第28話 レプリカのアイドル
「最近配信できてなくてごめんなさい。SNSで報告した通り、ライブで無理して風邪を拗らせてしまいまして……これ以上無理してたら肺炎になるところだったってお医者さんに言われちゃった。これがホントの肺エンドピエロ〜なんちゃって」
『笑えない冗談すぎる……』
『ライブすごい良かった!』
「みんなも応援してくれてありがと。実はまだ療養が必要なんだけど、でも流石に今日は配信せざるを得ないよね。近況報告も兼ねて急遽配信枠を作りました」
『それはそう』
『間違いなくVTuberの歴史に刻まれるだろうしな』
「と、言ってる間にそろそろだね」
『来るぞ……』
『来る……来る……』
「……うん。来たね」
『きちゃぁぁぁぁぁあ!』
『500万人おめでとう!!!! >¥10000』
『おめでとうぉぉぉぉおおお!! >¥30000』
「遂にここまで来ちゃったかー。はい、みんなのおかげでチャンネル登録者数500万人突破できました! ……うん。本当に、今までありがとね」
10周年ライブの反響で、瞬く間にチャンネル登録者数は増えた。
僅か3日間で50万人増、こんなことは『ハイエンドピエロ』を配信して以来だ。
『もう502万人になってるww』
『SNSトレンドも当然1位!』
「ありがたい限りですなぁ。さて見届けることもできたし、早いけど今日はここで配信を終わろうと思います」
このような状況になったのもまた、ライブ最後の『ハイエンドピエロ』のパフォーマンスのお陰だろう。
けど、あのとき歌っていたのは私じゃない。
「これからも導化師アルマをよろしくお願いします」
言い切って配信終了のボタンを押す。
マイクの接続を切り、間違いなく誰にも聞かれていないことを確認してから呟く。
「"よろしく"と言ったものの……どうしようかね」
アルマは自分の感情に迷いを感じていた。
あのとき歌っていたのは異迷ツムリだ。
彼女に対して思うところがあるかと聞かれると……実は少しだけある。
けど決してこの感情は嫉妬などではない。
体調を崩した者の代打を努めてくれたのだから、その点に関しては感謝しかない。
しかし彼女は導化師アルマとしての"禁忌"を侵した。
それは……『ハイエンドピエロ』という曲で最高のパフォーマンスを魅せること。
「本当にやってくれたよ。『導化師』にあるまじき行為……なんつって」
実を言うとアルマはファンを増やしすぎないようにセーブしていた。
500万人の壁を越えるのは今のブイアクトには早すぎる。
ただでさえ突出した人気、これ以上伸ばすことは他メンバーに悪影響でしかない。
人気を妬む者、格差に萎える者、逆に対抗心を燃やして無茶をする者。
VTuberを導くという目的で導化師を名乗り始めたというのに、導くどころか惑わす存在になってしまう。
導く者はあくまで先導者であって主人公ではない。
印象に残しつつ目立ちすぎない画面外の存在、それがアルマにとっての『導化師』。
「そんなに目立っちゃったらただの道化だよ……」
ふと、アルマはキーボードのF5キーを押す。
画面に映る導化師アルマのチャンネルページ。
見ればチャンネル登録者数は既に510万人を越えていた。
「ははっ。やっぱり、もう私の手には負えないや…………ごめんね」
消え入るような声で呟き、パソコンの電源を落とした。
◇
導化師アルマの10周年ライブから1週間が経過。
登録者数500万人という快挙を達成し、ブイアクト関係者は喜びに満ち溢れる……かと思いきや、ミーティングルームの一室は静まり返っていた。
【それで四条君。あれからアルマの調子はどうだ?】
「ダメですね……一歩も部屋から出てきません」
深刻な表情で話す二人は株式会社レプリカ社長の灰羽メイと、社員かつ導化師アルマの弟である四条彰。
二人の視線の先、机上に一枚の紙が置かれている。
それは導化師アルマからのメッセージ、たった一行綴られた手紙。
『導化師アルマはもう誰も導けない』
【この手紙だけ押しつけてきてもう3日……認めるしかないな。四条瑠那は導化師アルマを辞めようとしている】
手元の端末を操作し機械音声で告げる。
平坦で無感情な声だが、顔を見れば十分に伝わってきた。
灰羽はまだ諦めていないということが。
【だが幸いにもこのことを知っているのは我々だけ。彼女には悪いが……ブイアクトにはまだアルマの導きが必要だ】
導化師アルマが必要、しかし本人に復帰の意思があるかは不明。
そして秘密裏の悪事を仄めかす発言から灰羽が何を企んでいるのか、想像に難くなかった。
「これを私に見せたのってぇ……そういうことなんですよね?」
ミーティングルームに居た3人目の存在、異迷ツムリが口を開いた。
灰羽の企み、そのキーパーソンの問に彼女は答える。
【私はみんなの居場所を守りたいんだ……頼むツムリ。どうか……どうかアルマを助けてやって欲しい】
頭を下げ、懇願する。
その願いに対しツムリが口を開こうとすると、一人の男がそれを制止した。
「僕は反対です」
社長に対する一社員の明確な拒絶。
マネージャーは担当アイドルに向き直り、諭すように言う。
「これ以上は危険なんだろ? もし君が壊れてしまったら……唯一本物の異迷ツムリはどうなる」
男は危惧していた。
ライブ前に聞いていたツムリの欠点、そしてライブ中に急遽2曲連続で導化師アルマをコピーした際の彼女の変化。
今でこそ『異迷ツムリ』は安定しているが、次はどうなるか分からない。
そんな心配を向けられた少女は……優しく微笑んだ。
「ありがとうございますぅ。マネージャーさんのおかげで……ちょっとだけ怖くなくなりましたぁ」
「ツムリ……」
「そうです。私は異迷ツムリ、どんな選択をしてもそれが『異迷ツムリ』の選択なんです。だからマネージャーさんはぁ……こんな私でも支えてくれるんですよね?」
「…………当たり前だ」
漏らしかけた言葉や感情を全て飲み込み、諦めたように端的に返事をする。
担当アイドルの決断は何を言っても揺らがないと察したから。
「こんなバッドエンドは誰も望んでません。私もぉ、きっとアルマさんも……だからぁ」
異迷ツムリはいつもの緩い口調で話す。
自分の存在が消えてしまわないように、自分というキャラクターを主張するように。
そして少女は宣言する。
みなの望む世界を守るために。
「あの人が望んでくれるまでぇ――――導化師アルマは私が終わらせません」
その日、一人の少女は代替の導化師アルマになることを決意した。
ここまでのご読了、本当にありがとうございました!
これにて第一章完結です!!
私の伝えたいことはただ一つ。
これは幸福に至るまでの道程、険しい過程を経るほどに幸福はより高みへと届く……。
要するに「辛いはスパイス! 苦しいは栄養!」ってことです。
ほどほどに平和なお話も挟みつつ、物語を進行させていけたらと思っております。
この作品を面白いと感じていただけた読者様へ。
是非ブックマーク・☆評価、レビューなどいただけると嬉しいです!
もう嬉しさのあまり筆が狂喜乱舞します!!
より多くの人に読んで欲しい、そんな作者の願いを叶えてやってくれると嬉しいです。




