第69話 フェス出演拒否
3期生のシェアハウス宅。
その日4人は共に食卓を囲んでいた。
普段は収録や配信スケジュールでバラバラの生活スタイルを送っているが、その日は理由があって集まっていた。
食後の茶を入れ、落ち着いたところで話し始める。
「それで、MVの調子はどうなん?」
集まった理由は進捗確認。
3期生が主催するブイバンドフェスに関する情報を共有する打ち合わせのためだ。
「良い感じに仕上がってきてる」
「進捗は最悪☆」
「ん? どっちなん?」
「順調ではなさそうですなぁ」
二人の食い違う意見に初為ウラノと真繰ネプは惑わされる。
それを総括するようにジュビアが説明する。
「サタちゃんの言う通り調子は良さげだよー。シューコちゃんがやっとエンジンかかってきてね、良いモノができる予感はしてる。けど……喧嘩相手が一人増えたおかげで予定よりかなーり遅れてるかな……♡」
「なんやそういうこと。いつものジュビサタに仲間が一人加わったわけやな」
納得した様子の二人に、遅れの自覚だけはあるあらしいサタニャが鼻息荒く言う。
「大丈夫。今最高にやる気MAXだから、いつもの倍速で作業進めれる気がする」
「あー……サタニャ氏が大丈夫と言うのなら大丈夫ですな!」
「……まあ水差すのはやめとこか」
「そうしてくれると助かるな☆ 冗談抜きでサタちゃんのやる気が一番進捗に影響するから……」
なんの根拠もない大丈夫を優しく受け止める面々。
その視線は子供を見守る親達のようだった。
そんなMVの報告に続き、今度はジュビアが問う。
「ちなみにフェスの準備は順調なの?」
「もちろん。ウチらが依頼したとこは全員快諾、モーマンタイやね」
「ダーク氏にも依頼済みですぞ。詳細の説明は明日ミーティングする予定ですな」
「悪いね。ボク達も主催側なのに運営準備手伝えなくて」
「ええよーMV企画も言ってみればフェスの宣伝みたいなもんやし」
ジュビアとサタニャがMVにかかりきりの間、ウラノとネプはMV作成の本来の目的であるフェス準備を進めていた。
その進捗を聞いて、残る問題として全員同じ人物を思い浮かべる。
「となると、問題はあと一人だけかぁ……」
「せやなぁ。アルマさんが出られんのやっけ?」
つい先日のこと、導化師アルマへの出演依頼玉砕。
特に心配もしていなかっただけに大きな悩みの種となってしまった。
「まさか断られるとは……アルさんなら他の仕事蹴ってでも来てくれると思ってた」
「去年はむしろ開催できないって言ったら悲しんでくれましたなぁ。だからこそ7月7日は予定を空けてくれていると思ってましたが……」
フェスの心配をしていたつもりが、やがて導化師アルマ本人の心配へと移り変わる。
「んー……最近アルマちゃんちょっと変だよね。コラボ誘っても予定合わないこと多いし、前のマジクラウォーもらしくなかったし」
「たしかに心配。けどアルさんがボクらに弱音なんて溢すわけないか……」
以前の彼女に対し違和感を覚え、その身を案じてしまう。
何か悩みがあるのか、仲間として助けになれないか。
「……出演依頼なんだけどさ、もうちょっとだけ時間くれないかな? なんとか説得してみるから」
諦めきれずジュビアは同期にお願いする。
その真剣な眼差しに皆も同調した。
「ええけど早めに頼むよ? チケット販売も控えとるし、出られないんなら早めに告知せんと」
「大丈夫。絶対堕とすから」
「その自信はどこから来るのでしょうなぁ」
予定が合わないことくらい誰にでもあるだろう。
しかし同じユニットの二人は嫌な予感がしていた。
ここで諦めてしまったら、彼女と一生疎遠になってしまうような予感が。
◇
「四条マネージャー。会議室まで来なさい」
「またですか……まあいいですけど」
株式会社レプリカ事務所、VTuberタレントのマネージャーである二人。
導化師アルマ担当の無月は異迷ツムリ担当の四条を呼び出した。
会議室での二人きりの密談。議題はもちろん「導化師アルマ」について。
「ブイバンドフェスの出演依頼、断らせたと聞いたけど」
無月は問う。アルマに持ち掛けられたライブイベントの依頼を拒んだことについて。
「そうですね。フェスとなればライブパフォーマンスでメンバーと直接顔を合わせる必要がある。そんなこと今の"導化師アルマ"にできるはずがない」
現在の導化師アルマは異迷ツムリが演じている偽物。
このことはスタッフの極小数にしか伝えておらず、同じブイアクトメンバーでさえ誰にも教えていない……一人自力で気づいたらしいが。
ともかくそんな状況、ライブの共演は当然断ったが、無月はその判断に物申す。
「どうして断る必要があるの? 良い機会じゃない」
「良い機会? ……まさか他のメンバーにも打ち明けろとでも?」
突然の提案に四条は焦りを隠せなかった。
続けて無月は言葉の意図を説明する。
「最初から無理があったのよ。今回みたいなライブやスタジオ収録なんかで顔を合わせる以上、少なくともメンバーには伝える必要がある」
「いや……こんな真実知らされて冷静に共演できる人なんてそうそう居ませんよ」
「ならなおさら早く教えてあげないと、遅かれ早かれそうなるのだから。これ以上は機会の損失よ」
さも正解を知っているような口ぶりで淡々と主張する。
営業判断としては正しいのかもしれない。
しかし四条は彼女の発言に嫌な意図を感じ取ってしまった。
「その口ぶりだと、姉が復帰する見込みはないと言っているように聞こえます。訂正してください」
「――――あると思ってるの? 見込み」
「っ! なんでそんな簡単に切り捨てられる! あんたには人の心がないのか!」
ここまで冷静を装っていたが、あまりに無遠慮な物言いに抑えきれなかった。
しかし男の激昂を前にしても無月は怯まない。
「説得は既に試したのでしょう? 情に訴えかけた結果がこの有り様よ。これはビジネスなのだから、次善策を用意するのは当然。情がダメなら非情の選択をするしかないじゃない」
「非情の選択? あんた何するつもりだ……?」
「どうするも何も、なるようになるだけよ。今の導化師アルマに限界が来たなら引退させる、ただそれだけ」
「――――」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「非情とは言ったけれど、誰も無理しろなんて言ってないわ。ただできる範囲でやるべきことだけやればいい」
ああ、もうダメだ。この人には何を言っても無意味だ。
人を商売道具としか見ていない。
何故こんな人が姉のマネージャーをしていたのだろう。
「私にできることは、そのときが来るまで最大効率で稼ぐための仕事選びをするだけ。タレントなんて寿命の短い職業なのだから当然の売り方でしょう?」
「るさいな……」
「? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「うるさいって言ったんだよ効率厨が」
「なっ……!?」
取り繕うのもどうでもよくなって、思うままに言い放つ。
「効率求めて愛情捨ててちゃ意味ないでしょうが! 愛を売る仕事で!!」
どうせ何を言っても響かない。
けど示さなければならない。
合理的判断だけで行動できない人間も居るということを、この身を持って示さなければ。
「もう黙っててくれ……こっちは無駄に人生かけてんだよ」
これ以上議論する気にもなれず席を立ち退室する。
人の感情を無視するとどうなるか、これで少しは理解ってくれるだろうか。
残された女は一人呟く。
「……何も知らないからそんなこと言えるのよ。感情優先して体壊してたら元も子もないじゃない」




