第120話 ロカ・セレブレイトの緊急会見
◆
「では次のましゅまろを読んでいきましょうか」
ロカ・セレブレイトは過去を想起していた。
これまでの活動、ファンとの交流を。
「『無駄な時間と分かっていてもゲームをしたいと思ってしまいます。どうしたらやめられますか?』と。なるほど……別にやめなくて良いんじゃないですの?」
《質問読まれた! ありがとうございます!》
《ほう。ロカ様はゲーム否定派だと思ってた》
《これは回答気になる》
「やる気は大切な原動力ですわ。人間は良くも悪くも欲望に忠実。それを都合よくコントロールできたら全員有名大学に入れますわね」
《極論すぎるけどそれはそうw》
《人間も所詮は欲望の獣よ……》
「ならやりたいと思えるもので力をつければ良い。人気ゲームには人気の理由がある。面白いと思わせる企画力や独創的発想。人の人生観を変えるほど魅力的なキャラクター。世間に売るためのマーケティング。作品は誰かが人生を賭けて作った叡智の集大成であり、教材として不足はありませんわ。必要なのはメタ的視点。ただ楽しむだけでなく何が楽しいのか、優れた点を言語化し己の知識として身につけなさい。何より感情の言語化ができるようになれば精神強度と論理的思考が育ちますわ。……と、少々語りすぎましたわね」
《めっちゃ真面目に答えてくれるじゃん》
《ロカ様の配信も学べること多くてつい見ちゃうのよ》
「まとめましょうか。大切なのはやる気を無駄にしないことと、物事に臨む姿勢。取り組むときに何を考えるのか、最も愚かなのは思考を放棄することですわ。相談者の方、それに今共感してくださっている皆様。貴方達は素晴らしい人間ですわね。弱さを克服しようと悩むことができる向上心――――そんな気高き心を持つ貴方達なら、きっとできますわ」
《ロカせんせぇ……(´;ω;`)》
《クソ真面目な人に褒められるのクソ気持ちいい》
《ガチで尊敬してる。大好きです》
自分でさえ多くのファンに愛されている。
導化師アルマならなおさらだ。
だというのに今の状況は……。
居なくなるだけならまだしも、愛する人に失望しなければならないなんて。
そんな裏切り、考えただけでもおぞましい……。
四条ルナ。彼女は推しを失う痛みを知っているはず。
だからなのか。同じ想いをして欲しいのかもしれない。
己の無念を託し、導化師アルマに執着し続けてきた人間に。
それに、全てのヘイトを自分に向けているのは自己犠牲のつもりなのだろうか。
ブイアクトという、己が導いてきた推し達を守るために。
だが犠牲と言うのなら、悲しんでくれる人たちもその一部だ。
何故自分のファンに目を向けない。
半年離れて代役に任せただけで、自分にファンはもう居ないとでも思っているのか?
少なくとも、今ここに一人居る。
ロカ・セレブレイトは導化師アルマのファンであり、推しであり、友人。
だからワタクシが伝えるしかない。
今のワタクシの気持ちを……教え説くしか。
◆
◇
その夜、SNSにて告知された。
『30分後、緊急記者会見を執り行います』と。
発信者はロカ・セレブレイト。
今世間を騒がせている問題と、日頃から真面目過ぎる人間からの告知。
その会見で何を話されるのか予想するのは難しくなかった。
たった30分のリードタイム、それでも拡散の勢いは凄まじく、配信の待機者が10万人を超えるほどの注目を浴びた。
《記者会見って……やっぱりあの話?》
《ロカ様だし流石にネタにしたりはしないだろうけど……だからこそ不安でもある》
《アルさん来るかな?》
《正式な会見なら流石に公式チャンネルでやるよね。なら今回のはロカちんのお気持ち表明ってこと?》
様々な憶測が飛び交うコメント欄を見る。
自分の一言一言が注目される、そんな配信になるだろう。
「すぅ……」
深く息を吸う。
これほどの緊張感を味わうのはいつぶりか。
恐怖に近い感情。
犯していない罪の断罪を待つ人間の気持ち。
「…………始めましょうか」
それでも、覚悟はできてる。
どんな非難も真摯に受け止めてみせる。
心を強く持って、配信開始のボタンを押す。
