第64話 エビクモマイマイ
クリエイター同好会(改)何度目かのミーティング後。
その帰り道に同居人からメッセージがあった。
『今日少しだけ多めに夕飯作ってもらえないっスか?』と。
意図は不明だったが言われた通り食材を買い足して帰宅した。
「お帰りっス」
「お帰りなさいですぅ」
二人暮らしのはずの家に何故か居るもう一人。
「あっ部屋間違えたわ失礼しましたー」
「間違えてないですよぉ。エビクモの愛の巣で間違いないですぅ」
「なお知らん部屋だわ」
何故この女はいつも一言多いのだろう。
優しくしたことなんて一度もないのに何故かニッコニコで接してくる同期の一人。
「で? なんで異迷ツムリが居んの?」
「事務所帰りにツムリさんが腹空かして行き倒れてるの見つけたんスよ」
「ダークさんに拾ってもらいましたぁ。シューコさんの手料理をご相伴にあずかれると聞きましてぇ」
「あっそ。盛り塩で良い?」
「カタツムリじゃないですけど塩オンリーはキツイですぅ……あのぅ。ホントにご迷惑なら帰りますけどぉ」
別に好かれたいわけじゃないから塩対応を貫いている。
けどいざ本気で寂しそうな顔をされると揺らぐ。
「大丈夫っスよ。シューコさんなんだかんだ優しいんで。ね?」
「……はあ。あんたらも手伝いなさいよ」
「「はーい」」
拒絶すれば自分が悪者みたくなる、だからこれは仕方なくだ。
自衛のための施しなんだと言い聞かせ、仲良しごっこに付き合ってやることにした。
そうして手伝わせて(ほとんど役に立たず邪魔だったからすぐ追い出した)、出来上がった品々を食卓に並べ食べ始める。
「おぉ……ここを実家にしても良いでしょうかぁ?」
「良いわけないでしょ。なにトチ狂ったこと言ってんのよ」
「いやぁ安心感のある味ですねぇ。このお味噌汁毎日飲みたいですぅ」
「味噌汁じゃないときもあるっスけど汁物は毎日飲ませてもらってるっスよ」
「は? 旦那マウントですかぁ? いいぞもっとやれですぅ」
「うるせぇ黙って食え」
一々ツッコミするのも面倒になり雑に言葉を投げた。
食事を終え、温かいお茶を啜りほっと一息つく。
「はぁ……堪能しました。ご馳走様ですぅ」
「お粗末様。じゃ帰んなさい」
「なんでそんなに帰らせようとするんですかー。もっとお喋りしましょうよぉ」
「えー……あんたと話すことなんて愚痴くらいしかないわよ」
「逆に愚痴ならあるんですねぇ。例のクリエイター活動ですかぁ?」
目ざとく言葉尻を拾ってくる。
正直に言えば、今は誰でも良いから話したい気分だった。
「そうね。流されて手伝うことになったけど想像以上に厄介そうよ……」
「厄介? エグい量のイラスト描かされてるとかですかぁ?」
「そうなんスか? それにしてはあんまり忙しくなさそうっスけど」
「今は何もしてないわよ。むしろその逆、まだテーマが決まってないから描き始めることもできない。どれくらい描かされるかも分かってないのに納期だけが迫ってきてるのよ」
「テーマが決まってない? それって確かジュビアさんとサタニャさんの担当って配信で……あっ、なんとなく察しましたぁ」
「そういうこと。初っ端から喧嘩しっぱなしで全然進まないったら、こんなんで本当にフェスまでに完成するのかしら」
仕事の依頼だけが来ていて肝心の仕事内容が決まっていない。
MV用のイラストなんて初めて描くからどれだけ時間が必要かも分からず焦りが募るばかり。
先輩らを誹るつもりはないが、ビジネスパートナーとしては勘弁してほしかった。
そんな悩み話もほどほどに、今度はダークが話し始めた。
「フェスと言えば、なんか自分にもネプさんから出演依頼が来たんスよね。オリ曲披露して欲しいから今度打ち合わせしようって」
「ふーん。よかったじゃない」
「そんな他人事みたいに……シューコさんにも依頼したって聞いてますよ。ジュビアさん達から何か聞いてないんスか?」
「んー? まーMV作るついでに頼まれたって感じだしね」
嘘である。自分はともかくダークが出演できるようになったのはMV制作に協力するための交換条件だ。
しかしダークに余計な気を遣わせたくなかったため、先輩らと口裏合わせて出演依頼に至った経緯は教えないことにした。
これ以上追求されないよう話を逸らそうと考えていると、図らずもその役目はこの場で一番無関係な奴が担ってくれた。
「フェスでソロ曲? それってぇ、お二人の初ソロパフォーマンスが見られるってことですかぁ!? 絶対最前列のチケット入手しないとぉ……!!」
「絶対やめなさい。シューコなんかのためにそんな張り切る必要ないし、第一あんたライブでも限界化してシャウトするタイプの人種でしょ。最前列なんて目立つ場所で大声上げたら一発アウトよ」
「あー身バレ待ったなしっスね」
「そんなぁ……推しの晴れ舞台に駆けつけられないなんてぇ……」
同期に面と向かって推しだなんてよく言えたものだ……。
そう戸惑っていると、同じく気恥ずかしそうにもう一人が返答する。
「いやー自分が推しとかそんなお世辞いいっスよ。自分みたいな女らしさも可愛げもないVTuberなんかに」
あろうことか否定という形で。
それだけは例え本人でも許されない。
「は? あんた何巫山戯たこと抜かしてんの? ファン馬鹿にすんのも大概にしなさいよ」
「ダークさんが萌えないとか誰が言ったんですか? こちとらぎゅんぎゅんに萌えっ萌えですが???」
