第125話 アルマの後日談②
夕方。先日の騒動からちょうど丸一日が経った頃。
一人のVTuberが配信を開始した。
普段は堂々とした立ち振舞なのが今日は何故か控えめ。
顔の下半分を隠して小さく縮こまり、おずおずと一言目を発する。
「あの……本当にダサすぎて皆様に合わせる顔がないんですけれど。穴があったら入りたいとはまさにこのことですわね……」
《はよ出ておいで?》
《気持ちはわかりますけどねw》
《サムネで大体察したけど、ちゃんと言葉にして貰えませんか? じゃないと安心できないのです……》
配信タイトルは「緊急記者会見についての謝罪会見」
サムネイルの立ち絵には「ワタクシはファンに余計な不安を抱かせるダメ配信者です……」と書かれた看板が首からぶら下げられていた。
「そうですわね……。不肖ロカ・セレブレイト、戻ってまいりました。先日は事実と異なる発言をし、あまつさえ辞めるなどと口走ったこと、ここに謝罪いたします。改めまして……引退宣言を撤回します。この度は誠に申し訳ございませんでした……!」
《よかったぁぁぁ……!!》
《終わってみれば何がしたかったのか分かったけどさぁ……》
《結果良かったけど……二度とこういう嘘は吐かないようにね?》
《心臓に悪すぎる》
「はい。正直申し訳なさすぎて本当に辞めようかと思ったくらいですわ……」
《待て待て待て!!》
《だから辞めるのやめなさいって言ってるところでしょうが!w》
「ええ。こうしてワタクシを求めてくれる人たちが大勢いることですし、活動は続けさせていただきます。それでもご迷惑をおかけしたお詫びに何かしなければと思わずにはいられないんですの。ご理解いただけると嬉しいですわ」
《ん? 何でもしてくれるってこと?》
《ほうほう。何がいいかなぁ》
《一旦禊しとく?》
「え゛……禊ってまさか……」
《そういえばどこぞのアルマさんが配信で禊するって言ってたな?》
《地獄企画チャンネル、出演しとこっか》
口は災いの元。
詫びと聞いた視聴者達が提案したのは先日アルマから発表された今後の活動に関するもの。
新たなチャンネル開設。その活動方針は禊、いわゆる苦行と呼ばれる耐久配信などをメインコンテンツにすると。
つまり彼女と共に苦行を受けろと言われているわけだ。
もちろんロカとしても苦行なんて回避できるならそれに越したことはないのだが、さらなる援護射撃が彼女を襲う。
(アルマ)《ゲスト1人目ゲット(^^)》
《本人降臨w》
《やっぱ見てたかww》
「こんなときばかり調子の良いことを……。あーもうわかりました! 出ますわよ! 今回は完全にワタクシが悪いので!!」
《キレ気味w》
《またロカアル見れるってこと!? 助かる!!》
「これ、今後ブイアクトでやらかした人達の伝統になりそうですわね……」
口では嫌がりつつも、ロカは内心安堵していた。
あれだけ大きな問題を起こしたのに早くもネタにしてもらえるくらいに受け入れられている。
……もちろん、全ての人が受け入れてくれているわけではない。
《なんだかなぁ》
《まだちょっと……いやかなり抵抗あるんだけど俺だけ……?》
否定的な人も一定数いる。その反応はある意味正常なのだろう。
VTuberの配信コメントは基本的に配信主を否定するような発言はNG。
それこそ配信主に長く活動してもらうための、全肯定オタクと呼ばれる者達を量産することになった暗黙の了解。
その中で表面化するくらいだ。見えている以上に同意見の者は多いはず。
それでも問題の大きさに対してここまでリカバリーできたのは、元導化師の手腕と言う他ない。
そうしてしばらく雑談を続け、折を見て配信の締めに入る。
「……と、少々短めですが今日はこのくらいにしておきましょうか」
《えーもう?》
《ロカ様もまだ話足りなさそうでは?》
