第71話 真繰ネプと演奏練習
その配信は真繰ネプのコールから始まった。
「イカれたバンドメンバー紹介するぜ! な告知配信始まりますぞ!」
「ちょいネプ。うちまでイカれとるみたいな言い方やめてくれん?」
「大丈夫ですぞ。Vtuberなんてイカれてなきゃやってられませんからな」
「なんもフォローになっとらんて」
《開幕イカれ宣言》
《確かに配信者が普通じゃつまらんけどもw》
「まずはご挨拶をば。電子の海に水を得たアルレシャ、3期生の真繰ネプですぞ!」
「同じく3期生快速牛歩のアルデバランー。初為ウラノですー」
「さてブイバンドフェスの演奏メンバー紹介ですが。もちろん我々3期生が出るのは言うまでもありませんな?」
「せやな。今回はウチら四人に加えて二人もゲスト参加してくれるんよ」
《二人? 某エルフ以外にも?》
《ご新規様か!》
《4期生に楽器できる人居たっけ?》
「まずは一人目、まさかのドラム初挑戦!? 一日平均歩数は驚異の5万歩! フィジカルモンスター久茂ダーク氏ですぞ!」
「押忍! 体力だけは自信あるっス!」
「二人目は今回もキーボードお願いしました! 一日平均歩数はたったの50歩!? デスクワーカーウィッチ法魔エル氏!」
「エルですー。外出しない上にコラボ配信も久々で会話の仕方忘れましたよー」
《初挑戦! いいね!》
《千倍差ぁ!!》
《両方ともどんな生活したらそんな歩数になるのw》
「さあさあ遂に待望のドラマーですぞ! ダーク氏の特訓は真繰が付きっきりで見ますのでご安心あれ」
「安心したっス! なら来週には習得できそうっスね!」
「はっはっはっ一日何十時間練習するつもりですかな?」
《普通何ヶ月単位では?》
《一日は24時間しかないんよw》
《ネプ氏が嬉しそうで何よりですぞ》
「エルさんもすまんなぁ。最近元気なかったみたいやけど、その後調子どうなん?」
「あ、それ聞いちゃいます? もぅマヂ無理ですー……ムルちゃロスでしばらくご飯ノド通らなかったんですよー」
《エルさんコラボも久々ですしね……お労しや》
《ムルちゃ早く帰ってきて欲しいね……》
「せめて一言くらい相談して欲しかったですねー……。娘が一人立ちした気分ですよーシクシク」
「……ネタかガチで言ってるのか反応に困りますな」
「発言だけ見ると同期生の母を名乗る異常者なんよ」
明るく振る舞っているもののどこか陰りが見える。
それもそのはず。紅月ムルシェが家庭の事情で活動休止して以降、彼女とは誰も連絡が取れていないとのこと。
対して法魔エルは健康状態が危うくなるくらい配信上でも取り乱していた。
そんなエルを見て、ダークは居ても立ってもいられなかった。
「エル先輩! 自分にできることなんてないかもしれないっスけど……何かあればなんでも言ってください!」
「ん? 今なんでもって言いましたー?」
「? 言ったっスけど」
「あら? あらあらあらー!」
「おっふ……今どきこのネタ通じない若者いるのですな……」
ダークの心配を他所に、年長者の暴走が始まる。
「エルさん? 元気になるのはええことですけど、純粋無垢な後輩虐めるのはどうかと思うんよ」
「分かってますよー。ダークくん、一回で良いんでエルのことママって呼んで貰えません?」
「うーんギリアウト臭いですな」
《エルさん???》
《あれ? さっきまでの儚げな美女はどこへ?》
「えーちょっと恥ずかしいっスけど……エルママ?」
「……きゅんです」
「うわぁ……先輩のメス堕ちシーンきっつ」
「正直グッと来ましたねー。もっと甘やかしてもよろしいですかー?」
「傷心に見せかけてやりたい放題するおつもりですかな?」
「だってーダークくんの天然具合がムルちゃとダブるんですよー。こんなの溢れる母性止められませんがー?」
「その特殊性癖母性って言わんで貰えます? 世のママさん方に怒られるんで」
《エンジン全開だなぁ》
《うーん……幸せそうだからよし!》
《またしても理解できないまま付き合わされるダークくん》
「さて。そろそろ真面目に話してもよいですかな?」
「はーい少しだけ満たされましたー」
「それは何より。ではフェスの説明に移りますぞ」
