第118話 罪の告白
配信前日、社長室での会話。
「姉が復帰してくれるそうです」
【は?】
四条彰は社長室に訪問し、いつもと変わらぬトーンで報告した。
「ダメでしたか?」
【いやダメというか、本気で言ってるのか?】
「本気も何も。元より導化師アルマは姉ですので」
【それはそうだが……随分急な話だな】
悪い印象ではないがどこか信じられない様子。
「……正直なところを言うと、自分の方から少々苦言を。いい加減ツムリを解放しろ、と」
【なるほど……いや、君のマネージャーとしての気持ちも解る。私もルナが戻ってくれるならそれに越したことはない】
なんとか納得してくれたように頷く灰羽。
その様子を見て彰は話を進めた。
「ありがとうございます。ではタイミングを見てパスワードを変更します。一旦ツムリ側の活動を全て停止させる必要がありますので」
【ああ。頼んだよ】
今後の動きを確認し、彰は部屋を退室した。
【……何か企んでいる? ……いや、疑いすぎも良くないか。折角のやる気に水を差すような真似】
突然の報告に疑心を抱きながらも、望んでいたことでもあるためなんとか飲み込む。
【しかしあの子には少々申し訳ないな。散々振り回して、レコーディングも無駄になってしまって】
導化師アルマの代わりを依頼した少女。
どうしたって本物が戻るのであれば役目は終わり。
心の中で謝罪しつつ、事態の好転を受け入れた。
………………。
「姉さん。許可は取った。ある程度期待してくれてるみたいだ」
『そう。よかった』
退室後、誰にも聞かれない場所まで移動し電話をかけた。
通話相手は実姉。話題に上げたばかりの相手。
「……本当にやるんだな? こんなこと誰も望んでないぞ」
『うん。皆を裏切ることにはなるけど……最後に正さなきゃ。導化師としての責任は取らないと――――』
覚悟を決めたように告げ、通話を切られる。
姉の希望通り、社長に話は通した。
嘘の情報半分とは言え、これで注目はしてくれるだろう。
この先の行く末は姉次第……、
「……信じるしかないか。今は」
一抹の不安を覚えながらも、彼女の動向を見守ることに決めた。
◇
配信当日。
久々に配信機材と向き合い、少しばかりの緊張を覚える。
「さて、この配信に被せて言うのか……」
ロカ・セレブレイトと導化師アルマのコラボ配信を眺めながら準備する。
「刺さるなぁ……ロカちんのお説教」
ロカから導化師アルマに向けた言葉。
どうにも画面の先の彼女だけでなく、自分にも向けられている気がしてならない。
胸の閉塞感を取り払うように吐く。
「でもさ。今は助け合っても被害者が増えるだけだから……せめて、全部引き受けさせてほしいな」
タイミングを見て配信開始のボタンを押す。
チャンネルの名前は、導化師アルマ。
《え。急に始まったけど何の枠?》
《今ロカ様とコラボしてるよね?》
待機画面を映すと、徐々にコメントが流れ始める。
同時視聴者数も続々と増え、早くも5000人を越えようとしていた。
これだけ見る人がいれば十分拡散してもらえるだろう、そう思える数字になったところで待機画面を開けた。
カメラで動きをキャプチャし、導化師アルマのキャラモデルを動かす。
「突然の配信になってしまってごめんなさい。端的に説明します」
《やっぱりアルさんだ》
《え? あっちの配信はミュート……してなさそうだよな》
導化師アルマが同時に二つの配信に出ている。
その事実に困惑している者も多数見受けられたが、気にせず話を進めた。
「まず始めに……現在ロカ・セレブレイトとコラボ配信をしている導化師アルマは、偽物です」
《んー……ん? なに? 影武者ドッキリ?》
《にしては真面目過ぎない?》
《導化師が2人って、ひょっとして……》
「……言葉では伝わりにくいことも多いと思います。なのでまずはこちらのMVをご覧ください」
既に察しかけている者も居るみたいだ。
しかし今回は噂程度で終わらせるわけにはいかない。
明言するだけでなく、インパクトを与えたい。
世間に知らしめるために、今回はMVという形を取った。
そして再生する。ここ数ヶ月間、休止期間中に作成した動画を。
《このイントロ……ハイエンドピエロか!》
《新MV!?》
新たな動画に喜びの声を上げる者も居たが、しばらくすればその喜びは軽く押し流されるだろう。
