第122話 忘れられない名前
◆
昔から人の声を聞くと、その人の考えてることがなんとなく分かった。
どれだけ取り繕っても「あっ今なんか企んでるな」、「今ちょっとイラッとしたな」って。
声色から感情が見えるというのか、そんな特技があった。
グレイを推すことに決めたのも彼女の儚さを感じ取ってしまったから。
どこか人生を諦めかけてるような、それでも必死に足掻いて生きてる感じが堪らなく応援したくなった。
導化師アルマとして活動を始め、この特技でブイアクトのメンバーも導いてきた。
グレイのような悲しい終わりを迎えないように。
そうして活動9年を過ぎた頃、一人の少女と出会った。
デビューするか検討中とのことで、配信裏を見せようと部屋に招いた。
最初はちょっとの違和感だった。
不思議な雰囲気な子だなと、声を聞いて思った。
でも彼女の特技を聞いてから違和感は確信に変わった。
自分の声を真似られたとき、彼女の心に壁が生まれるのを感じた。
すぐに理解した。この子は声だけでなく、心情まで映しているんだと。
そして演じる期間が長いほど壁は分厚くなる。
いつか1つの人格と呼べるまでに成長し、本当の自分を見失ってしまう恐れも……。
何故そこまで理解ったか。
それは私を真似ているときの壁がまだまだ薄っぺらかったから。
そしてその奥、素の彼女の声にも同種の壁を感じたから。
分厚すぎて、最初は壁と認識できなかった。
(危うい子だなぁ……)
底が見えない少女に少しだけ不安を感じた。
彼女のために何かしてあげられないか。
一つだけ思いついたのは、可能な限り導化師アルマを投影させることだった。
演じるほどに人格として大きく成長するのなら、彼女の中の導化師が彼女自身の救いになるかもしれない。
そう思い、10周年ライブの共演を提案した。
まさかその提案が……彼女の本質を表面化させるきっかけになるとは思わずに。
彼女は私に代わってハイエンドピエロのパフォーマンスをやり遂げた。
私が不甲斐ないばかりに、そうさせてしまった。
「グレ……社長は、あれ見てどう思った?」
その事実を知って、私はすぐに聞いた。
今ブイアクトが抱えるもう一つの問題、その張本人に。
【? 何が聞きたいのかわからないが、良かったのではないか? おかげでライブは無事成功に終わった。導化師アルマの面目は保たれたのだから】
「……ふーん」
灰羽は平然と答えた。
その回答を聞けたおかげで、見切りがついた。
(ああ……私じゃなくて良いんだ。導化師アルマであれば誰でも。……やっぱり導化師が居る以上、アナタは変われないみたいだね)
灰羽の目を覚まさせるには導化師を終わらせるしかない。
それが決断の一助となった。
今回起こった問題、その根本を正す手段にしようと。
(ツムりん。君が救いのつもりで差し伸べてる手、棘だらけだよ? 自分の居場所を奪われるのがどれだけキツいか……君にはわからないんだよね)
その特技を売りにしている以上、彼女は演じ続けるのだろう。
色んな人を演じて、彼女の中で成長し続ける。
個性の強すぎるメンバー達が彼女の中で主張し始めたら、いつか彼女は壊れてしまうのではないか。
(ファンに謝ることすら許されない罪悪感、これならライブが台無しになった方がずっとマシ……善意なのが余計に質悪いよ。恨ませてもくれないんだから。それが理解できないなら……やっぱりダメだね。君はこれからも間違い続ける)
方針は変わらない。
導化師アルマはいずれ表舞台を去る。
しかし、そのためには不穏分子が2つある。
(今回は私のせいで君にきっかけを与えてしまった……その責任は取るよ。せめて他メンバーに被害が出ないように……。元より、導化師で居続けるのも誰かさんのせいで限界だったしね)
1つは灰羽メイ、彼女に辞めると告げればどんな手を使ってでも阻止してくるだろう。