「ごきげんよう。ブイアクトを常日頃から応援いただいている皆様。本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。1期生……および、株式会社レプリカの役員を務めさせていただいております。ロカ・セレブレイトと申します」
《ごきげんよう。いつにも増して厳かですね》
《役員の肩書まで……一体何話すつもりなんだろ……》
《アルさんの言ってたこと本当なんですか?》
《アルマちゃん居なさそう? 何話すんだろ》
アルマの存在を気に掛ける視聴者達。
全ての質問に答えたい気持ちもあるが、それでは話が進まない。
「本日の会見について。質疑応答は最後に時間を取りますので、まずはワタクシの話に耳を傾けていただけると幸いです」
《承知しました!》
《ロカ様のペースでお話ください(_ _)》
いつも以上に様々な人が見に来ている。
牽制しても構わず質問する人なども居たが、普段見に来てくれているファンのおかげでなんとか秩序は保たれている。
これなら気にせず自分の話に集中できそうだ
「まずは事の発端から。本日夕方、弊社タレントの導化師アルマより発信されたお報せについて……全て事実です。導化師アルマ本人が最後に表舞台に立ったのは500万人耐久配信。以降は同じく当社タレントの異迷ツムリが代役を務めていました」
《事実なんだ……》
《まだ半信半疑だったから断言されるとね……》
「導化師アルマを応援いただいている皆様にご不快な思いをさせてしまったこと、心より謝罪いたします」
《なんでロカ様が謝るんだろ……真面目な人が割食う世界》
《貴女に謝られても……》
折角の謝罪の言葉も受け入れられない人は多数居るようだった。
「他に謝罪すべき人間が居るのでは?」そんな空気が漂ってくる。
彼らにはこの配信も問題とは無関係な、責任者気取りの人間による形ばかりの謝罪会見だと思われているのだろう。
だからこそ、ここでその空気を変えさせてもらう。
「……皆様は、何故このような事態に発展したと思われますか?」
《何故って言われても……》
《それを知りたくて聞きに来たんですが》
問いかけてみても答えられる者など当然居ない。
むしろ聞きたいのはこっちだと。
しかし真実を知りたがる体を装っているが、実際に欲しているものは異なる。
彼ら彼女らが本当に欲しいのは……自分を納得させる理由だ。
「経緯を説明しましょう。最初の入れ替わりは10周年ライブ。最後の曲を披露する直前でアルマ本人が倒れ、側に居たツムリが現場判断で代役を務めました」
《うん。MVもそうなってた。正直そこから信じられないけど》
《最高に盛り上がってたのにね……あのハイエンドピエロ》
《その判断は間違ってる。……けど、緊急対応で起きたトラブルならギリわからなくもない》
突如知らされた問題、推しにまつわる不祥事。
推し自身は自分が悪いと言うものの、彼女を嫌う決定打にはなり得ない半端な答え。
視聴者達はそんな先行き見えない状況が不安なのだろう。
推し続けたいのに「まだ推してるのか?」と否定される未来が怖い。
いっそ辞めてしまいたいのに「お前の愛はその程度だったのか?」と過去を否定されるのが怖い。
自分の推し活を否定されることに、怯えているのだ。
「そして次に目覚めたアルマは皆様を騙したことで自責の念に駆られ、引退を決断しました。元々心身ともに憔悴していたこともあり、限界を感じていたようです」
《あー……ね》
《アルさん……悲しいけど、そこで終わってた方がまだよかった……?》
《ならなんで辞めなかった?》
選択を迫られる理不尽な状況。
そんな理不尽を理不尽じゃなくする……自分を納得させるための答えを視聴者は欲している。
何を知れば納得するのか。
当然成り行きなどという曖昧な答えでは納得しない。
必要なのは……敵の存在。
推しが辞めることになったのは誰の責任なのか。
「そこでアルマを引き止める者が現れました。もちろん彼女は表舞台に立つことを拒否。そのためその人物は……導化師アルマの持つ全てのアカウントを差し押さえ、引退宣言を物理的に止めました」
《え……ちょっと強引過ぎないか?》