「確かに話したいことはまだまだありますが実はこの後予定がありまして。……でも嘆くことはありません。これからいくらでも話す時間はあるのですから」
《ですね。気長に待ってます》
《お話してくれてありがとう。おかげで今夜は安心して眠れそうです》
「ええ。それではまた次の配信で」
落ち着いた雰囲気で配信を終了する。
配信前は不安でいっぱいだったが、話してみれば案外あっけない。
余韻を噛み締め、感情が安定してきたところでロカは次の行動に移る。
端末のメッセージを見て、玄関へと向かう。
配信を終了させたのもそのメッセージ通知を見たから。
家の前まで来ているとのことなので扉を開けて迎え入れる。
「たっだいまー!」
「……お帰りになりますか? お客様」
「えー冷たーい! そこは普通に『おかえり』でよくない?」
「下手なこと言って住み着かれても困りますので。……馬鹿なこと言ってないで上がりなさいな。アルマ」
元々会う約束をしていた人物、アルマを家に招き入れた。
誘ったのはロカの方から。
人望の厚い彼女なら他の者からも誘われるだろうと予想し、いち早く連絡した。
会話自体は昨日ぶりだがこうして対面で顔を合わせるのは実に5ヶ月ぶり、導化師アルマの10周年ライブ以来だった。
「まったく。なーんで私なんかのためにあそこまで体張るかなー。ホントは辞めたくないくせに嘘までついてさ」
開口一番呆れたように発言するアルマ。
対してロカも、そう言われることは予想していたので即答する。
「簡単な話ですわ。友が身投げする姿を見て黙っていられるわけがない。だから貴女もあのとき駆けつけてくれたのでしょう?」
逆に問われ一瞬戸惑うアルマ。
ここまで明るく振る舞ってきた彼女が急にしおらしくなる。
「……相談どころか、5ヶ月ほとんど連絡無視してたようなヤツが友達でいいの?」
珍しく弱気な様子。
誰にも弱音を吐かない無敵な存在、それが導化師アルマだった。
そんな彼女の今の姿は、ある意味導化師の名を捨てたことの意思表明なのか。
「ふむ――――では裁判をしましょうか」
「ん? 裁判?」
「ワタクシが許すか許さないか、貴女にいくつか質問して判決を下しますわ。もちろん嘘偽りは即刻ギルティですので覚悟しておくように」
「えー……聞きたいことあるなら素直に聞けば可愛げあるのに」
「静粛に。早速聞いていきますわよ」
厳かに茶番を始めるロカ。
アルマは渋々それに付き合う。
「この5ヶ月間は何をしていたんですの? 病んで寝たきり、なんてガラじゃないでしょうに」
「ん? 基本はMV制作かなぁ。あとは情報操作の準備とか会社に根回しとか。っていうのも実は今回の件、円城さんは了承済みだったりして」
「は? 円城って、マネージャー統括の?」
「イエス。会社が致命的なことにはならないよう1ヶ月くらい前にね」
「えぇ……いや絶対止めるでしょう。あの堅物がそんな大胆な行動許すわけ……」
「私もそう思ってたんだけどね。逆に謝られちゃった。『若い内からあなたに背負わせすぎた。ごめんなさい』って」
「そう……ですの」
会社を立ち上げた頃から共に活動してきた身、当然円城がアルマのマネージャーをしていた頃も見てきた。
あまり自分が深入りしていい話でもないだろうと思い、早々に話題を切り替える。
「……ああ。それとさっきはスルーしてしまいましたが、情報操作ってなんですの?」
「あ、それ聞く? 大したことしてないんだけどね。専門の人達雇ってお願いしてたの。『悪いのは全部導化師アルマ、異迷ツムリや他のタレントが可哀想』って拡散するようにね。個人がブイアクトのこと発信できる場所は片っ端から潰せるようにしといたんだ」
「十分大したことですわね……。というか貴女、嘘とか曲がったこと嫌いだったはずでは?」
「そこは嘘じゃないからセーフってことで♪ 結局SNSって承認欲求満たす場だからさ、多数派の意見に流される人が多いわけですよ」
