第119話 導化師のシナリオ
たった10分のライブ配信アーカイブ、視聴回数は見る見る伸びてゆく。
SNSのトレンドに導化師アルマ、異迷ツムリ、偽物がランクインした。
そんな配信を見て、大きくため息を吐く。
【ルナ……どうして……】
社長室。頭を抱える灰羽メイ。
そんな彼女に淡々と報告する女性が一人。
「ファンからの苦情や問い合わせ、取引先からの連絡が殺到。対応に追われています……社長。貴女の選択が招いた結果です。如何されますか?」
ブイアクトのマネージャー統括を任せられている円城。
社長に判断を仰ぐのは、社長自身が招いた問題に対しどう責任を取るつもりなのか問いただすため。
無論、灰羽自身その自覚はあるため部下に丸投げするつもりもない。
【……少し考える。公式声明は調整中とでも言って時間を稼いでくれ】
「……わかりました。お早いご決断を」
呆れた表情で嘆息し、円城はその場を後にする。
一人になった灰羽は考えを巡らせる。
世間に知れ渡った大問題。
5ヶ月間ファンを騙してきたという事実。
これは導化師アルマだけでなく、組織の信用に関わってくる。
ブイアクト存続の危機と言っても差し支えない。
しかし彼女が悩んでいるのは、企業の長としてブイアクトをどう守るか……ではなかった。
【……まだだ。まだ現状が知れ渡っただけ、導化師アルマが終わったわけではない。こんな終わらせ方、彼女も黙っていないはず。まずは協力の要請を……】
灰羽の脳内にはなおも、如何にして導化師アルマを存続させるかという考えしかない。
過去に囚われ続ける、妄執の亡霊。
◇
導化師アルマchの配信終了後。
同時刻に配信していたロカ・セレブレイトと、もう一人の"導化師アルマ"。
《え……今の配信マジ?》
《アルさん……じゃ、ないの?》
《えっと……誰?》
溢れる困惑のコメント。
懐疑の視線を寄せられた少女はその重圧に耐えきれず……。
「……ごめん。ちょっと……」
「あっツムリ! 待っ……!」
その言葉を最後に通話終了のSEが鳴り響く。
別れ際、ロカは思わず口を滑らせてしまった。
《落ちたか?》
《というか今ツムリって……》
《ロカ様知ってたのか……そりゃ知ってるか……》
「……皆様、申し訳ございません。事情は後日必ずお話しします。今日のコラボ配信はここまでということで……ごめんなさい」
ただ謝罪し、配信枠を閉じることしかできなかった。
それから考えがまとまらないまま……配信が終わってから一歩も動けずに居る。
四条ルナとは長い付き合いだ。
全て理解できるとは言わないが、これからどう動こうとしているのかくらいは見当がつく。
「……先程の電撃報告から反響を見るため1日様子見。視聴率の取りやすい夕方以降に正式報告。そして……引退宣言、といったところですわね」
この程度のことは容易に想像できた。
筋を通しつつ、ブイアクトへの最小限にするために全てのヘイトを奪い去ろうとすることも。
その心意気自体は認められるべきとすら思っている。
ならこの胸のざわつきはなんだ?
自分は何に納得できていない?
このわだかまりが決着しないまま全て終わったら後悔する。
答えを求めて思考を続けていると、1件の着信があった。
「こんなときに誰が……ああ。貴女は頼ってくるでしょうね。彼女が敵となれば頼れるのはワタクシくらいでしょうし」
相手の名を見て腑に落ちる。
呆れつつ、緊急の連絡であると察しがついたので通話を接続する。
【急な連絡で申し訳ない。ロカ】
「問題ありませんわ灰羽社長。どうせ同じことで頭を悩ませていたことでしょうしね」
ビデオ通話で顔を合わせる。
余程余裕がないのか、挨拶も早々に要件を伝えてきた。
【頼む。ルナを止めてくれ】
「……どうしてそれをワタクシに? 御自分で直接言えば良いじゃないですの」
【はは……私の話なんか聞く耳持たないよ。どれだけアプローチしても無視され続けた。その点君は歴の近いVTuberとして、同じ目線から物申せる】
「随分諦めが早いんですのね。腹割って話したこともないくせに」
【? どういう意味だろうか。通話越しではあるが、一応休止中もずっと会話をしてきたのだが】
「理解できないなら構いませんわ。対話を求めなかった彼女の方にも落ち度はあるのでしょうし」
【……?】
自分よりもずっと長く四条ルナの側に居て、彼女のことを何も理解していない女に呆れ果てる。
嫌味の意味も察せないまま、灰羽は再度頼み込んだ。
【それでどうだろうか。この際私の立場はどうなってもいい。どうかアルマを……辞めさせないで欲しい】
一貫して目的は変わらない。
それほどに一途。四条ルナもさぞ灰羽の思考は読みやすかったろう。
彼女の頭の中には、きっと結末までのシナリオが出来上がっている。
世間の反応まで含め、全て想い通りに導く。