最悪会社を潰してでも……。
しかし現状を維持しつつ準備するとなれば、もう一つの不穏分子が肥大化し始める。
異迷ツムリ、彼女が今まで通り活動を続ければ、彼女の中の様々な人格が成長し続ける。
ならどうするか。自分が辞めた後も彼女を導く存在が必要だというのなら……やはり彼女の中の導化師アルマを何より早く成長させるしかない。
……散々考えたけど、きっとこの選択も間違いなんだろう。
でも……自分自身もう限界だ。
壊れゆく友を見るのも、一人の特異点と共に歪んでいく仲間たちを見るのも。
終わる前にせめて……導化師は間違いと共に去ろう。
"私"はもう誰も導かないし、誰の思い通りになるつもりもない。
意思表明のためにも、こう紙に書き残した。
『導化師アルマはもう誰も導けない』と。
◆
◇
四条ルナはいつだってアタシを肯定してくれた。
対面する前、視聴者と配信者の関係性のときも。
対面した後、共に活動していたときも。
アタシが活動しなくなった後、導化師アルマになってからも。
雪車引グレイを推し続けてくれた。
アタシが忘れられることを恐れたから。
彼女はずっと忘れないでくれた。
彼女はずっと忘れさせないでくれた。
雪車引グレイの存在を、世界に繋ぎ止めてくれていた――――。
そんな彼女の部屋に侵入する。
導化師アルマのライブ配信現場へと。
「アルマっ……!!」
「ストップ。それ以上近づかないで。……みんな驚かせてごめんね。ちょっとお客さん来ちゃって、紹介したいところなんだけど……」
凄まじい剣幕で迫る灰羽を見ても、ルナは平静を崩すことなく対応する。
一瞬振り返った視線を元に戻し、パソコンの操作を再開する。
「せめてこれだけ先に済ませよっか。全部振り返りきれなかったけど……偽物のアーカイブ、過去5ヶ月分は一括削除で」
「っ!? やめろっっ!!」
「遅いよ。今更声上げても」
手を伸ばし、触れるよりも先に操作を終えた。
画面が更新され、対象の動画がまとめて消滅する。
「あ、あぁ……」
静止が間に合わず、膝から崩れ落ちる灰羽。
偽物も本物も関係なく、導化師の軌跡にこだわる滑稽な姿。
跪く女を見下ろし、手を差し伸べ、明るく話し始める。
「それでは! 遥々リア凸してくれたゲストにインタビューしていきましょうか♪ これよりご紹介しますのは弊社レプリカの最高責任者でございます。さあ、お名前をどうぞ?」
「……灰羽メイ」
《誰かと思ったら社長!?》
《怒鳴り声聞こえたからちょっと心配だったけど社長なら安心……なのか?》
《あれ? なんかの記事で声が出ないって見た気がするんだけど、治ったのか?》
《いや灰羽社長って言ったら……ハイエンドピエロの作詞者……》
《あのMV見て歌詞の意味も考えると……一番ヤバい人の可能性あり?》
来訪者の正体を知った視聴者は別の意味で盛り上がる。
全てを知ったからこそ、灰羽がここに来た理由を邪推してしまう。
「アナタはどうしてここに?」
「君が……アーカイブを消すなどという奇行に走ったから……そんなことは誰も望んでいない」
相手の精神状態を気に掛けることもなく無理矢理喋らせる。
これまでの導化師アルマからは信じられない行動。
「望まれなくても制裁は必要なんだよ。導化師アルマはそれだけのことをした。だからこのチャンネルはもう終わりなの」
「勝手に終わらせるなと言ってるんだ!!」
我慢の限界に達し声を荒げる。
最初から願い続けていることを、弱々しく吐く。
「アタシはただ……導化師を続けて欲しいだけなのに……」
縋るように伝える。
そんな彼女を見て、四条ルナは……。
「勝手にキレないでくれる? ――――怒りたいのは私の方なんだけど?」
「っっ……。ごめん、なさい……」
口調も声のトーンもいつも通り。