誰に言うこともなく裏で画策する。
その性分はどれだけ相談しろと言っても変わらないのだろう。
ならこの場で聞き出せるだけ聞いてみたい、そう思った。
「それで裁判長さん。他に聞きたいことはありますかい? 今ならなんでも答えますぜ?」
「そうですわね……では、何故このタイミングだったんですの? 前振りもなく唐突になんて……貴女にしては少々強引すぎる」
「え? それも私にヘイト向けるためだけど? 導化師アルマは信仰されすぎちゃったからね。他人の都合を考えない急すぎる発表、幻滅させるのに十分な要素じゃない?」
平然と同じ人間とは思えない回答をする。
でもロカは慣れてしまった。
人を敬遠させるような答え、それを言うとき大抵彼女は何かを隠している。
「そう言うと思いましたわ。それ込みで"らしくない"と言ってるんですの。何か焦る理由でも?」
「あー……なんでもお見通しかぁ。まあロカちんなら話しても大丈夫かな? あんまり教えたくないんだけどねー。メンバーの子には特に……存在知ってるだけでストレスになりかねないからさ」
「?」
意味深な前置きをしてからアルマは事情を話し始める。
「"ワンダーランド"って会員制サイト、聞いたことある?」
「? いえまったく」
「簡単に言うと裏掲示板みたいなとこかな。お遊び半分でネットストーカーだったり画像音声解析屋みたいなことやってる人達が集まって有名人のスキャンダル漁ってるんだって」
「……下衆の肥溜めみたいなサイトですわね」
突然振られた話題は聞くに堪えない者達が集まるらしいサイトの名前。
それが彼女の動機とどんな関係があるのか。
「言うねー。けどその肥溜め、実は私も会員だったりして」
「へぇ? ワタクシの前でよくも堂々と、余程お説教が恋しかったと解釈しても?」
「よろしくないですごめんなさい!! ……まあ察してくれてるだろうけど、もちろん目的は潜入。プルさんの件もあったからさ、警戒しとかなきゃなって」
「何故ここでプルトの名前が……まさか、彼女の炎上もそのサイトが?」
「情報の発信源かもって噂聞いてね。変にスキル持ってる人間ってさ、それをひけらかしたがるから……どうせなら推し活に力入れてくれればみんなハッピーなのにね」
悲しげに苦笑するアルマ。
それを聞きながら、ようやくロカは察し始める。
「今そのサイトの名を今出したということは……」
「そ。目つけられちゃったんだ。ツムりんの休止と導化師アルマの配信頻度が増えたことに因果関係があるんじゃないかって」
「なるほど……どこにでも厄介なアンチが居るものですわね」
「そこからは話した通り。円城さんに話してから急ピッチで準備進めて、確実に信じてもらえるよう導化師アルマが他チャンネルでコラボするタイミングを狙った。……あと1週間遅かったら先越されてたかもね。証拠集めてリークされたらどうなってたと思う? 翌朝のトップニュースのタイトルは……『大手事務所ブイアクト大炎上! 新人VTuber異迷ツムリという名の厄災!!』って、流石にチープすぎるかな」
「……想像しただけでゾッとしますわね」
「うん。だからちょっと急いで動いちゃった。驚かせてごめんなさい」
ようやく本音の話を聞けた気がして、少しだけ安心する。
皆に誤解させたままでいる理由もわかった。
だからせめて、自分だけでも彼女の理解者でありたいと余計に思わされる。
「うーん……こんな暗い話するつもりなかったんだけどな。許してもらわないとロカちんの友達に戻れないのに」
「え? ああ。そんな話でしたわね」
「忘れてたの!? 酷いなぁ……さっきまでやり取りがホントに茶番になっちゃうじゃん」
「何を今更。貴女も建前だって気づいてたでしょうに」
「それはそうだけどさー。最近ちょっと扱い雑じゃない? 導化師辞めたせいで蛙化しちゃった?」
