第117話 ロカとアルマの3本勝負②
◆
配信前、ロカ・セレブレイトはとある二人に質問していた。
一人は本物の導化師アルマこと四条ルナ。
電話しても出ない彼女にメッセージを送った。
どうして導化師アルマとして復帰しないのか、と。
対して彼女はこう答えた。
『導くはずの存在が道を歪めてるから』
彼女はこの先導化師アルマに戻る気はないのだろう。
それどころか終わらせようと企んでいるようにも見える。
みんなの求める声も無視して。
もう一人は今の導化師アルマを担う存在、異迷ツムリ。
これから勝負しようという相手に直接聞きづらく、同じくメッセージを送った。
どうして導化師アルマを続けるのか、と。
対して彼女はこう答えた。
『多くの人が導化師アルマを求めてるから』
確かに導化師アルマは求められている。
しかし彼女を求めているのはハリボテの正体を知らない者だけ。
それに、異迷ツムリを求めている者達の想いはどうなる?
多数に偽善を振りまき、少数は見ないふり。
二人ともどこか似ているのは導化師アルマの思考がベースになっているからなのか。
他人の相談には乗るのに、自分のことは相談しない。
いつも自分勝手に、他人を思い遣る。
◆
◇
『ゲーム大全』3本勝負。
2戦目が終了し結果は1対1の同点。
そして、2戦目に敗北したロカに次の種目選択権が与えられる。
「さてさてさーて、泣いても笑ってもこれが最後。ロカちんは3戦目のゲーム何を選ぶのかな?」
対戦相手に問われ、ゆっくりと答える。
「では――――ブラックジャックを」
《ほう!》
《マジか。完全に予想外》
《てっきりチェスとか頭脳系で選ぶものとばかり》
意表を突かれたような反応の視聴者。
それを代弁するかのようにアルマは聞く。
「えっ、大丈夫?」
「何がですの?」
「だってロカちんギャンブル死ぬほど弱いし」
ブラックジャック。チップを賭けるトランプゲーム。
カードを1枚ずつ山札から引き、ディーラーよりも21に近い数字で止められた者は勝利、ただし21を超えた場合その時点で敗北。
ディーラーに勝利した者は賭けた倍のチップを得て、敗北した者はチップを失う。その一連の流れを繰り返す。
カジノでも扱われる運要素の強いゲーム、そういう意味では確かにギャンブルと言えよう。
その言及に対しロカは答える。
「ご心配なさらず。それで言うならゲーム全般弱いので」
「心配要素しかないなぁ……」
「それにワタクシ、予想するだけの競馬など金銭さえ絡まなければ結構やれますのよ?」
「へぇ? じゃあ期待しとこーかな」
互いに自信げな表情を見せ合いながら開始する。
配られたチップは10枚、全5ゲーム。
まずは1ゲーム目に賭けるチップの枚数を宣言する。
「オールイン」
「うっそいきなり? ホントに今日どしたの?」
「最初だからこそ景気良く。ダメそうなら降りて半分失うだけですわ。それとも、導化師アルマともあろうものが逃げますの?」
チップを全て失えば即終了。
バーストする前ならゲームを降りてチップの消費を半分に抑えられるものの危険な賭けであることに間違いない。
こんな稚拙な挑発に乗る人間がいるのか?
「わぁ安ーい挑発ー。お買い得過ぎて買うに決まってるんだよなぁ!」
そう、配信者なら乗らざるを得ない。それが導化師アルマなら尚更。
配信映え第一。堅実な戦いよりもリスク全開の大勝負。
一発で敗北が確定する可能性のあるゲームへと引きずり込むことに成功。
一見同じ条件に見えるが、異なるのは普段の振る舞い。
「お! 出た合計21! これで負けはなくなったね」
「初っ端から豪運な……ワタクシの手札は17、ディーラーは19。狙うには少々リスクが高すぎますわね。サレンダーですわ」
「えー降りちゃうの? 意気地なしー」
「大胆な賭けはしても無謀な賭けはしませんわ。あくまで目的は勝利ですもの」
《こういうとこはいつも通りで安心するなぁ》
《いきなりオールインとか言い出しておかしくなったかと思ったけど、やっぱちゃんとしてるわ》
常日頃から堅実に振る舞っているからこそ、慎重な行動も認められる。
「2回戦! もっかいオールイン!」
「同じく」
《躊躇いがなさすぎるww》
《本物のギャンブル進めちゃいけない2人……》
しかし、視聴者から違和感を察知されることに怯える彼女は慎重になることもできない。
「うーん19かぁ……」
「ディーラーは15、もう一枚引いてくるでしょうね。ヒットはないとして、スタンドかそれともサレンダーか」
「そんなの勝負一択でしょ! スタンド!」
「ではディーラーのターン。……あら19、同じですわね」
「うわあっぶなぁ……引き分けならロスなしかな。ロカちんは?」
「20。ワタクシの1人勝ちですわね」
「やるねー。けどまだアタシの方が有利。次も当然?」
「オールインですわ」
ギリギリまで逃げることは許されない。
余計なプレッシャーに耐えながら彼女はプレイする必要がある。
リスクを負うほど負けに近づく運次第のゲーム。
「ディーラーは20ですが……ようやく来ましたわ。ブラックジャック」
「また19……さすがに2は引けないなぁ。降りまーす」
3回戦が終了し残り2戦。
チップ枚数は逆転し、現在ロカ20枚に対しアルマ10枚。
大事な局面に差し掛かったところでロカは口を開いた。
「そういえば、ワタクシが勝ったときの要求をまだ伝えていませんでしたわね」
「おっ、そうだね。これだけ本気で挑んでくれてるし、ロカちんはよっぽど欲しいものでもあるのかなー? 多少値段張るものでもどんと来いですぜ?」
