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第121話 罪人の制裁

「……お久しぶりですわね。アルマ」


 ロカ・セレブレイトによる会見配信に凸してきた人物。

 今回こそ正真正銘、本物の導化師アルマ。


「はいおひさー。で? なにこれ?」


 彼女らしくない怒気をはらんだ口調。

 それは理想の導化師を演じるつもりはもうないという意志の表れなのか。

 どうやら会見第二部は言葉の殴り合いから始まりそうだ。


「何と言われましても。ありのままの真実を語っているだけですわ」

「いやいや嘘っぱちもいいとこだけど!?」


《嘘なのか……? どこからどこまで……?》

《もうこの際全部嘘って言ってくれ……嘘でもいいから……》


 視聴者の悲痛な訴え、我々の都合で多数の人間を振り回してしまい申し訳ないことこの上ない。

 アルマはそんな彼ら彼女らの声も気にせず無情に語る。


「全部アタシのワガママ。だから悪いのは全部アタシ一人。それが全てだよ」


 根拠もなく自分が正しいと主張し合うだけ。

 なんて不毛な議論か。ため息が漏れ出てしまうほどに。

 

「はぁ……いつまでも推しを責められない。全肯定オタクの悪いところが出てますわね。そうやって甘やかし続けるから化け物が生まれるのでは?」

「っ……」


 結局のところ元凶を語るには役者が足りない。

 その役者は普段表舞台に立たない会社のトップ。

 アルマにとっては今も推しの、過去の存在。


「貴女も引退を宣言するつもりでここに来たのでしょう? ならどちらの言うことを真実にしても、メンバーが一人辞めるという結果は変わりませんわ」

「……ならアタシでもいいじゃん。ロカちんも辞めたいの?」

「そんなわけないでしょう。続けられるのなら一生続けますわよ」

「だったら……!」

「ここまで言ってわかりませんの? それ以上に辞めて欲しくないって言ってんですのよ」


 いつまでもネガティブな推しに、真っ直ぐに言葉をぶつける。


「推しにもう一度笑顔になって欲しい。そのためならなんだってする。貴女もそうでしょう? 10年も支え続けてきて……それで? 貴女の推しは応えてくれたんですの?」

「……痛いとこ突くなぁ」


 散々見続けてきた2人の歪な関係。

 導化師アルマが選択を誤るのは彼女と絡んだときだけと言ってもいい。

 でも別に言い負かしたいわけじゃない。


「アルマ。貴女は相変わらず自分の気持ちが一番理解できてない。他人の心に取り入るのは上手いくせに」

「……そうかもね。自分がしたいこととかあんまりわかんないや。でも騙したままとか……曲がったことだけは許せないからさ」

「なるほど……じゃあどうしますの? このまま平行線というわけにもいかないでしょう。もちろんワタクシも引く気はありませんが……」


 どちらの言い分が正しいか決めても、悲しい結果には変わりない。

 そんな2択を迫られたとき、導化師アルマならどうするか。


「それとも貴女なら、今の2択以上に皆を納得させられる真実を提示できるとでも?」


 新たな道を切り拓くしかない。

 そもそも今ある選択肢は既に視聴者らに疑念を抱かせてしまった時点でどちらも使い物にならない。


 正しい道を、正しい歩み方で先導する。

 導化師アルマを名乗るからには最後まで全うしろと。

 そう訴えかけるつもりで聞いた。


「…………ホントに今日意地悪だね」

「ワタクシはいつも通りですわよ。そう聞こえるのは貴女の心持ちでは?」

「まだ刺してくる? 死体蹴りはマナー悪いよ?」


 やがて観念したように音を上げるアルマ。

 ロカを納得させる答えを出すまで終われない、そう悟ったのだろう。

 本当の真実を語ること、その上でどう責任を取るか。


「そこまで言われたらやるしかないか……配信枠立てるから待っててよ」

「いいでしょう。見届けます。……皆様申し訳ございません。会見会場を改めますわ。次の会場、導化師アルマのチャンネルで準備が整うまで少々お待ち下さい」


《もう何がなんだか……》

《結局どれが真実? って聞いても、当事者の言うことが全てだもんな……》

《……どんな結果でも最後まで見届ける。でもこれ以上悪い結果にするのは勘弁です……》


 話が二転三転とし疲弊する視聴者ら。

 夕方の電撃告白から始まった長い夜はまだ終わらない。







 同時刻。全てを社長室から見ていた灰羽もまた視聴者と動揺に混乱していた。


【ロカ……どういうつもりだ】


 ロカに頼んだのは導化師アルマを引き止めること、その代償に社長の地位を捨てることになっても構わないと伝えた。


【ここまでやれとは言っていない。こんなことしたらルナが黙ってるわけないだろう。それは君が一番よくわかってるはず……】


 しかし彼女は自身の地位を犠牲に選んだ。

 騒動と無関係のタレントに影響が及ぶと分かれば、導化師アルマは黙っていないと理解っていながら。


【どこまでも思い通りにならない。食えない女だ】


 恨めしく思いながらも、彼女は既に配信を閉じてしまっている。

 そして間もなく、導化師アルマのチャンネルから立てられた配信枠が開始した。


【いったい何をする気なんだ……ルナ】


 全員が納得できるよう導く。そう宣言して立てられた配信。

 真実を語るのなら自分を引き合いに出すしかない。

 いや、この際それでもいい。導化師アルマが変わらず活動してくれるなら……。


 淡い期待と嫌な予感が入り混じる。

 そんな心中で緊張しながら、アルマの第一声を待った。


