定する。
「ダーク氏は悪くありませんぞ。ただ……ウラノ氏は少々恋愛関係のトラウマがありまして」
「トラウマ?」
「あー……エルもちょっと無神経過ぎましたねー。反省しますー」
「?」
ウラノと同期のネプ、それに先輩のエルも彼女の事情を知っている様子。
気にはなったが、わざわざ人のトラウマについて教えて欲しいだなんて言えるわけがない。
「あまり触れないでやっていただけると助かりますぞ。そうすればいつも通りのウラノ氏で居てくれますからな」
「はいっス……」
ただ仲良くできればそれで良いのに。
知らないだけで雰囲気を壊してしまうこともある。
やはり難しいものだ。人間関係というやつは。
◇
4人の食事会の翌日。
「ネプは収録あるみたいでなー。今日は二人で練習や」
元々の予定通り、ネプが練習に付き合えない日はウラノがドラム練習に付き合ってくれることになっていた。
「押忍! えっと……頑張るっス!」
「露骨に気まずそうやなぁ」
「うっ……申し訳ないっス……」
あんな別れ方をした翌日に二人きりだなんて、普通に接するのも困難だ。
しかしウラノはダークに対して悪感情を持っている様子もなく、朗らかに話しかけてくれる。
「いや謝るのはウチの方やて。前は勝手に帰ってごめんな? あの後ネプからなんか聞いたん?」
「えっと……恋愛にトラウマがあるとかって」
「あー大したこと話してなさそうやな。ウチに気ぃ回してくれたんやろうけど逆に困るなぁ。こんな戸惑っとる後輩見たら説明せんわけにもいかんし」
「いやいや! 自分なんかのために無理しなくて良いっスよ!」
強めに遠慮の姿勢を見せたが、彼女は軽く口を開いた。
「ウチもな。女の子と付き合うてたんよ。それも同期と」
あまりにも平然と言った。
聞く人によっては敬遠されてもおかしくない話。
それは信頼してくれているからなのか。
折角話してくれたのに黙っていては心配させてしまう、そう考えたダークは頭に浮かんだことをそのまま口にする。
「それって……ひょっとしてネプ先輩っスか?」
「いやいやネプはないわー。良い奴やけど変人すぎるて」
「そうっスか? 相性良さそうに見えたんで」
ウラノの同期と聞いて一番仲良さそうな人物はネプだと思っていた。
残る二人、ジュビアとサタニャのどちらかがウラノと付き合っていたというのも想像しにくい。
そこまで思い至ったところでウラノは解答を口にした。
「――――山文プルト。元3期生のメンバーで、元恋人。ちょっとしたイザコザで辞めることになってな、喧嘩別れみたく疎遠になってもうたんよ」
「あ……」
その名前には聞き覚えがあった。
今から1年前、自分がデビューするより前に引退したブイアクトのメンバー。
詳しくは知らないが、界隈では大きな火種になったとも聞いている。
「女同士の恋愛って分からんよな。男と女なら結婚って指標があるけどそれもない。ゴールが無いから将来のことも考えにくい。相手がどんなスタンスで付き合うてくれとるのか、自分のことどのくらい想ってくれとるかも……」
悩みを吐露する彼女に掛ける言葉が見つからない。
昨日のように気分を害してしまう気がして。
「なんて、ちょっと重すぎたわ。けどダークくんも気ぃつけなあかんよ? どんな恋愛しようが止めるつもりないけど、あんた天然タラシなとこあるからそのうち刺されそうやわ」
「そうなんスか? まあ女の子ならナイフで襲われても負ける気しないっスけど」
「おもろいこと言うなぁ。相手の女の子のこと考えたら全然笑えんけど」
明るく振る舞ってくれているがその笑顔はどこか寂しげだ。
何か助けになることはできないだろうか。
すると彼女は思い出したように別の話題を出す。
「あ、そうそうダークくん。前に歌教えるって言ったやん?」
「え? あ、はい! 是非お願いしたいっス!」
「それなんやけどな、ごめん。やっぱウチには無理やわ」
「え!?」
悩むウラノを心配していたのも束の間、唐突な手のひら返しに反応せざるを得なかった。
「ダークくんの歌配信とか聞いたんやけどな、歌の癖がウチと違いすぎるんよ。ネプとの練習聞いとる感じ理論的な説明も苦手そうやし、ウチに教えられること無さそうやなって」
「うっ……そうっスか……」
「その代わりに別の先生に連絡したるよ」
「ホントっスか!」
手伝えないと言いながらも別の提案をしてくれる。
「ウチと『アメツチ』ってユニット組んどるカチュアさん。あの人ならダークくんとフィーディング合うと思うんよ。連絡しとくから今度会ってみるとええよ」
「押忍! 感謝します!」
自分の悩みを差し置いて頼りになる先輩で居てくれる。いつかこの恩に報いたい。
そのためにもまずは受けた教えを糧に成長するところから始めよう。