「むしろ変わったのは貴女の方ですわ。壁が一つなくなった。そのおかげでワタクシも遠慮する必要がなくなったんですの」
たまに恐怖すら感じる一面を垣間見ることはある。
それでも最も気楽に話せる間柄。
以前以上にそう思えるようになったことは、ロカにとって今回一番の成果だった。
「貴女が誰であろうと貴女が貴女である限り――――ワタクシは一方的にでも親友を名乗る所存ですわ」
「……それちょっとカッコよすぎるなぁ。一生推したいから二度と辞めるとか言わないでね?」
「あら。今度は貴女がワタクシの呪いにでもなるつもりですの?」
「それも悪くないかも? 歌詞書いてみよっか」
「やめなさいな。自分で振っておいてなんですが笑えませんわよ」
ブラックジョークで笑い合って、彼女との再開を一頻り堪能した。
そんな頃合いに次の話題を振ることにした。
今日アルマを呼んだ理由の一つ。
あまり進んで話したくない、けれど最も話すべき内容。
「はぁ……これで全部解決、だったらどれだけ良かったか……」
「だねぇ。結局ほとんどフォローしてあげられなかったなぁ……誰かさんが横槍入れてくれたおかげで」
「へぇ……それは悪いことをしましたわね。もちろん全部ワタクシのせいにしてくれて構いませんわよ。ワタクシのワガママが招いた結果ですので」
「ちょっと拗ねないでよー。一番拗ねたいのは……あの子なんだからさ」
皮肉交じりに話しながらも、互いに本気で心配している一人の存在。
騒動の当事者であり、一番の被害者とも言える少女。
「ツムリ……これから彼女はどう動くと思いますの?」
「さあ? さっぱりわかんない」
「わからない? あの導化師アルマが?」
「もう導化師じゃないってばー。……でもそうだね。今のツムりんは全然読めない。だって私、自分がどうしたいのかが一番わかんないもん。だからあの子の中の導化師アルマがどう思うのかもわかんないし、ツムりんがそれとどう接するのかもイメージできない」
今まで多くの人間を見透かし、手を差し伸べてきた導化師。
その名を捨てたとは言え培ったスキルまで失ったわけではない。
そんな彼女の語る異迷ツムリの考察を、ロカは理解しきれなかった。
「? 彼女の中の導化師アルマって……確かにツムリの演技力は本人を憑依させるかのような精度ですが、その言い方ではまるで一つの体に二人の人間が住んでいるような……」
「そうだよ。あの子の中の異迷ツムリと導化師アルマは別人だと思った方がいい」
「…………凡人には到底想像つかない世界ですわね」
きっぱりと断言され、冗談で言っているわけではないと悟る。
先輩として導いてやらねばと軽く考えていたが、アルマの説明でロカは認識の甘さを思い知ることになる。
「元々のプランではね、私は導化師アルマを永遠の存在にしようと思ってたんだよ」
「永遠?」
「そ。先導しない代わりに後ろで背中を押す、二度と表舞台に姿を表さない永遠の裏方。そうすればあの子の中のアルマも生き続けて、あの子の背中を押してくれるかもしれないと思って」
アルマが語るのは、誰にも邪魔されなかったときのシナリオ。
彼女ですら理解しきれない少女を救うために考えていたプラン。
「でも私は生まれ変わる選択をしてしまった。導化師のアルマが終わった以上、あの子の中の存在も役目を終える。流石に自分の中の人格が用済みになるとか想像つかないからさ。私にはわかんないや」
アルマが想像できない以上、ツムリの行動を予想し得る者なんてきっと居ない。
すると、わからないと言い続けてきたアルマが別視点の話をする。
「私にわかるのはツムりん以外……たぶん今、私に対してすっごく怒ってるだろうなって人が居ることだけ」
問題は異迷ツムリだけに留まらない。
接触すべきか見守るべきか。
二人で相談しても答えを出せないまま、夜は更けていった。




