第123話 二人の終幕
《社長が雪車引グレイ……そりゃハイエンドピエロ書けるわけだ》
《導化師辞めさせないために10年圧賭け続けてきたと》
《ずっと昔に引退したVが今のVに災いもたらし続ける……それなんて悪霊?》
《ツムリに代役やらせたのもこの人なんでしょ?》
《アルさんが昔推してたVってのは聞いてたけど、よくこんな化け物推してたな……》
《全部コイツのせいじゃん》
全て赤裸々になった灰羽メイの行いとその正体。
今まで分散されていたヘイトが一人に集中する。
その対象は……雪車引グレイ。
「はいありがとー。でね、ちょーーっと裏でお話したいことがあるので……一旦CM入りまーす♪」
アルマは手際よく操作、MVをループ再生させてカメラとマイクをオフに。
これでようやく二人きり。
「さてと……久々だね、グレイ。てかやっぱり喋れたんじゃん」
「……すまない」
「わー珍しくしおらし。説教中の子どもみたいだね」
肉声での会話は10年ぶり。
失声症が治っても機械音声で話し続けていたのだって、導化師を罪悪感で縛り付けるための手段の一つ。
もっともアルマの反応を見て、そんな企みもとっくにバレていたのだろうと察する。
「はぁ……満足したかい? 全部雪車引グレイのせいにすれば君達は堂々と活動を続けられるだろう?」
最早自分の行動全てがちっぽけに思えた灰羽は逆に吹っ切れた。
そんな投げやりな質問にもアルマは変わらず答える。
「え? 何度も言ってるけど私は続けるつもりないよ?」
「……本当にもうダメなのか? 導化師アルマは……」
「別に良くない? もう雪車引グレイが忘れられることもないんだし」
灰羽が導化師アルマを続けてほしいのは、雪車引グレイを世間に忘れさせないための手段のはず。
そう思って尋ねると、少々意外な答えが帰ってきた。
「それだけじゃない。10年間見続けてきたんだ……見る者全てを魅了する導化師を。少なからず推しに辞めて欲しくない気持ちだってあるさ……」
寂しそうに呟く灰羽。
今更そんな綺麗事を言われ、ルナは黙っていられなかった。
「……それずるくない? 私だってグレイの配信ずっと待ってるんだけど?」
長年待ち続けたファンの想い。
一度口にしてしまうと、止めることができなくなってしまった。
「この際思ってたこと言うけどさ、忘れられたら死ぬってどんなメンヘラ暴君? 10年も活動しないヤツ最推しにし続けて苦しめってこと? 私みたいに? ……推し活ってそういうもんじゃないでしょ。推して推されて、幸せ交換するギブアンドテイクじゃないの?」
「……申し訳ない」
今まで遠慮して言えなかったことをぶちまける。
対して灰羽はただ謝ることしかできない。
「またやり直せばいいじゃん。たった一回躓いただけでさ、なんで復帰しなかったの? グレイのこと忘れて欲しくないって言っておきながら」
「それは……治った頃には社長になっていたから……」
「言い訳だね。配信なんて趣味でもできるし。当ててあげようか? なんでグレイとして活動再開しなかったか」
何故雪車引グレイの活動を再開しなかったのか。
灰羽が触れて欲しくないだろう話題にも躊躇なく言及する。
「劣等感。自分が活動してた頃よりファンが集まってるのを見て、今更戻っても置いてかれるだけじゃないかって不安になったんでしょ? 良いよね。自分の後継者って思えば人気が出たとき鼻が高いし、人気出なくても自分にダメージはない。楽して承認欲求満たせる都合の良い存在」
「……ははっ酷い言われようだ。でも実際、返す言葉もない……」
今までの過ちも、抱えていた感情すらも言語化され、灰羽は自虐的に笑う。
この10年全てを否定され反抗の意思も完全に削がれた。
無力となった彼女に、最後の言葉をかける。
「それで辞めるなって言われてもね。この世に永遠の命なんてないんだよ。……でも、アタシの存在はきっと誰かの中で生き続ける」
貶し続けてきたルナだったが、一瞬間を置いて声のトーンを変えた。
蔑むような冷たい目から一変、瞳に輝きが灯る。
「アタシを見てVになった人、イラストレーターになった人、作曲家になった人。アタシが世界に与えた影響はまた誰かに影響を与える。伝播する。そんな導化師アルマにきっかけを与えてくれたのが――――グレイなんだよ」
「…………」
「私はいつでも推す準備できてるよ。忘れたことだって一度もない。……それでもまだ、自信ない?」
彼女は間違え続けてきた。否定の言葉をどれだけ言っても尽きないくらいに。
それでもルナにとっては大事な推し。
灰羽が願ってくれたように、ルナもまた彼女の活動再開を願った。
「……気持ちは嬉しい。できるものならもう一度……けど少々悪目立ちしすぎた。こんなアタシを誰が見てくれるのか……」
背中を押しても自分からは踏み出せない様子。
けれど、前を向いてくれるだけで十分だった。
「言ったね? もう一度って」
「え?」
「実はグレイ復帰プランについては既に計画済みなのであった……♪」