《止めてくれるのは嬉しいけど……》
敵として据えるのに適任の人物が居る。
彼女の行いは他者から見れば明らかな悪。
導化師アルマと異迷ツムリ、その他タレントにも精神的負担を強いてきた人物。
「その者は異迷ツムリに代役を指示しました。導化師アルマを終わらせないでくれ、と」
《それは流石に……》
《普通に許せそうにない》
《そんなこと誰が……?》
しかしアルマは彼女の存在を隠し、自分が悪いのだと断言した。
守りたかったのだろう。かつての推しが嫌われるのを見たくなかったのだろう。
それをロカから公表してもアルマの反感を買うだけ。
辞めさせる後押しになるだけ。
ではどうすれば彼女の意思変えられるか。
「彼女らを使い潰した諸悪の根源、全ての元凶。その正体は……」
導化師アルマは不誠実を嫌う。
10周年ライブ直前、身を削ってまでグッズにサインを描いたように。
今回のように炎上すると分かっていて、それでも事実の隠蔽に反対したように。
彼女を動かすには、否定せざるを得ない不誠実が最も効果的である。
彼女を止められるのならなんだってする。
例え……己の未来をベットしてでも。
「――――ここにいるワタクシ。ロカ・セレブレイトですわ」
《…………ん?》
《は!? なんで!?》
《え? いや、え? 冗談ですよね? 冗談だと言ってくれ。お願いだからマジで》
慌てふためく視聴者ら。
どうやらこのカミングアウトは予想できなかったようだ。
ここまで話してきた黒幕の行動と、普段のロカ・セレブレイトの印象が違いすぎて。
「信じたくない気持ちは分かります。しかしワタクシはどうしてもアルマを止めたかった。友としても……会社の利益のためにも。知ってましたか? ワタクシお金が大好きなんですの」
《ロカさん……なにも笑えないよ……》
《正しい人だと思ってたのに……失望しました》
失望。その言葉が深く突き刺さる。
口を開くほどに視聴者らの反応の色が大きく変わっていく。
(ああ……やっぱり簡単ですわね。嫌われるのって)
嘘の告白を信じられてしまった……いや、信じてもらえた。
ファンから嫌われるのは初めてではないが、最早全てを失ったような感覚にさえ陥る。
それでもまだ諦められない人間も居るようで……。
《……信じませんよ》
《嘘だと言ってくれ……ロカ様……》
見知った名前を見て、心が苦しくなる。
……確かに、引退するのなら嫌われた方が楽なのかもしれない。
しかし、だからこそ許せない。
ファンを苦しめて自分だけ逃げて楽になろうだなんて。
(貴女もそう思いませんの? どうせこの配信も見ているのでしょう?)
「この不祥事の責任を取るためにも……ワタクシ、ロカ・セレブレイトはここに引退を表明します。会社としても不祥事の隠蔽に加担した事実を重く受け止め、組織を立て直しますわ。……この度は本当に、申し訳ございませんでした」
《ああうん……そうね……》
《え無理……ホントに無理……》
《今までなら絶対引き止めてたけど……俺どうすればいいのかわかんないよ……》
全体的にコメント数も減り、ロカを惜しむ言葉は少数。
そろそろ引き伸ばすのも限界だろう。
そう思った頃、メッセージアプリの通知が届いた。
(よかった……やっと釣れた)
この配信の裏の目的を達成し、ひとまず安堵する。
おかげで会見は次の段階へと移行できる。
「それでは質疑応答の時間に入りますが……どうやら既に一人目の質問者が来ているようです。折角ですし、ここで話して貰いましょうか」
一人目の質問者はちょうど今メッセージを送ってきた人間。
ただ一言、『繋いで』と。
彼女のことだ。こちらの目論見を理解した上で連絡をくれているのだろう。
指示の通り通話を繋ぎ、音声を配信に乗せる。
「――――デタラメだらけの会見会場はここかな? なーに勝手なこと言ってるのさ。ロカちん」
《アルさんの声!》
《なんとかして欲しい……けど、今の導化師に期待して良いのか……?》
《そもそも本物……?》
「……お久しぶりですわね。アルマ」
通話相手は正真正銘本物の導化師アルマ。
疑心溢れる舞台に、彼女を引きずり出すことに成功した。




