第70話 久茂ダークとバンドフェス
久茂ダークの朝は早い。
夜の配信がなければ10時に就寝し4時に起床。
そのままランニング開始、いわゆる朝活だ。
走ること約10キロ、目的地に到着する。
実家の道場、そこでは空手の師範をやっている父と2人の兄弟が稽古をしている。
幼い頃から武道を叩き込まれた自分も稽古に混ざる。
特に強制されてたわけでもない。生活習慣で体を動かさないと落ち着かないってだけ。
6時、稽古を終えて帰宅。
シャワーなど身支度を手早く済ませてデスクに座る。
7時、配信を開始。
朝に強い話をしたら先輩から朝活配信なるものをオススメされた。
雑談するだけでいい、平日は学校や会社に出発する人が多い時間帯だから「いってらっしゃい」を言うと喜ばれると。
雑談は好きだ。他愛もない、時間の無駄とも呼べる話でよければいくらでもできる。
面白い話とは言えないけれど、それでも聞いてくれる人がいるのは嬉しい。
8時過ぎ、配信を終える。
洗濯や朝食の準備を済ませる。
毎晩夕飯を作ってくれる同居人の分も家事分担の一貫でやらせてもらっている。
9時、同居人が起床する。
彼女は深夜に活動することが多く、もっと遅い時間に起きることもザラだ。
「シューコさん! おはよっス!」
「ふぁ……おはよダーク。相変わらず朝から元気ね」
「うっス! 自分元気だけが取り柄っスから!」
「今のは皮肉よ。耳キンキンするからボリューム落として」
「あ、はいっス……へへ」
そんな日常。彼女との同居生活も、配信者としての生活も日常になった。
平穏で退屈な日常。
◇
本日の予定は先輩とのミーティング。話す内容は出演依頼された『ブイバンドフェス』について。
相手はもちろん3期生、そのうちの二人。
「改めまして、ウチは初為ウラノや。以後よろしゅう」
「真繰ネプですぞ! 直接顔を合わせるのは久々ですな」
「押忍! 久茂ダークっス! えと、この度は出演の機会をいただけて感謝を……あれ? いただきまして?」
「敬語は苦手そうですな。畏まる必要はありませんぞ」
「っス! とにかくありがとうございます!!」
快活な受け答え、まさしく後輩と言った様子に二人は綻ぶ。
「ダークくんは元気でええなぁ。今日来てもらったのは出演依頼したフェスについて。オリ曲ソロの他にな、実はもう一個頼みたいことがあるんよ」
「頼みっスか? 自分にできることならなんでもさせてくださいっス!」
「頼みの内容くらい聞いてから判断した方がええよ? そのうち詐欺に引っかかりそうやわ」
「あっシューコさんにも似たようなこと言われたっスね。『お前は営業電話とか訪問販売の話絶対聞くな。カモにされるから』って」
「シューコちゃんはしっかりしとるなぁ」
ほぼ初対面にも関わらず緊張している様子も見せず、雑談しながら話を進める。
「それで頼みってなんなんスか?」
「あー、一言で言うとな? ドラムやって欲しいんよ」
「ドラム?」
突然の申し出にダークは返答に困った。
「えと、自分楽器やったことないんスけど……そもそもどこで演奏を?」
「ウラノ氏。いきなり過ぎて戸惑うのも無理ないですぞ」
「そう? ほなら細かい話はネプにお願いするわ」
「大雑把ですなぁ。それでは不詳真繰が説明させていただくとしましょう」
方言口調のウラノとは対照的に、丁寧ながらもどこか砕けた口調のネプが説明を始める。
「まずはイベントの説明から。ブイバンドフェスは3期生が主催するブイアクト最大規模のライブイベント。理由あって去年はありませんでしたが今年で3回目の開催となりますな」
小慣れた様子で説明しているのも配信などで何度も説明しているからだろう。