「ちょちょちょ怖い怖い二人共怖いっス」
珍しく気が合い、二人で詰め寄るとたじろぐダーク。
限界オタクが色々言いたげだったので一旦譲ることにした。
「コメント読み上げますぅ。《ナチュラルイケメン》、《普段はカッコいい系だけど偶に天然ドジで可愛くなるギャップが良い》、《男友達としてつるんでたら不意に女の顔魅せられて沼る体育会系女子》などなどぉ。今までブイアクトに居なかったタイプだと絶賛の嵐ですよぉ」
「あの……もう十分分かったんで勘弁してもらえないっスか……?」
「ほらぁ。そういうあざといとこが萌えるって言ってんですよぉ」
普段は弱気なくせに褒めちぎるときだけは異常に強い、そんな姿に思わず感心した。
「追い打ちえげつないわね……そもそも登録者数見れば分かることでしょ? シューコなんかよりあんたの方がずっとファン多いってことくらい」
「え? 今褒めるフリして自虐しました? ひょっとしてシューコさんも自己評価低い勢ですかぁ?」
まさか自分にも飛び火してくるとは思わず口を滑らせてしまった。
「いやシューコはそういうのいいって。こんな口が悪いだけの女、需要少ないのなんて当たり前だし」
「いいえ良くないですぅ! それぞれの魅力は去ることながらエビクモ合わさったときはまさに無限! それを分からせるにはやはり語るしかないようですねぇ……!」
「いらんいらん絶対やめろ。それもうティアとのコラボ配信で見たから。二人分だと絶対1時間じゃ終わらんでしょ」
「えぇ……ほんとにダメですかぁ?」
「嬉しいっスけど今日はもうお腹いっぱいっスね」
「ですかぁ……じゃあまたの機会にぃ」
ギリギリのところで静止することに成功。
配信ならまだしもオフでオタク語り長時間耐久、しかも自分の推しポイントをひたすら聞かされるとか地獄が過ぎるだろう。
このまま攻められっぱなしなのも癪だったので反撃することにした。
「で、散々語ろうとしてたけどそっちこそどうなのよ。どうせあんたも自己評価低い勢でしょ?」
「いやぁ私は運良くバズっただけなんでぇ、むしろ過剰に評価されすぎなんですよぉ。皆さん都合の良い幻想見てますよねぇ」
「それこっちと言ってることなんも変わってないからな?」
「運良くバズったって、それで何回もトレンド入ってたら流石に運良いだけじゃないと思うっスよ?」
「ぐぬぅ……じ、じゃあお二人は私より語れるって言うんですかぁ? それができなきゃ認めませんよぉ」
「いやシューコが語れるわけないでしょ。あんたのファンでもないし」
「あ……そですよねぇ」
褒められると否定しようとする癖にいざこちらが身を引くと寂しそうにする、実に面倒な生き物だ。
事実を言っただけだがなんとフォローしたものか、と迷っているとダークが口を開いた。
「え? ツムリさんの良いとこいっぱいあるじゃないっスか。喋り上手とか人の良いとこ見つけるの上手いとか口調可愛いとか」
「うわぁ……ほんとそういうとこですよぉダークさぁん」
「なんで自分が言うとナンパ男みたいな扱いされるんスかね? けどシューコさんも褒めてたじゃないっスか。折角人気なのにネガティブ過ぎて勿体ない、自己アピール下手すぎもっと自分の魅力分析しろって」
「だぁぁぁ!! もーダーク! あんたは毎回暴露し過ぎなんだってば!!」
「え……シューコさんそんなこと思ってくれてぇ……? ちょっとツンデレ尊すぎてキュン死しそうなんですけどぉ」
同居人からのフレンドリーファイアに顔が熱くなる。
だがその甲斐あってか異迷ツムリは元気を取り戻したらしい。
「……要するに! あんたもシューコと同じ、推されるより推したい派の人種でしょ? まああんたの場合推し多すぎだけど」
「推しはなんぼ居ても良いですからねぇ。そういうシューコさんは相変わらず単推しですかぁ?」
「当たり前よ。他の先輩方も素敵だけどやっぱりアルマさんだけは特別。ご褒美コラボ超楽しみだし、今でも日課は欠かしてないわ」
「え? シューコさんまだファンアート書いてるんスか? 同じブイアクトなのに?」
「ほんと凄い熱量ですよねぇ。配信外で毎日1枚イラスト上げて」
デビュー前から公言している自分の推し、導化師アルマ。
ブイアクトに入りたかったのも彼女が居たからと言っても過言ではない。
「ほんとはもっと誘いたいけどアルマさん忙しそうだしね。せめてファンとして関わり続けたいのよ」
折角同じ立場になれたのだからもっとお近づきになりたい気持ちはある。
しかし一番優先したいのは推しが活動を続けてくれること、自分が負担になるわけにはいかない。
そんな思いもあって自分はファンという立場を貫いている。
「そうですかぁ……そうですよねぇ」
「?」
独り言のように呟く異迷ツムリ。
彼女はこちらが何かを問う前に立ち上がった。
「あっもうこんな時間、終電逃す前に帰りますねぇ」
「あ、ああ。まあ遅くなったのもあんたが喋り散らかしてたせいだけどね」
「今日は急にお邪魔しちゃってすみませんでしたぁ。是非また手料理食べさせてくださぁい」
「また来る気なんか……今度は事前に言いなさいよ」
「次はオフコラボでもしましょう! また今度っス!」
「はぁい。ではまたぁ」
急に来て急に帰ると言い出して、まるで嵐のような訪問だった。
最後に彼女が見せた一瞬の陰りはなんだったのだろうか?
考えたものの答えは出そうになく、特に興味もなかったので詮索するのは止めにした。




