第67話 過去:麻豆ジュビア / 鳴主サタニャ①
クリエイターになりたかった。
一次創作者、頭に浮かぶ色彩豊かなキャラクターと濃密なシナリオを形にしたかった。
物語を表現するには何が最適か。絵か、音か、映像か。
どれも時間がかかりすぎる。学ぶのも、作るのも。
結果私が選んだのは文字。小説家になることを目指した。
可愛いキャラに憧れを持って、ライトノベルを書き始めた。
1作目、10万字書ききるのに半年かかった。
地の文や文字表記のルールを覚えながら、足りない語彙を辞書で保管しながら。
頭の中のストーリーを可視化した。私の面白いを具現化した。
自信を持って出版社の公募に提出した。最低評価で突き返された。
しばらく納得できなかった。
何故理解できない? 読み返してもそこらの凡作よりずっと面白い。たまたま趣味が合わなかっただけ?
……でも、表現方法はまだまだ甘いかも。
どれだけ面白いストーリーも理解できなきゃ意味がない。演出が拙ければ盛り上がりどころも伝わらない。
まだまだ実力不足、次に進むために悩みを一蹴した。
2作目、3作目と書き上げる。WEB小説サイトに投稿した。
中々結果は出なかった。最後まで読んでくれる人はごく少数。
ジャンルが悪かった? 無名作家だから?
……いや、そんなのは言い訳だ。
読ませる工夫が足りない。一目で面白いと思える表現が必要。ただの実力不足だ。
5作目、過去作の10倍以上に読者が増えた。そっか。みんなこういうのが好きなんだ。
8作目、誹謗中傷にも思える酷評を受けた。そんなにダメだったかな……いや趣味嗜好は人それぞれ、好きだと言ってくれる人もいる。
10作目、これ以上書く意味あるのかな……いやある。一人でも面白いと思ってくれるのなら。私は有名になるために書いてるんじゃない。……でも、読んでくれる人が増えるのならそれに越したことはない。
1作書き終えるごとに成長を実感できた。
改めて1作目を読み返す。稚拙の一言に尽きた。表現方法もストーリー構成も。
きっとこれまで費やした時間があれば絵の練習や作曲の勉強など、色々なことができたのだろう。
けど後悔はない。私が書きたいのは物語だけだから。
費やした時間が実を結んだのは12作目。
WEB投稿していた小説に書籍化の声がかかった。
嬉しかった。泣くほど喜んだ。
でもここがゴールじゃない。これはあくまできっかけ。
たくさんの人に私の面白いを共有するための、ただのチャンスに過ぎない。
小説家を名乗れるようになって2作品が出版された。
どちらも大きな話題にはならなかった。
この先は余程センスが無ければ運次第、担当編集に言われた言葉だった。
このまま小説を書き続けるだけじゃ限界かもしれない。
次の手を考えていた頃、目に入ってきたのはとある募集要項だった。
VTuber、自らがキャラクターになりきって配信する職業。
趣味で横目に見ていた程度の存在だったが、ブイアクトというグループの募集を見て一層興味は強くなった。
ここに所属すれば名前をもらえる。
誰もが知ってるブランドの、新たな市場の人間が興味を持ってくれる名前。
配信スタイルは自由、なら小説家を続けることだってできる。
何より、自分の人生を物語として残せる新たな表現方法。
私は迷わずオーディションに応募した。
3期生のテーマは音楽。
それぞれ特技がある中、楽器を扱えるという共通点があった。
まさかおまけで書いた「ベース弾ける☆」に着目されるとは思いもしなかった。
「麻豆ジュビアです☆ これからよろしく♡」
第一印象の大切さは十分に学んだ。
VTuberが自分を表現する最大の武器は声。
一目で印象に残るキャラクターを意識して一言一言の感情表現を大切にした。
しかし、それを否定する者が現れた。
「なんでそんな気持ち悪い話し方なの?」
鳴主サタニャ。デビュー前のペンネームはイネムリネコ。
私でも知ってる界隈で有名な作曲家。
会う前から一目置いていたが、一瞬で評価が逆転した。
(は? なんだコイツ?)