ルナは悪戯を企むような笑顔で話し始める。
雪車引グレイが配信者として復帰するためのプランを。
「それはまた……随分酷な提案をしてくれるね」
「言質取ったからね。今更逃げるのは無しだよ?」
「少々早まったか……でもやるしかないな。こうして唯一のファンが望んでくれているのだから」
ようやく話がまとまり、二人は準備する。
今は配信を中断している最中。
MVを見せている視聴者もいい加減痺れを切らし始めている。
マイクをオンにし、配信を再開する。
「――――こんばんは。雪車引グレイです。と言っても、初めましての人がほとんどだろうね」
《お、音入った》
《こんばんは。戦犯さん》
《初めましてだけどお噂はかねがね》
《どのツラ下げて来たんですか?》
時間を置いて冷静になったのか、視聴者らは落ち着いた口調で怒りを露わにする。
「はは……ある意味今の方が大人気かもね。……本当に申し訳ない。アタシの行動でたくさんの人を傷つけた。不安にさせた。謝っても許されることではないけど……ごめんなさい」
《うん。一生許さないと思う》
《ならなんでこんなことした?》
《帰ってどうぞ》
「……アタシは昔、声を失って配信できなくなった。禄に別れの挨拶もせず、声が治っても戻る勇気も出せずに……。だから今日は、最後の挨拶をさせて欲しい」
冷たい言葉を浴びながらなんとか言葉を発する。
声を震わせながらも、視聴者の言葉から目は逸らさない。
自分が受け止めるべき糾弾だと理解していたから。
(あ……)
けれど、そのおかげで気づくことができた。
「終わらせるのが怖かった。忘れられるのが怖かった……でも今知ったよ。忘れないでくれている人が居るって。見知った名前を見つけた」
《こんな形で再会することになったのは悲しいけど……それでもまた会えて嬉しい》
《一応、元気そうでよかった》
見つけることができたのはたった数人。
もしかしたら膨大な数のコメントに流されただけでもっと居たのかもしれない。
その中でも特に目を引いた名前は……。
(ルナ子)《今までありがとう》
ふと隣を見れば、携帯端末で配信を見ているルナが居た。
彼女もまた一人の視聴者として最後を見届けてくれた。
「ああ……今までありがとう――――」
長い間言えなかった別れの挨拶。
ようやく雪車引グレイは終わりを迎えることができた。
そうして区切りがついたところで、二人はマイクの前を交代した。
「さて。無事挨拶も済んだところで……そろそろ終わらせよっか」
《終わりって、配信を? それとも……》
《やっぱりアルさんも辞めてしまうん……?》
「そうだね。雪車引グレイと導化師アルマは罪を犯した。ファンを、仲間を惑わし、ブイアクトの名前に泥を塗った。その罪を償うため……両名は責任を取るためこの世界を去ります」
誠心誠意、畏まった様子で今後の対応を話す。
コメント欄が悲しみに明け暮れる。
「…………だけじゃ、ちょっと物足りなくない?」
その空気を塗り替える、道化の笑み。
《……え?》
《流れ変わった? ……のか?》
「だってこれじゃ炎上騒ぎにガソリンだけ撒いて逃げるようなもんだしさ。そんな大罪人には禊が必要だと思わないかい?」
《制裁の次は禊?》
《これ変なこと企んでるときの声だ……今はむしろちょっと安心する》
《導化師殿、今度は何を魅せてくれますか?》
「ここに宣言します――――新たな配信チャンネルの開設を! 活動方針は禊。クソゲーホラゲー鬼畜ゲー耐久、筋トレ大食いなどなど苦行配信なら何でもござれ!」
「二人の活動はここで終わり。罪を背負いし者の行き先は当然地獄。我々は氏を捨て新たな存在として……皆様から罰を受けるためだけに配信者を続けます」
アルマに続いてグレイも説明に加わる。
これからは罪を償うため、共に配信活動すると。
ただし苦行企画は単なる体裁。
彼女ら、特に雪車引グレイにとって一番の罰は……表舞台に立ち続けること。
その声を聞くたび人々は思い出し、彼女らを中傷し続ける者もいるだろう。
見世物になり続け、人々の声を受け止め続けること。それがアルマの提案だった。
「ただし! 私達はあくまでエンタメ世界の住人、皆様を楽しませる配信しかするつもりはないので悪しからず。辛いはスパイス、苦しいは栄養、でも胸糞はNG! 皆様の日々に程よい愉悦をお届けしましょう!!」
《ちょっと面白そうなの腹立つw》
《いいじゃんw絶対見に行くわw》
《茨の道だろうなぁ……けど配信続けてくれるならええか……》
《貴女の進む道ならどこまでもお供しますよ。アルさん》
突然の発表にコメント欄は賛否両論。
それでも一番多かったのは、活動終了が撤回されたことへの安堵の声。
「この導化師……もとい、ただの道化となったアルマさんにお任せあれ♪」
そうして四条ルナによる暴露から始まった騒ぎはその日の晩に終結。
二人の配信者の終わりと、新たな幕開けの宣言で決着した。