それからは先日ダークに説明した内容を配信する流れとなった。
ただライブ出演者は未確定部分も多いため未発表のまま。
ブイバンドフェスに向けて視聴者と共にモチベーションを高める告知配信となった。
◇
「配信お疲れ様。二人共このあと時間あるん?」
「? 大丈夫っスよ」
「エルも予定なしですー」
「ほなよかった。今から練習場所とか案内しよう思っとるんよ」
「個人練習だけなら家でもできますが、演奏の合わせはどうしても広い防音部屋を借りる必要がありますからな」
配信終了後、3期生二人の提案で練習場所を案内してもらう運びとなった。
フェス開催3回目で慣れているのか準備の手際が良い。
「エルさん動けそう? 車まで肩貸そか?」
「いえいえー。杖もありますし最近は調子良いので大丈夫ですよー」
見ればエルは丈夫そうな片手杖を持っている。
事情を知らないダークは純粋に質問した。
「エル先輩足が悪いんスか?」
「そうですねー。昔膝に矢を受けてしまいましてー」
「え? 矢が飛んでくる環境ってどんな家族……?」
「ファンタジージョークですー。ダークくんは真面目ですねー」
「あっ申し訳ないっス。自分ミーム?とか言われてるネタもあんまり知らないもので……」
「良いんですよー知らない方がイジり甲斐ありますのでー」
「え?」
今日一日でぐっと距離が近づき、心なしかエルの遠慮が無くなったように感じる。
そんな冗談を交えつつエルは本音を漏らす。
「けど怪我はホントなんですよねー。事故で動きが悪くなってしまって、ダンスとかは難しいですねー」
ブイアクトはアイドルVTuber、ライブをする機会も多く当然ダンスもある。
怪我とやらはデビューした後の話なのか。もし自分も同じことになったらと思うとダークはゾッとした。
「なのでこうして楽器でライブ参加させてもらえるのは嬉しいんですー。今回も誘ってくれてありがとうございますー」
「いえいえこちらこそですぞ!」
辛い境遇を呪うことなく、輝ける環境に感謝する。
所属グループの温かみに一層刺激を受けた。
「自分もドラム頑張るっス!」
「はい。一緒に頑張りましょうー」
エルの境遇を詳しく知らないダークは慰めの言葉を見つけられなかった。
せめてできることはできるうちに精一杯やろうと心に誓う。
◇
ダークのドラムレッスンは翌日から開始した。
「それでは早速始めていきますぞ」
場所は事務所のレッスンルーム、一時的に機材を置いてバンド練習も可能になっている。
実際に楽器を目の当たりにしてダークは不思議そうに眺めていた。
「おお……なんか思ってたドラムと違うっスね」
「電子ドラムですな。残念ながら想像しているドラムを触る機会はないかもしれませんが、興味ありましたら私物ならお見せできますぞ」
「是非見てみたいっス! けど楽器にこだわっても演奏できなきゃ意味ないっスよね……」
「そのためにこれから練習するのですぞ! そうそう、先にカメラだけ回しておきませんと。練習風景ドキュメンタリー風に公開すれば喜ばれますからな」
「押忍! よろしくお願いするっス!」
依頼された側とはいえ練習から配信まで細々と気を回してくれる先輩には頭が上がらない思いだ。
「ときにダーク氏、勉強はお得意ですかな?」
「あんまりっス!」
「正直でよろしい! となるとやはり練習プランBが良さそうですな」
「ぷらんびー?」
「BはBody、つまり体に覚えさせるということですぞ!」
「おお! 自分そういうのの方が得意っス!」
「分かりやすい性格で教え甲斐がありますなぁ! まずはとにかく一曲叩ききれるように、真繰の真似をしながら叩いて貰いますぞ。楽譜の読み方や細かい技術は追々で構わないので」
自分に合わせたレッスンプランまで用意してくれて。
ここまで至れり尽くせりだと最早申し訳なく思えてくる。
自分なんかにそこまでの価値があるのか、と。
「大丈夫。残り3ヶ月弱、時間の許す限り付きっきりで教えますからな」
けどやれるだけのことはやりたい。
期待してくれるのだからそれに応える努力だけはしないと失礼だ。
そんな前向きのマインドこそ久茂ダークの真骨頂だった。