「お金のかかることではありませんが……結果的に100万を超える要求になってしまうかもしれませんわね」
「え゛……ちょっと聞くのが怖くなってきたかも……」
《100万以上の要求ってなんだw》
《ロカ様本気っぽいもんなぁ》
ゲームを進めながら話していたが、ロカの言葉を聞いた瞬間彼女は手を止めた。
「ワタクシが勝ったら……貴女に1年の休息を命じます」
「……あー。なるほど?」
《え、マジ?》
《冗談……ではなさそうか》
《休息か……大事だけど……1年かぁ…………》
言葉を失うアルマとそのファン。
それらに対しロカは続けて言う。
「迷い人の皆様には恨まれるかもしれませんわね。本当にごめんなさい……けれど皆様も気づいているのでは? ここ最近の彼女の違和感に」
《違和感……まあ、心当たりは多少》
《最近ちょっと空回り気味……かな?》
《年々余裕なくなってきてるかも》
「そっか……心配させてごめんね。みんな」
直接的な言及。
言葉では謝りながらも、どこか恨めしそうにロカを見つめる。
「でも流石に負けられなくなったかな。ロカちんもさっき言ってたでしょ? 今のブイアクトは不安定だって。導化師として、1年も休んでる余裕はないよ」
語気が強まる。
怪しまれないよう気を張って、一層深く演じる。
それが違和感を加速させるとも気づかずに。
「不安定な先導者の存在なんて、余計に不安を煽るだけですわ。存在しなければ全員自立せざるを得なくなるだけ。自立するだけの力は既に十分備わっていますわ――――これまでの導化師の活躍のおかげで」
ロカが言い返し雰囲気は最悪に。
楽しい配信どころではない。
叱られる子供のように弱々しく呟くアルマ。
「そうかもしれないけど、でも……」
「遮るようで申し訳ありませんが。ヒットですわ」
さらに追い詰めるかのようにゲームを進める。
カードを引き、結果を見せる。
「これでディーラーとワタクシは共にブラックジャック。貴女は?」
「20……降りなきゃ……あ」
動揺したアルマは無意識に負けを宣言。
しかしどれだけ不利な状況でもここは勝負に出るしかなかった。
4回戦終了、結果はロカ20枚アルマ5枚。
残り1ゲーム、逆転はもはや不可能。
「今のブイアクトに必要なのは導きではなく助け合い。貴女もいい加減、助けられる側に立っていることを自覚なさい」
本気の叱責に相対し、反論の言葉も思いつかない。
「助けられる側かぁ……」
取り繕うことしかできず、生返事を漏らす。
こんなとき本物ならなんて答えるのか。
想像もつかず黙っていると、ロカが続けた。
「それでも納得できないと言うのなら、最後の勝負で決めましょうか」
「勝負……? でもチップ枚数はもう……」
「オールイン」
「え? いや、なんで? 賭けなければ勝てるのに……」
「勝ち? 何を以て勝ちとするのか……ギャンブラーなら、狙うは大勝ちでしょう?」
ニヤリと笑う彼女を見て、配信中であることを思い出す。
「ただし賭ける代わりに条件を一つ。この勝負、降りることは禁止します。さあ乗るならオールインの宣言を」
最終戦、双方オールイン。
つまりこのゲームを制した方が完全勝利となる。
今までの過程を台無しにする逆転ルール。
「……っし。もちろんオールイン!」
「よろしい。では始めましょうか。ラストゲームを」
最終ゲームの開始。
2人とディーラーがそれぞれカードを引く。
ディーラーの手札は18。
対して2人の手札は……22と23。つまりバーストである。
「えーと……一応ワタクシの方が21に近いので勝ちということに?」
「いやいやバーストなら関係なく負けでしょ。その言い訳は流石にダサ過ぎない?」
「「……ぷっ、あはははは!!」」
《両者敗北www》
《そんなことあるかよww》
配信らしいオチがつき、先ほどの真面目な雰囲気が嘘のように笑いに包まれる。
「はー笑った……ホントに助けてくれるの? アタシのことも」
「ええ。必ず」
配信中ゆえ、まだ導化師アルマを演じたまま。
けれどその声はどこか柔らかく、警戒が薄くなったように感じる。
「そっか……でも1年は長すぎ。引き分けだし半年にまけてね♪」
「まったく貴女という人は……仕方ありませんわね」
活動休止期間を1年としたのは、本物との話し合いに時間を要すると思ったから。
その期間を半年にするのは中々骨が折れそうだが、勝負の結果なら仕方ない。
次に復帰するときは、彼女が演じる必要のない環境を作る。
決意を胸に、ロカは彼女との和解に成功した。
…………はずだった。
《あれ? アルさん?》
《配信開始の通知来たんだけど? 導化師アルマchから》
流れてきたいくつかの不穏なコメント。
端末で確認すると、確かに導化師アルマのチャンネルが配信を開始している。
「配信開始通知? 何かしたんですの?」
「え? 全然知らないけど……」
目の前にいるチャンネル主に聞いても戸惑っている様子。
……凄まじく、嫌な予感がした。
導化師アルマのチャンネルは今でこそ彼女がメインで扱っている。
しかし、彼女だけのものではない。
「まさか……」
自分の配信そっちのけで別の配信に見入ってしまう。
その配信から聞こえる"導化師アルマ"の声に耳を傾ける。
「突然の配信になってしまってごめんなさい。端的に説明します」
今も通話を繋いでいる者以外に、その声を持つものは唯一人。
「まず始めに……現在ロカ・セレブレイトとコラボ配信をしている導化師アルマは――――偽物です」
四条ルナが、舞台の幕に手を掛けた。




