第62話 3期生の相談
平日お昼どき。
今日は同期の助言通り先輩の話を聞きに来た。
その相談を持ち掛けると、直接会って話そうと提案された。
場所は同期全員でシェアハウスしているという3期生の御宅。
「お帰りなさいませお嬢様」
部屋に通され見知った人間の執事姿に面食らった。
「サタニャさんなにやってんですか? コスプレ? 普段ダラけてんのに今日はそんなビシッとして」
「……ボクも不本意。けどオモテナシだからちゃんとしないと」
「オモテナシ?」
とりわけ深い関係というわけでもない、たまにコラボ配信する程度の先輩後輩関係。
こうしてお宅訪問するのも初めてのことだが、何故か来賓待遇のような畏まった対応。
「こちらにお座りください。アフタヌーンティーのご用意をしております」
「アフタヌーンティーって……確かに午後だけどどう見ても湯呑みの緑茶と和菓子ですし」
意図も分からず促されるままに席に座り、出された茶菓子に手をつける。
「あ、おいし……」
「そりゃー高級玉露だからねー。ウラノちゃんにお願いして分けてもらったんだー♪」
「あっジュビアさん。まさかジュビアさんまでオモテナシとか言い出すんですか?」
「ん? ジュビアは居るだけで存在が癒やし♡みたいな?」
「えー……」
「ウソウソ冗談だってー☆ 真面目に言うとその……和菓子はジュビアのお手製だったり? 一応お菓子作りだけは得意だからさ」
「えっすごいですね。てっきりお店のものかと」
「あははー照れちゃうなぁ♪」
現れたもう一人の先輩はいつもの調子だが、オモテナシとやらのスタンスは同じらしい。
鳴主サタニャと麻豆ジュビア、ブイアクト公式からも強く押し出されているペア。
特に彼女らは二人で作詞作曲活動をしており、よくメンバーのオリジナル曲として起用されている。
そんな二人が今日の相談相手だった。
「で? なんなんですかこの謎高待遇?」
「んーその話はあとにしよっか☆ 先にシューコちゃんの相談からどーぞ!」
「? まあわかりましたけど……」
先を譲られて渋々今日の本題に移る。
話したのは同期メンバーとの同棲が世間に知れ渡った件について。
「うーん同棲話をどこまで広げるか、かー」
「はい。幸か不幸か話題になっちゃったんで。この機は逃すべきじゃないのかなと」
「サタちゃんはどう思う?」
「ふむ……その前にもう力抜いていい?」
「あっそーだったごめんごめん☆ オモテナシモードはもう良いよ」
「ふう。疲れた……眠い……」
「あ、いつものサタニャさんだ」
椅子にダランともたれ掛かる先輩。
普段の配信の雰囲気と合致し最早安心すら覚えた。
「同棲の話だっけ。別に好きにすれば良いと思う」
「わー投げやりー……」
「もー言葉たらずだっていつも言ってるでしょ! でもジュビアも同意見かな」
端的に言葉を投げた同期にジュビアは同調し、説明を加えてくれる。
「事故でバレちゃったわけだけどさ。前の謝罪会見?で説明責任は果たしたと思うよ。あとはシューコちゃん次第。今まで通りが良いならそれで良いし、ダークちゃんとベタベタしてるとこ見せつけたいならそれもまた良し!」
「いやそれはあり得ないですけど……先輩達はどうしてますか? シェアハウスしてるんですよね?」
「んージュビア達は四人だからなー。二人の同棲とはちょっと違うかもだけど。言ってもオフコラボの頻度が多めなのと、ソロ雑談でちょっと触れるくらいかな」
「うん。ジューさんの間抜けな姿とか教えてあげると喜ばれる」
「サタちゃんあれ良い加減やめてくれないかなー☆ ちょっとやらかすと次の配信で既にバレてるんですけど?」
「やらかす方が悪い。ネタ提供さんくす」
イチャイチャと喧嘩し始める先輩二人。
仲良いなーと遠い目で眺めていると、二人は思い出したようにこちらを振り返った。
「なんにせよ自然体が一番だよ☆ 不自然見せつけられるのが一番萎えるからねー」
「ファンが本当にそれを求めてるなら、奴らは勝手に二次創作し始める」
「なるほど……勉強になります」
具体的な解決策ではないが、納得はした。
下手な小芝居では簡単にボロが出るのも分かる。
自然体が一番、それはまさに目の前の二人が体現してくれていた。
シューコの相談事に一区切りつき、今度はサタニャが切り出した。
「そろそろこっちの番?」
「え? ああ。オモテナシの件ですか?」
「そうそう! ちょうどシューコちゃんに話があったんだよね♡」
「……なんか嫌な予感するんですけど」
「そんな身構えなくていい。ただの仕事の依頼」
「仕事の?」
自分達で仕事依頼といえばコラボ配信のお誘いか? と予想しながら続きを聞く。
「もうすぐ3期生の音楽フェスがあるのは知ってる?」
「まあ一応、バンドやるやつですよね?」
「そう。ボクらが演奏して他メンバーが歌うバーチャルバンドのライブ。通称ブイバンドフェス」
「それがどうかしたんですか?」
過去に開催したことのあるフェス、当事見た記憶からどんなものかは想像できていた。
しかし自分との関連が思いつかなかった。
「実はね。それに向けてPR用のMV作りたいの♪」
「ボクとジューさんはフェスでも歌う楽曲、動画編集はニオ先輩にお願いしてある。だから残りはイラストだけ」