「皆様こんあるま~! ……なんて、今更テンション上げても無駄か。さっきぶりです」


《まあ……そうね》

《アルさんもロカ様もやめてしまうん……?》


「あー……みんな混乱するよね。突然とんでもない告白して、その数時間後に別のメンバーが辞めるって言い出して、勝手に内輪モメして……ホントにごめんなさい!」


《あ……いつものアルさんだ。よかった……》

《ちょっと安心したけど、今までの話も嘘ではないのよね……》


「よし。一旦現状整理しよっか。アタシ一人の言葉じゃ信用できないかもしれないからさ、ロカちんとの共通認識をベースに話そう」


《あ、それはちょっと助かる》

《うん。よろしくお願いします》


「問題は2つ、アタシが病んで活動を続けられなくなったことと、その間ツムりんが代役を務めてしまったこと。ツムりんに騙され続けてたって思う人が多いかもしれないけど、できれば責めないであげて欲しい。何度も言うけどあの子は頑張ってくれただけだから。ロカちんが言ってた通り、他の人に強要されただけ」


《2人がそこまで言うなら……まあ》

《そりゃ騙そうと思ってやらんよなぁ。変なだけで根は優しいし》

《うーん……ちょっと割り切れないかも……》


 2人は何度もツムリを庇っている。

 しかし実際に視聴者らを謀った張本人、どうしても意見は割れる

 許しを請うだけでは中々人の心は動かない。

 それこそ明確な敵が居れば導きやすいのだが……。


「じゃあ誰に強要されたのか、これはアタシとロカちんで意見が食い違った部分だから一旦保留かな」


 不毛になりそうな話は手短に振り返り、話を進める。


「さて……ここまで整理したけど、結局のところ"導化師アルマ"が問題を起こしたってことには変わりないんだよね。何をしても信用が戻ることはない、取り返しのつかない失態……アタシとしては活動継続するしないに関わらず、制裁を加えるしかないと思ってる」


《まあ……今まで通りってわけにはいかないかもね……》

《別に幸せに生きてるとこ見せてくれればそれだけで良いんですよ……?》


「……というわけで。制裁第一弾、今この場でやっちゃおうと思います!」


《え今? え、今!?》

《待て待て待て何する気だ!?》


 制裁という強い言葉に取り乱す視聴者ら。

 それを見ていた灰羽も、嫌な予感が最高潮に達していた。


「最終的な話になるけど、いずれこの導化師アルマの配信チャンネルは停止させます。アタシは500万人を超えるファンを裏切った。活動を続けるとしても、このチャンネルはもう使えない」


《あー……》

《うん……アルさんがそう決めたなら》


「でね。ホントならチャンネルごと削除したいところだけど、MVなんかは権利的にアタシだけのものじゃないからね。その代わり……配信アーカイブは今ここで全部消します」


《アーカイブ消す!? 今!?》

《……ときどき見返してるんだけどな》

《キッツいなぁ……》


 配信アーカイブ。つまりMVなど編集してアップロードした動画ではなく、ライブ配信を行った履歴動画。

 ほぼ毎日、10年間配信してきた。

 膨大な数の動画、中には記念ライブなども記録されている大切な思い出。

 それが消えると伝えられショックを受けるファン達。


 そして誰よりも取り乱したのは、導化師アルマと生まれる前から関わってきた女。


(……は?)


「止められてもこれだけは絶対やるよ。導化師アルマは道を間違えた。誰もこの道に迷い込んでしまわないように、この道しるべは残しちゃいけない。アタシが活動を続けるにはまた1から……いや、マイナスをゼロに戻すところから始めなきゃいけないんだ」


 動悸、息切れ、頭が理解を拒む。

 パニックになり画面に手を伸ばす。

 当然動画が止まるだけで実際の彼女は止まらない。


(待て。やめろ……それだけは……)


「じゃあ手始めに最近の配信、偽物の記録から……」


(導化師アルマは雪車引グレイの……それを消してしまうと……グレイを繋ぎ止める10年の歴史が……)


「えいっ」


(っっ……!!)


 1つ目の動画が消滅するのを見て、体が勝手に動いた。

 部屋を飛び出し、屋外に出てタクシーを捕まえる。

 車内に飛び乗り、行き先を伝えようとする。


 しかし焦って出てきたから持っているのは配信中の画面が映された携帯端末のみ。

 長い間、会話はずっと指先でしてきた。

 今はとにかく時間が惜しい。

 頭で考えるより先に、喉が震えた。


「っ……運転手! 今から言う住所まで!!」


 久々に声帯を開いた相手は、名も知らぬタクシー運転手だった。

 配信を見ながら移動し、車内で待つ。

 ……永遠にも思えるほど、待ち時間は長く感じた。


 アルマは一つ一つの配信を振り返りながら削除する。

 消滅するたび痛む胃、生まれる喪失感。

 やがて過去5ヶ月分のアーカイブが消えかけた頃、ようやくアルマの家に到着した。


 会計を手早く済ませ家の前に立つ。

 インターホンを鳴らす。しかし家内に動く気配がない。

 恐る恐るドアに手をかける。鍵は空いていた。

 侵入し、人の気配がする部屋まで向かう。


 重く閉ざされた配信部屋。

 迷う間もなく、勢いよく扉を開く。


「やめろ!! アルマ!!!」


 部屋中に響く声。それをマイクが拾い、全世界に発信される。

 カメラと向き合っていた彼女はゆっくり振り返り、静かに笑った。


「――――おかえり。グレイ」


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