このMVは現状に至るまでの、ありのままを映したのだから。
序盤、Aメロからサビにかけて。
一人の配信者と、それをサポートする女性の日常風景が映される。
「"映える舞台爆ぜる歓声 アタシの居場所はここだけだ!"」
《この主人公アルさんじゃないよね?》
《トナカイの角……これ、雪車引グレイか》
察しの良い人のコメントで情報が補完される。
1番サビを終え、楽しいかった日常も終える。
2番、過去を背負い日々を生きる、導化師アルマの姿が映し出される。
「"咲き続けろと水をやり 超熱量が期待生む"
"擦り減る心、一雫 錆びゆく刃の拷問"」
《ああ、やっぱり》
《あの考察まんまじゃん……》
亡霊のごとくつきまとう影、苦悶の表情を仮面の下に隠す。
しかし徐々に仮面はヒビ割れ、形を保つのもやっとの状態で、ライブのステージへと登る。
「"くらましてやる さあ孤独に世界を偽ろうか……"」
《改めて映像にして見せられると……しんどいなぁ》
《このステージ背景、10周年ライブか》
《こんな動画見せるってことは、あれだけ無敵そうに振る舞っててもやっぱり……》
落ちサビ、激しいライブパフォーマンスを披露。
同時に崩れ落ちてゆく仮面。
そして、目の前に現れるもう一人の導化師アルマ。
同じ姿の二人が共に踊り始める。
「"――――ないならゆこう 新世界"」
《もう一人の導化師?》
《振り付けが完全に『Re:AL=ミラージュ』なんだよね……》
《ツムりん……》
しかしボロボロの仮面を被る導化師は途中で崩れ落ちる。
そんな彼女に、もう一人の導化師は手を差し伸べ……。
「"スタンダップ 閉幕にゃまだ早い"
"剥がれ落ちても這い上がれ こんなバッドエンドは誰もが望まない"」
《入れ替わった……偽物ってそういう……?》
《うわぁ……》
《ちょっと待って? 10周年ライブの裏でも同じことが起こってたってこと……?》
MVの意図を理解し始める視聴者達。
コメント欄が不穏に包まれる中、MVは最後まで再生される。
入れ替わった後の導化師はライブを無事成功させ、そのまま日常の配信を担う。
そして、完全に仮面を失った導化師は……部屋の扉を堅く閉ざす。
「"誰にも導けないアタシは 緞帳不動のハイエンドピエロ――――"」
《……キッツ》
《これマジなの……?》
MVを見終え、絶句する視聴者達。
おおよそ把握してもらえたところで、四条ルナは改めて明言する。
「……一応補足するけど、今のMVで描かれた内容は全て現実にあったこと。10周年ライブでアタシは倒れて、ツムりんが代わりにステージに立ってくれた。それ以降ずっと……導化師アルマの代役を全うしてくれた」
今まで隠してきた、許されざる罪を告白する。
「きっと皆許せないと思う。それだけ最低な裏切り行為だってわかってる。……けど、これだけは言わせて欲しい。ツムりんはアタシを助けてくれただけだから」
しかし、ありのままを伝えるだけではきっと彼女が悪者にされてしまう。
それだけは絶対に避けたい。
「アタシが勝手に病んで逃げただけ。ツムりんはアタシが責められないように守ってくれただけ。皆を欺く罪悪感に耐えながら必死に……アタシのために、頑張ってくれただけ」
これは私の罪だ。
だから、視聴者の悪感情は全て私に向けさせる。
「悪いのは全部……アタシだから」
そんな思いを込めたスピーチを終えて、配信を終了。
10分程度のアーカイブは、瞬く間に再生数を伸ばしてゆく。
SNSを確認すると、既にトレンドのランキング上位に入っていた。
「……第一幕終了。あとはできる限りフォローしてから最後に引退宣言して、終幕かな」
想定通りに事が運んで安心半分、世間を騒がせている申し訳なさ半分。
そんな感情で告げ、それを聞いた男も同じ表情を見せた。
「見事にヘイト全部集めに行ったな……」
「予定通りでしょ? これでアッキーの希望も叶えられそう?」
「……さあな。最後まで見届けてから判断させてもらうよ。異迷ツムリのマネージャーとして」
「……それもそだね。じゃあ期待に応えられるよう、最後まで頑張りますよ!」
彼は姉のことを心配しつつも、それ以上に心配すべき存在のために突き放した。
そんな彼の心情も姉は理解していた。
私がどれだけ頑張ろうと報われることはない。
私は……それだけの大罪を犯したのだから。