なのに……寒気がするほどの圧。
それは目の前の灰羽だけでなく、視聴者にも届いた。
「質問にだけ答えてね。まだアーカイブ消すだけに留めてるけどさ、本当のこと言わないと全部壊すよ?」
「……はい……」
《え……アルさん……?》
《こんな導化師初めて見た……ガチで怖い》
「じゃあ続きから。アナタはなんで導化師アルマを続けて欲しいの?」
「だってアルマは……グレイの後継者で……」
《グレイって雪車引グレイ? 社長とどんな関係なんだろ?》
《いや……この声どう考えても……》
《気づく人の方が少ないわな……10年前の動画とか見てる人の方が珍しいし、声と音質も多少変わってるし……》
度々呼ばれる名前、雪車引グレイ。
それは10年以上前の存在。
動画こそ残っているものの、その声を聞いたことがある人間など導化師アルマのファン数からすればごく僅か。
「うんうんそれで? アルマを辞めさせないためにアナタは何をした?」
「何って……」
「ああ、多すぎて迷っちゃった? じゃあ順番に行こうか。5周年ライブから……答えられるよね?」
「っ……」
ルナは淡々と質問し続ける。
灰羽はそれに答えることしかできなかった。
「……ハイエンドピエロを書いた。君が導化師を辞められなくなるように……」
「うん。呪う気満々の最低な歌詞だったね。じゃあ10周年ライブ」
「……セトリの最後に、ハイエンドピエロを捩じ込んだ」
黙ることすら許されない。
まるで催眠にでもかけられたかのように、全て素直に答えてしまう。
「私が最初に導化師アルマを辞めようとしたとき」
「……引退できないよう、アカウントを取り上げた」
「ツムりんに?」
「……代役を頼んだ。……断れなくなるよう、彼女の善意に付け込んだ」
《うわぁ……》
《薄々気づいてたけどやっぱアンタなのか……》
《これは流石に疑う余地すら……》
視聴者もようやく認識し始める。
嘘が飛び交い続けていた問題、その真実を。
「ホントはまだまだあるけど、一旦このくらいにしとこっか。それで? これ全部誰のためにやったの?」
立て続けの質問に区切りがつき、ルナはまとめに入る。
「導化師アルマに、ずっと輝いていて欲しくて……」
「……あのさー。建前とかもういらないんだって。なんで導化師アルマを辞めさせたくなかったの?」
追い詰められた精神状態で、か細く声を発する灰羽。
「アタシの、こと……忘れないで、欲しくて……」
まるで弱者。誰にも同情されない哀れな人間。
そんな彼女に冷たく言い放つ。
「じゃあ自分でやりなよ。声ももう出るんでしょ?」
こんなに問い詰められているのに、未だに信じられなかった。
目の前の彼女が、10年以上付き合い続けてきた人と同一人物だなんて。
(これが本当にあの導化師アルマ? グレイを推し続けてくれた……四条ルナなのか?)
「私はもう導化師じゃない。だから誰も導かない。グレイの手を引くこともない。だから、この先は自分で道を切り拓きなよ」
笑顔で敵を押し潰す圧倒的強者。
そこに人々を導くカリスマの風格は欠片もなく、ただ見る者全てを恐れさせる。
「では最後の質問。アナタのお名前は?」
最初と同じ質問。しかし求められている答えが違うのは明らかだ。
灰羽は回答に詰まる。
散々自分の罪を告白してきた。
視聴者からすれば、最早今回の元凶が自分であることは明白。
だからこそ、今その名を口にすれば全てのヘイトがその名に集中する。
嫌だ。今すぐ逃げたい。しかし逃げられない。
ただ視線を向けられているだけなのに。
それだけで彼女は……人の意を思いのままに誘う。
「雪車引……グレイ……」
言わされた名前。
その名は人々の心に深く刻まれた。
ああ。これでもう忘れられることはないのだろう。
これからは……悪名として世界に知れ渡る。