「そのイラストをシューコちゃんにお願いできないかなー☆って、ダメかな?」
MVの作成。
普通なら外注するものだが、目の前の二人が言うのであれば特に驚きもない。
Vtuberのタレントであり、作詞と作曲をこなすクリエイター。
配信企画として創作活動したいと提案してくるのも納得はできる。できるのだが……。
「ダメですね」
「え、即答?」
「判断が早い」
「だってそれ、クリエイター同好会復活させようって話ですよね?」
「あー……バレちゃってるね☆」
「流石に知ってたか」
クリエイター同好会。
ブイアクトメンバーのクリエイター趣味4人が集まって創作活動する集い。
作曲担当の鳴主サタニャ、作詞担当の麻豆ジュビア、動画編集担当のニオ・ヴァイスロード。
そして最後に――――。
「イラスト担当の元3期生山文プルトさん。その役目を引き継いで欲しいと」
幻の3期生、ブイアクト唯一の引退者の名を口にする。
「うん。プルトが引退してからずっと活動できてなかった。他にイラストガチ勢いなかったし」
「正直言うとね。デビュー配信でシューコちゃんがイラスト描いてるの見たときから狙ってたんだけど……ホントにダメ?」
「ダメですね」
「ふむ……イラスト描きたくない理由でも?」
確かにイラストは自分の武器だ。
他に分かりやすい長所もない、絵毘シューコのアイデンティティ。
しかしそれは趣味レベルの話。
「イラストは配信でもやってますけど、同好会はダメです。プルトさんの後釜は……シューコなんかには荷が重すぎます」
「えーシューコちゃんの絵も全然上手いと思うけどなー」
「上手いのレベルが違うんですよ。あの人は……イラストレーター界隈でも別格だったから」
自分がデビューする前に消えた過去のメンバー。
それでも同じ立ち位置になれば嫌でも比較される。
あの頃の方が良かった、なんて言われるのを想像するだけでも惨めになる。
断固たる意思で断ろう、そう決めているのに対し二人も簡単には諦めてはくれない。
「じゃあ交換条件を出そう!」
「交換条件?」
「元々断られると思ってなかったからさ、協力してもらうお返し☆くらいに考えてたんだけどね」
答えを変えるつもりもないが、お返しとやらが気になったので一応聞いてみる。
「シューコ。オリジナル曲もらった?」
「オリ曲? ああ、あれですか……。まだレコーディングはしてないですけどね……」
「その反応、あんまり納得いってない?」
「ははーん♡ さては電波曲渡されたね?」
「……正解。初オリ曲があれって、運営はシューコにどんなイメージ持ってんですかね?」
「まーまー。VTuberなら誰もが通る道だからさ☆」
渋い記憶を思いだし少しだけ憂鬱になる。
しかしなぜそんな話になったのか。
「それで交換条件の話だけど、そのオリ曲披露の場所を提供するよ」
「披露の場所?」
「そ。さっきも言ったけどもうすぐ音楽フェスがあるんだよね♪」
「舞台は朝昼夕の3部構成、その内のどこかで歌って良いよ」
「と言っても、さっきの感じだとあんまり嬉しくないかなー……?」
望み薄か、と不安そうに顔を覗き込んでくるジュビア。
対してシューコは……。
「んー……でも……うーーーーーー…………」
滅茶苦茶揺らいでいた。
「ん? なんか悩んでくれてる?」
「押せば行けそう? 今なら特典もつけよう。ジューさんのASMRボイスCD」
「あ、それは別にいらないです」
「ちょっとー? 勝手に特典にするのもいらないとか言うのも失礼じゃないかなー☆」
笑顔で額に青筋を浮かべるジュビアをスルーし、シューコは悩みの種を打ち明ける。
「……あの。その披露の場ってシューコじゃなくても良いですか?」
「他の同期に譲りたいってこと? 誰に?」
「その……ダークに……」
「「あら~」」
「いやそういうのじゃないんで。意味深笑いやめてください先輩だろうと殴りますよ」
顔に熱が集まるのを阻止するため、冷静に振る舞おうと辛辣な言葉で返す。
続けて言い訳するように説明を始めた。
「……予定ではシューコの後にダークがオリ曲公開する予定だったんです。トップバッターのティアがハードル上げすぎたっていうのもあるけど、ダークは同期で一番歌下手だから。シューコで一旦ハードル下げた後にすぐ公開するスケジュールで。下手に目立たせないよう終わらせる気満々なんですよね……」
「そうなんだ?」
「もちろん4期生全体のこと考えたら企業戦略的に正しいんだろうけど……それじゃダークは納得しない。あいつもみんなと同じ土俵で正々堂々実力勝負したいと思うから。例えそれが失敗に終わるとしても、最高に目立つ舞台用意してやりたい」
真剣な眼差しを見て、二人は温かく見守る。
今度は茶化すことなく真面目に回答する。
「ボクは良いと思う」
「可愛い後輩のためだしね。二人分枠作ったげる♡」
「シューコのはどっちでも良いんですけど……じゃあその交換条件と、今回だけってことなら……」
希望を叶えてくれる二人の先輩に、恩を返す気持ちでシューコも応える。
「協力します。MV制作」
取引は成立した。
来たる音楽祭『ブイバンドフェス』に向け、各々が準備を始める。