それが導化師アルマのやり方……。
……そうか。
ようやく理解った。自分が何に納得できていないのか。
「良いでしょう。手は尽くしますわ。けれど彼女も抵抗するでしょうから、どのような結果になっても悪しからず」
【ありがとう……頼れるのはもう君だけなんだ。どうか……】
「では急ぎ準備しなくてはなりませんので、これで」
灰羽の願いを了承し、早々に通話を切断する。
そう、今日中に準備しなくてはならない。
四条ルナの考えを変えさせるための策と……心の準備を。
「……うん? 話している間に通知が何件も……」
端末を見れば数十件のメッセージ。
件数の多い順にジュビア、サタニャ、ニオなど多くのメンバーが自分宛てに送ってきていた。
内容は皆同じ。急いでアルマを止めなければ、知恵を貸して欲しいと。
「ふふっ……いつもなら頼る相手はアルマでしょうに。そのアルマのためにワタクシを頼ると……貴女は愛されてますわね」
皆も自分と同じ気持ちのようだ。
そんな彼女らにメッセージを返す。
たった一言、「任せて欲しい」と。
「それにしてもアルマ……随分つまらないシナリオを描くようになりましたわね。誰でも思いつくような凡作……こんな終わりが貴女の望み? 違うでしょう」
彼女の出した答えは自分でも予想できる程度の手。
けど、導化師アルマはいつだって予想を超えてきた。
彼女は逃げたんだ。
体裁の良い理由を盾に導化師アルマを辞めようと、導化師アルマらしくなさを演じている。
「……その筋書き、滅茶苦茶にしてやりますわ」
絶対に逃さない。
導化師アルマの最善を引き出すまでは、辞めさせてやるものか。
◇
配信から逃げた。
衆人の目を恐れて逃げ出した。
けど、どうしても気になって……ちょっとだけエゴサしてしまった。
《導化師アルマの偽物? どうゆうこと???》
《10周年ライブ以降ずっと偽物だったってこと? そんな誰も気づかないことある??》
《5ヶ月前か……確かにそのくらいに導化師の配信少なくなったな》
《偽物? え……普通に応援しちゃってたんだけど。スパチャ返してくれん???》
《偽物の正体って異迷ツムリ? 確かに声真似は凄いけど……マジ?》
《アルさんは助けてくれただけって言ってたけど……異迷ツムリに騙されてたことには変わりないんだよな》
《異迷ツムリ、ね。いつかやると思ってたんですよ……とまでは言わんけど、正直デビューしたときからちょっと怖かった。今? めっちゃ怖い》
大量のネガティブな呟きを見てすぐに閉じた。
この話題に関するワードがトレンド入りしているということは、今見たものは氷山の一角に過ぎない。
きっと想像もつかないお気持ち発言や罵詈雑言が溢れている。
その事実に恐怖し情報端末を全て閉じて、自分だけの世界に閉じこもった。
……否、自分達の世界に。
「……終わっちゃったね。ツムりん」
「そう……ですねぇ……」
心層世界。そこに引き籠もる少女。
ようやく取り戻しつつあった笑顔も今は失われている。
「導化師アルマのチャンネルも、SNSアカウントもパスワード変更されてた。アクセス権限ないと活動のしようもないしね。……アタシ達はもう、導化師アルマでいられない」
「……で、でも。まだ皆に知られちゃっただけでアルマさんが居なくなっちゃうわけじゃ……」
「ツムりん」
ツムリの言葉を途中で遮る。
アルマの姿をした幻想は丁寧に、優しく言葉を掛ける。
「あの人がこれから何をするかなんて、アタシじゃなくても想像つくでしょ?」
「…………」
「わかんない? なら教えてあげ……」
「言わないで!! ……アナタが言ったらぁ、本当にそうなっちゃう……」
勝手なイメージから作り出した幻想とは言え、この5ヶ月間誰にも疑われることのなかった導化師アルマ。
そんな解像度で行動予想されたら、信じるしかなくなってしまう。
「心配しなくても大丈夫。ツムりんのマイナスイメージは最小限にしてくれるはずだよ。少なくとも、アタシならそうするから」
「そんなの……頼んでませんよぅ……」
「……うん。そうだよね」
慰めの言葉も無意味。
現状を覆す手立てがない以上、ツムリが納得することはないのだろう。
掛ける言葉が見つからず黙っていると、携帯端末にメッセージ通知が届いた。
「? あー……一応、今ロカちんからメッセージ来たから読み上げるね」
メッセージの送信者はロカ・セレブレイト。
先ほど逃げ出した配信で共演していた人。
『心配しないで。必ず助ける。貴女のことも、アルマのことも』
「ロカさん……」
先輩からの心強いメッセージ。
その言葉の裏に見え隠れする、四条ルナと同じ自己犠牲の気配。
「なんでみんな……余計なことばっかりするのぉ……」
犠牲なくしては解決しない騒動。
異迷ツムリが納得する答えは存在するのか。
それは本人にもわからなかった。




