第61話 絵毘シューコの深夜配信
それは極めて平凡な夜。
とあるバーチャル配信者のゲーム配信にて。
「あー負けたー!! また同じミスしちゃったし……」
《あらら惜しい》
《もう4時間もやってるよ? 疲れてない?》
コメントで指摘され、時間を見ると深夜0時を超えていた。
FPSゲームの練習配信、熱中しすぎて気づけば長時間配信していたらしい。
「あー……じゃあ今日の配信はこんなとこにしとこかな。負けちゃったけどちょっとは上手くなってきた気がするし。じゃ、乙エビってことで。ばいばーい」
《絶対上手くなってる!》
《しゅーこさんがんばえー》
《乙エビー》
締めの挨拶だけして、慣れた手つきで配信終了ボタンに手を伸ばす。
「ふぅ……。ん? なんか画面ラグった? ……まあ良いか」
一瞬違和感を覚える程度のラグ、特に気にも止めなかった。
配信の疲れもあったが、それ以上に思い悩んでいることがあったから。
「はぁー……こんなんで良いんかな、私……」
悩み、それは自身の活動方針について。
絵毘シューコ。ブイアクト4期生の一人。
特技は強いて言えばお絵描き。
しかし画力は人並み以上ではあるものの神絵師と呼ばれる者たちには遠く及ばないと自負しているため、お絵描き配信も頻度は低め。
そうして出来上がったのは大して上手くもないゲーム配信中心のどこにでもいる廉価版VTuber。
「はぁ……練習しよ」
もう一度ため息をつき、改めてゲームを再開する。
しかし結局ゲームでも上手くいかず、ストレスと悩みを募りながら夜は更けていく。
「ぐぬぅ勝てん……」
多少ネガティブなのは認めるが、自己評価の精度だけは自信があった。
今4期生で一番ダメなのは……いや。ブイアクトで一番人気無いのは、他でもない私だ。
「……ちっ。その武器当たり判定広すぎだっての」
分かってる。箱の中で誰かが最下位になることくらい。
そして他の人も私を格下だなんて思ってないことも。
「うぅぅがあぁぁぁ! ふーっ……もっかい!」
本気で何かをやっても全て2番止まり、下手でもなく上手くもない器用貧乏、撮れ高の生まれ難いスタイル、配信者としては劣等生も良いとこだ。
「あーミスった。やだやだほんと下手クソ。ザーコザーコ……」
口でも心でも自虐しながらゲームに没頭する。
そうして我に返ったのは夜が明け、カーテンの隙間から光が差し込んできた頃だった。
「ん……うわもうこんな時間。次で最後にしよ」
疲れと眠気に襲われながらもゲームを続けようとしたときだった。
不意に扉が開かれ、人が入ってくる気配がしたのは。
それ自体特に驚きはしなかった。
「ん? ダークなんか用? 私もうちょっとしたら寝るけど……」
訪問者が何者か分かっていたから、呑気に振り返り反応する。
だが逆に相手のほうが焦った様子で言ってきた。
「すとぉぉぉっっぷ! 配信! 続いてるッス!!」
「は? 配信? …………マ?」
言われた言葉が一瞬理解できず固まる。
長い間を置いてようやく我に返り、自身のチャンネルを立ち上げる。
そこには確かに配信中と書いており、立ち絵なしの背景画面にマイクだけが漏れているようだった。
《やっと気づいたww》
《今のダークちゃん?》
《通い妻……ってこと!?》
《いや旦那だろ》
「マ……ジかぁ……」
コメントの盛り上がりが再燃し始めたのを見て目眩がした。
どうするべきか、考えようにも頭が回らない。
そして出た結論は……。
「寝る! 細かい話は起きてから! 乙エビ!!」
《過去一勢いのある乙エビwww》
《夜通し10時間もゲームやってたらそりゃ眠いわww》
《おやすみーゆっくり寝なー》
《起きたらダークちゃんのことも含めてkwsk》
流れてくるコメントも無視して今度こそ配信を終了させる。
マイクを切り、PCの電源も落とし、そこでようやく一息ついた。
その一連の流れを見ていた人物に目をやり、聞いてみる。
「…………どうしよ?」
「……寝てから考えるで良いんじゃないっスか? とりあえず」
呆れつつも優しい言葉をくれる同期生。
