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第52話 紅月ムルシェと導化師アルマ①

「アルさんが……ボイコット?」


 アルマを演じるツムリを目撃してしまったムルシェ。

 その経緯を社長から説明を受けた。


【ああ。これがそのときの手紙だ】


『導化師アルマはもう誰も導けない』とだけ綴られた手紙を目にする。


【10周年ライブでアルマが失敗したとき、窮地を救ってくれたのは異迷ツムリだ。それ以降も、私の願いを聞いて導化師アルマを守ってくれている。だからツムリのことだけは責めないであげてくれ】

「そんなことがあったのですね……」


 導化師アルマを演じる姿を見た瞬間は不信感を覚えた。

 けれど彼女は彼女なりにアルマを守ってくれてたのだと知った今、心の中で謝罪した。


 受け入れ難い事実だが、本当の話ならアルマは今危険な状態にあるということ。

 何よりも心配の気持ちが強く出たムルシェは口走る。


「ムルにも何か! 何かできることはないですか!? ムルは、アルさんのためならなんでも……!」


 ずっと会えていなかった尊敬する人物。

 自分の知らないところで辛い思いをしていると想像したら、居ても立ってもいられなくなった。


 助けになりたい、その純粋な思いに女はつけ込む。


【それは助かるな。では紅月ムルシェ。君に無期限の活動休止を命じる】

「…………ぇ?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 理解したくなかった。冗談だと言って欲しかった。

 その願いを否定するように、今の発言が本気であることを示すように説明する。


【ムルシェ、君は隠し事ができない性格だ。直感が鋭く天然な正直者、それ自体は君の美点だ。しかし導化師アルマの現状を隠せと言ったところでいつかボロが出るだろう。導化師アルマが戻ってくるまで、その居場所を守るためにも君は表舞台に立ってはならない存在だ】

「それは……そうかもです……けど……」

【どうしたムルシェ。()()()()、してくれるのだろう?】


 今まで愛されてきた自分のアイデンティティを、今だけは咎められているように感じた。

 何も否定できない。

 正しい考察だと思ってしまったからこそ、言葉を詰まらせる。

 けれど、導化師アルマを助けたいという気持ちと同じくらい、失いたくないものもある。


「ムルは……ワガママかもしれないですけど、ムルを続けたいのです……」

【何故だ? アルマが戻ってくれば全て元通り、それまでの辛抱だ。それとも、アルマが戻ってこなくても良いとでも?】

「そんなこと! あるわけないのです……でも……」


 確かに最善はまたアルマと共に活動すること。

 

「でもムルはもう……ムルじゃなきゃ駄目なのです……!」


 アルマの現状を知らない今、その最善を望むことにリスクを感じずには居られない。


「それにアルさんだってそんなこと望んでないはずなのです!」

【そうだろうか? では本人に聞こうか】

「え……?」

【通話中だ。彼女も今、この部屋の会話を聞いているよ】


 社長は会話のための端末とは別の端末を取り出し、通話中の画面を見せる。

 その画面に向かって恐る恐る質問した。


「アルさん……なのですか?」


 目の前の端末から返事はない。

 その代わりに、自分の懐にある端末が鳴動した。

 着信画面の差出人名は『☆アルさん☆』と表示されており、急ぎメッセージアプリを開く。


《うん》


 たった二文字。

 それだけで目の前の女性の言葉は真実だと思い知らされた。


「アルさん……ムル……やめたくないのです……」


《そっか。私とは真逆だね》


 突き放すような、今までのアルマからは想像できない言葉。

 感情を激しく揺さぶられる。


「っ……どうしてですか! アルさんはもう、ムルを助けて……導いてくれないのですか……?」


 導化師アルマの理想像を心に描く。

 彼女ならきっとこう答えてくれる。

 そう信じた結果、想い虚しく裏切られる。


《私はもう導化師アルマじゃないから》


「アル……さん……」


 信じられない光景を目の当たりにしたように、立っていられず座り込む。

 何もかも喪失したように、力なく雫が頬を伝う。

 続けられる気がしなかった。言われずとも、これ以上紅月ムルシェで居られる気がしない。

 自分さえ諦めれば……いつか願いは叶うのだろうか?


 そう思いかけたとき、誰かが頬の雫を掬い取った。


「泣き顔は似合わないぞ。ムルちゃ♪」


 その声に一瞬だけ、希望を感じてしまった。

 その希望はすぐに打ち砕かれた。


「! アルさ……!! あ……」

「……分かってますぅ。私じゃないんですよね。会いたいのはぁ」


 その少女は異迷ツムリ、今の導化師アルマを背負いし者。

 自分の知らない導化師アルマ。だから何も期待できなかった。

 それでも彼女は、導化師アルマであろうとすることをやめない。


「でも今だけはぁ……今だけで良いから、アタシに導かれて欲しいな。今はアタシが……導化師アルマを全うしなきゃいけないんだ」


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