「スケジュールは朝、昼、夜の3部構成でライブステージを開催。それぞれの部で出演者が異なるのですぞ。今年は朝の部にロカ氏、ニオ氏と真繰を合わせた3人『ロイヤルワルツ』。昼の部にアルマ氏、ジュビア氏、サタニャ氏の3人『バトルマーメイド』。そして夜の部がカチュア氏、ウラノ氏の2人『アメツチ』がメインになりますな」
聞き慣れたグループ名、それぞれ何曲もオリジナルソングや歌ってみたを配信しているユニットだ。
そんな人達の立つ舞台に自分も立つのかと思い、ダークは身震いした。
「ちなみにシューコ氏は朝の部、ダーク氏は昼の部にシークレットゲストとしてパフォーマンスしてもらう予定ですが、ここまでは大丈夫ですかな?」
「うっス。なんとかついていけてるっス」
「では続けますぞ。ここまでの出演者というのは歌とダンスを披露する方々の話、しかしイベントの目玉は『バンドフェス』、つまり楽器の演奏を我々3期生が担当するということですな」
「楽器はウチがギター、ネプがドラム、ジュビアがベース、サタニャがキーボードやね」
バンド演奏をすることこそが3期生が主催する理由。
デビュー前からそれぞれ楽器の経験があったからこそできるライブ企画だ。
しかし一つだけ気になった。
「なるほど……あれ? でも3期生の皆さんも出演者じゃないんスか?」
「そう、そこが一番の問題ですな。ギターとベースはなんとかパフォーマンスできるものドラムとキーボードはどうしても代役が必要。キーボードは2期生の法魔エル氏が代役を務めてくれるのですがドラマーは真繰以外に居ない……そんなわけで泣く泣くパフォーマンスを諦めていたわけですな。ぐぬぬ」
明るく振る舞っているが、本気で口惜しそうにしている様子が伝わる。
だからこそお願いには答えたいが、不安は拭えない。
「その代役を自分に依頼したいと……けどさっきも言った通り楽器なんて禄に触ったことないんスけどできるんスかね?」
「そこはご心配なく。この真繰が手取り足取り教えますゆえ。それにダーク氏はダンスがお得意だとか?」
「そうっスね。体動かすの好きなんで」
「であれば見込みありですぞ。ドラムで大事なのは体力とリズム感ですからな!」
「そうなんスか! じゃあドラムやってみたいっス!!」
「ほんまダークくんは純粋やなぁ」
ノリと勢いで簡単に乗せられるダーク。
それはそれとして別の不安についても質問する。
「あっあとドラムやるのは良いんスけど、ライブで歌うの本当に自分で良いんスか? 歌ならやっぱりティアさんの方が良いような」
そもそもドラムの依頼をされたのもフェスの舞台でオリジナル曲を披露しないかという打診があったから。
シューコはともかく自分で大丈夫なのか、それだけがずっと気になっていた。
するとウラノは意味深な反応をする。
「あーティアちゃんな……。あの子が悪いわけやないけどちょっと誘いにくくてなぁ……」
「誘いにくい?」
「まあまあウラノ氏。その話は一旦置いときましょうか」
よく分からなかったがそれ以上は聞かなかった。
話の逸らしようからしても追求して欲しくなさそうな雰囲気を感じたから。
「それでダーク氏、そう聞くのはひょっとして歌に自信がないのですかな」
「えっと……まあそうっスね。周りのみんな歌上手なんで、自分なんかがソロで舞台に立って大丈夫かなって」
「ほならドラムとは別で歌の練習も付き合おか。アイドルVTuber名乗っとる以上歌は避けて通れん道やしな」
「ほんとっスか! あざっス!」
フェスに向けたミーティング、依頼をもらってから今日まではずっと不安だった。
それが一度話しただけで楽しみにすら思い始めている。
自分の情けない悩みにも寄り添ってくれる先輩には感謝しかなかった。