その言葉に甘え横になり、起床した6時間後にまた深く後悔するのだった。
◇
「えーこの度は謝罪会見にお越しいただきありがとーございます」
《待ってた》
《さて、詳しい話を聞こうか》
「てか謝るようなことしたっけ? 前のやらかしも炎上してないと思うけど」
「はぁい? 切り忘れとかそんなどうでもいいことよりぃ、謝るべきことがありますよねぇ!」
「熱愛報道とかいうビッグニュースがナァ!!」
「熱愛しとらんて。盛るな盛るな」
切り忘れ配信から時間を空けて冷静になった絵毘シューコ。
その説明を同期と共に配信することになった。
テンション高く野次を入れる異迷ツムリと向出センカ。
さらにマイペースな魔霧ティアは純粋に質問する。
「ダークと同棲、してたの?」
「え、まあ。けどそれそんな重要?」
「何言ってんですか! てぇてぇの隠蔽は重罪ですよぉ! お二人の話でどれだけの人が助かると思ってんですか? この一日でどれだけの妄想ファンアートが作られたと思ってんですかぁ? 今まで助からなかった人達に謝罪するべきですぅ!!」
「うわうるさっ。なにこの過激派厄介オタク」
《強火過ぎるwけど言いたいこともわかる》
《代弁助かる》
《ヲタクの代行者・異迷ツムリ》
「じゃあ聞きますけどぉ、仮にアルマさんとロカさんが1年前から同棲してるって今更言ってきたらどう思います?」
「は? 何でもっと早く言ってくれなかったの? その情報だけで100枚は描けるんですけど?」
「そういうことですぅ!」
《結局同類じゃねーか!》
《ほな自他共に認める有罪ってことで》
「くっ……しゃーない。この謝罪会見を認めるわ」
「とのことだガ、ダークもそれで良いのカ? さっきからなんも喋ってないケド」
「自分は構わないっスよ? てぇてぇって仲良しって意味なんスよね? 皆にシューコさんと仲良しと思ってもらえるならむしろ嬉しいっス」
「仲良し、いいな」
「もちろんティアさんとも仲良しっスよ!」
「うん。ありがとダーク」
《この二人だけ平和すぎて温度差》
《うーん合ってるけど微妙に違う。日本語って難しいね》
《なんだこいつ。てぇてぇ量産機か?》
「うわぁ。ちょっとこの二人純粋過ぎて直視できないですねぇ」
「まあ無知な方が喜ぶファンもいるしナ」
「ほんとこいつ……ド天然クソボケめ」
「シューコさんまで酷くないっスか!? 自分そんな変なこと言ったんスかねぇ……」
《女だから許される無自覚モテ男ムーブ》
《是非そのままで居てくれ》
「そろそろ質問タイム始めるカ。事前に質問箱用意して視聴者からの質問厳選してきたゾ。感謝しろヨ」
「うーん不服だけどどっかでやらなきゃとは思ってたしね。一応ありがと」
「では1つ目の質問、《いつから同棲始めたの?》と。これが一番多い質問でしたねぇ」
「デビュー前からっスね。そろそろ2年くらい経つと思うっス」
「おま……そんな細かいことまで言わんで良いから」
「え? どうせバレてるしもういいかと思ったんスけど」
《2年前……だと……?》
《なにゆえ半年も配信して今まで言わなかったのか》
《こーれは重罪ですわ》
「ほらこうなった。あーはいはい質問攻めされるの面倒で口止めしてましたよ。シューコが悪うございましたー」
「謝意を感じられませんねぇ。裁判長、如何なさいますぅ?」
「うム。ギルティ。無期懲役だナ」
「いつから裁判になったのよ」
「次の質問、読むね。《部屋の間取りは? 配信部屋は同じ?》だって」
「2DKよ。防音室も当然別室」
「おかげで家賃二人で割っても結構高いんスよね。自分は配信部屋同じでも良かったんスけど」
「いやよあんた声デカいし。今でもたまに声貫通してきてるんだから」
「そうなんスか!? いやー申し訳ないっス」
《せやろなーじゃなきゃ今頃バレてるし》
《何度鼓膜破られたことか……》
「ほうこの質問はぁ……んんっ。《料理は当番制ですかな? できればお互いの腕前も教えて欲しいのじゃ》」
「ん? その声と口調、もしかしてっスけど……」
「もしかしなくてもリリさんしかいないでしょ。こんな質問してくるの」