「えーそんな酷いこと言わないでよ―♡ これからよろしく、ね?」
「……まあいいか。どうでも」
関心ゼロの不遜な態度を見て、彼女との決別を心から願った。
しかし無情にも彼女とは関わらざるを得ない。
音楽がテーマの3期生、その印象を強くするため曲作りに協力するよう以前から言われていた。
元小説家の肩書をオープンにして作詞をしてみないかと。
商業戦略として有効な手法だと思って快諾したが、まさか相方がこんな人間だとは思いもしなかった。
初対面の相手、しかも共同作業を命じられているにも関わらずこんな失礼な物言い。
人として終わってる。でも……。
(天才なんだよなぁ……クリエイターとしては)
1曲目の作詞依頼で渡されたメロディを聞いてしみじみ思う。
学生時代のバンド経験だけの浅い音楽知識でも、この女のセンスがずば抜けていることは理解できた。
彼女との活動は不安だけど、ちょっと楽しみでもある。
(言葉さえ直せば完璧なのに……勿体ないなぁ)
◆
きっかけは幼い頃から習っていたピアノ。
最初の頃は上達を感じて楽しかった。
でもすぐに飽きてしまった。
ただ譜面をなぞるだけ、それの何が楽しいのだろうかって。
その頃からだろう。この世にない曲を奏で始めたのは。
誰に聞かせるでもなく、譜面に起こすでもなく、自由気ままに聞きたい音を出す。
段々それも虚しく思い始めた。
どうせならちゃんと曲として残してみたいって。
お年玉でちょっと良いパソコンと作曲ソフトを買った。幼少期最大の買い物だ。
最初は全然良い音が出せなかった。
本物のピアノの音に比べてパソコン上で奏でる音は寂しく感じて。
もっと良い曲にするにはどうするのか。本を買って勉強し始めた。
学校の勉強はつまらないから嫌いだ。でも、興味あることの勉強なら話は別。
コード進行、音楽理論、そこには自分がなんとなくでやっていたことが言語化されていて、すんなりと理解できた。
知識が増えるほどに得られる万能感、形にしたい音が次々と生まれる。
けどまだ足りない。出来上がった曲には声がない。
もちろん歌詞のない曲も存在するけど、それでは満足できなかった。
ボーカロイド、その頃流行り始めていた新しい曲の形。
既に底を尽きかけていた貯金を使い果たしボーカロイドソフトを買った。
ソフトの扱いは少し難しかったけど、購入してしまった手前逃げられなかった。
強いて言えば歌詞を考えるのが一番苦痛だった。
自分の国語力の低さが目に見えてしまって、歌詞専用のクリティカルな勉強方法もなさそうだったから素直に学ぶ気にもなれなくて。
そうして完成した1曲目。不満点はいくつかあるものの納得のいく出来栄えではあった。
さてこの成果物をどうするか。
お金も時間も、今までの人生全てを費やして作ったと言っても過言ではない。
作って終わりではいずれ作曲も飽きてしまうだろう。
ならいっそ他の人に評価してもらおう。駄作と罵られるならそれはそれで改善点が判る。
そんな想いで動画配信サイトに投稿してみた。
1曲目は思いの外好評で、最初はジワジワと、あるとき急激に人気を伸ばした。
その瞬間、ボクはクリエイターの慶びを知った。
人に承認されることの快感を覚えてしまった。
次の曲、そのまた次の曲もモチベーション高く作れた。ファンを名乗ってくれる人も次第に増えた。
けど少しずつ萎えていった。パソコンに触れるのも億劫になり始めた。
一応半年に1曲程度、公開した曲に反応して貰える快感を欲し、惰性で続けていた。
次第に楽を考え始めた。もっと楽に成果を残す方法はないのだろうか、と。
生きているだけで作品を残せるような何か。
考えて思い当たったのがVTuberだった。
自分の写し身であるキャラクターを作って、動画を作って人に見てもらう。立派なクリエイター活動だ。
けど全部自分で準備するほどの気力はなかったから、ちょうど募集していたオーディションに応募した。
合格しなかったら普通に諦めるつもりだったけど、アピールポイントに自分の曲配信チャンネルを書いたら手厚いモテナシを受けた。
合格した事務所には当然先輩や同期など活動を共にするメンバーが存在する。
でも自分の活動にしか興味なかったから、仲良くするのは最低限で良いと思ってた。
けど一人だけ、最初から深い関係になる予定の相手が居た。
事務所から依頼された共同作曲活動、その相方には作詞を任せたいと。
正直歌詞を書くのは苦手だったから面倒な工程を任せられるのは助かると思った。
クリエイター同士のそこそこ良好な関係を築ければそれがベストだった。
「麻豆ジュビアです☆ これからよろしく♡」
(うわ……キッツ……)
相手もVTuberだからある程度は覚悟していたが、予想以上にどギツイのが来た。
例えるなら大学デビューでえげつない厚化粧ですり寄って来るような。なんだこの明らか養殖陽キャ。めっちゃ関わりたくない。
今後もこれと話さなきゃいけないと思うと億劫になる。
直してくれないかな? 話し方。
「なんでそんな気持ち悪い話し方なの?」
自分なりにオブラートに包んで言ってみると、満面の笑みに陰りが入った。怒ったかな?
「えーそんな酷いこと言わないでよ―♡ これからよろしく、ね?」
なんだ直してくれないのか。まあ仲良くせずとも仕事はできるか。
「……まあいいか。どうでも」
作詞も自分の曲汚されるのは嫌だし、あまりにもセンス無いようなら1曲でお別れすればいい。
そう軽く考えていた。1曲目が完成するまでは。
(うわ……なんだこれ)
歌詞なんて曲のおまけだと思っていた。結局大切なのはメロディで、語感が良ければ意味不明でも歌に人気は出ると。
でもこの歌詞は読むだけで面白い。比喩表現も、込められたストーリー性も。
音がなくとも一つの作品として楽しめる歌詞……欲しい。この先もずっと自分のために書いて欲しい。
(話し方さえ直せば完璧なのに……勿体ないな)