「それで、質問の回答、は?」
「シューコさんは料理上手っス! ちなみに自分はできないっス!!」
「あっ介錯一致すぎて安心しますねぇ」
「胸張って言うなバカ。まあ余裕ない時は買って済ませるけど、普段は生活費浮かせるために作ってあげてるわ」
《うん。知らなかったけど知ってた》
《夫婦じゃん。これもう夫婦じゃん》
「シューコの料理、食べてみたい」
「ティアは自分で作れるんでしょ? 前配信で言ってたの見たし」
「じゃあ、一緒に作ろ?」
「あんた最近距離の詰め方上手くなってきたわね……別に良いけど」
「そのときは是非呼んでくれヨ。最近ウーバーばっかだから手料理食いたイ」
「あっ便乗して良いですかぁ? 限界飯もそろそろ飽きてましてぇ」
「あんたはいい加減食費まで推し活に使うのやめなさい」
そんな同期との配信。
トラブルをネタに雑談に華を咲かせる。
質問の返答に時間を使い、ほどなくして配信は終了した。
「ふぅ……協力してくれてありがとみんな。しょーじき助かったわ」
「オウ。お安い御用だヨ」
「こちらこそ楽しませてもらいましたからねぇ」
「ありがと、誘ってくれて」
失敗の尻拭いのため頼った同期に感謝を告げるシューコ。
「ダークもごめん。いろいろ巻き込んで」
「全然いいっスけど、珍しいっスよね。シューコさん自らイジられ配信企画するなんて」
「まあね。今回ばかりはプライド捨てなきゃシューコのイメージ崩れそうだったから……」
「イメージ、って?」
「いや、冷静に考えるとアホでしょ。10時間ぶっ続けゲーム練習って。そんな必死になってまでゲーム勝ちたいのか?って。絵毘シューコは適当に卒なくこなす器用貧乏キャラで売ってんの」
大スクープ?らしい同棲という事実のおかげで切り忘れ自体はあまり話題にならずに済んだ。
その配信時間は10時間超、ほぼ休憩なしのFPSマラソン。
良く見れば練習熱心、別角度からみれば超絶負けず嫌い、視点を変えればゲーム廃人。
いずれにせよ普段の自分とギャップが有りすぎる。
「えーそんなの気にしなくて良いと思いますけどねぇ。頑張る女の子は素敵ですよぉ」
「……いいのよこれで。頑張るとか性に合ってないから」
「? そうですかぁ」
それ以上追及されぬよう釘を刺し、無理矢理話題を変える。
「それより今後どうするかよね……。ダークとの同棲話をどこまで広げるか」
「いっそ百合営業でもしてみてはぁ?」
「嫌よ柄じゃないし。それに……」
「百合営業ってなんスか?」
「コレに営業なんて器用な真似できるわけないじゃない」
「うーん確かにぃ……」
悩む二人と何も分かっていない様子の一人。
そこでセンカが提案し注目を集めた。
「そういうのは専門家に聞くのが一番だヨ」
「専門家、って?」
「ひょっとして、3期生のことですかぁ?」
「そうソレ。全員でシェアハウスしてるらしいゾ」
同事務所の先輩タレントがシェアハウス、つまり同棲しているという話。
確かにその話は聞いたことがあり、名案だとも思った。
「なるほど……じゃあ今度聞きに行ってみるわ」
「自分も同行するっスか?」
「いやいらん。どうせシューコが何で焦ってるのかも分かってないでしょ? あんたは」
「はいっス!」
「返事だけはよろしい」
当事者としての自覚がない同居人。
彼女は安心したように聞いてくる。
「だって皆に知られても一緒に居てくれるんスよね? なら何も変わらないじゃないっスか」
「……はぁ。あんたくらい能天気になれたらどれだけ楽だったことか」
呆れつつ、心の片隅で安堵している自分がいた。
「ツムリ? 何拝んでるんだヨ?」
「ご馳走さまのポーズですぅ。無垢元気と苦労人姉御肌、やっぱりエビクモてぇてぇはありますぅ!」
「うっさい黙れ」
相変わらずふざけた存在の同期に軽口を投げ、感情を有耶無耶にする。
言葉がキツくなることは多々あるが、それでも居心地は悪くない。
実際助かっていた。
一人で居ると色々悩んでしまいそうだったから。
だから憎めない。
優れた同期に劣等を感じていても。




