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第113話 過去:科楽サイコ


 常々思っていた。

 人1人が与えられる愛には限界があると。


 亡くした夫への純愛。

 子供への親愛。

 ファンへの寵愛。

 どちらも捨てられない大切なもの。


 だが全てを愛し続けるには時間も体力も足りない。

 その結果、私の愛は疑われた。


 娘が家を出た。

 部屋に籠もってばかりの母親に愛想を尽かして、海外を飛び回る義弟について行った。


 結果的に家事の手間も減り、配信に注力できるようになった。

 しかし……気は乗らなかった。


「あー……今日はここまでにしマスね。少々体調が優れないようデス」


《大丈夫?》

《ゆっくり休んでー》


「お気遣い感謝しマス。科楽はいつも応援してくれる皆様のことが大好きデスよ」


《大好き助かる》

《いーや俺の方が好きだね》


 なぜ自分は顔も知らぬ誰かに愛想を振りまいているのだろう。

 本当に愛したかった二人には去られてしまったというのに。

 空虚。心にぽっかり空いた穴がいつまでも塞がらない。


 そんな頃だった。スカウトされたのは。


 株式会社レプリカのVTuberプロジェクト『ブイアクト』。

 そのメンバーに科楽サイコとして加入してくれないかと。


「初めまして。導化師アルマです」

「あなたが――――」


 彼女の名はよく知っている。

 新進気鋭のVTuber。デビューしたばかりだというのに、界隈でその名を知らない者は居ないほどの人気ぶり。

 

「科楽サイコデス。まあ私のことなんて知らないと思いマスが……」

「え? 大先輩が何言ってるの? 普通にファンなんですけど」

「えっ? そう……なんデスか?」

「そもそも知らなかったらスカウトなんてしないよ?」

「あ、確かに」


 活動歴が長いだけで人気は並、慎ましく活動しているつもりだった。

 しかし目の前にファンが居ると知り、ちょっとだけ嬉しくなった。


「でもさ、サイコさんなんか悩んでるよね? 最近の配信そんな感じだし」

「あー……」


 心中を言い当てられ、本当に見てくれているのだと思わされる。

 それこそ導化師アルマの人気の秘訣か、人の心に踏み入るのが上手い。


「視聴者の視点から、最近の科楽はどう見えマスか?」


 逆に質問したのは不安から、自分の何に惹かれてファンになったのか聞きたくなった。

 対してアルマは即答する。


「一言で言えば――――私の好みど真ん中だね!」

「えーと……ありがとうございマス?」

「お礼はいいよー。残念ながら褒め言葉じゃないんだ」

「?」


 意図がわからず戸惑う。

 遠慮して言葉を選んでくれたのかと思いきや、急に核心を突いてくる。


「サイコさんさ、相談できる人居ないでしょ」

「うっ……」

「良く言えばミステリアス。けど気丈に振る舞おうとしすぎて逆に余裕なさそうだね。頑張って生きてるなーって思って、私の癖に刺さっちゃった♪」

「あなたも大概変な人デスね……」


 茶化すような物言いは彼女の素か、それとも優しさなのか。

 呆れが大きいおかげか分析されても嫌な気はしない。


「聞かせてくれないかな? これから仲間になるんだしさ」


 アルマの話術にまんまと乗せられる。

 気づけば旦那のことから娘のことまで全て話してしまっていた。


「――――私は……全部大好きなんデス。誰が一番とかじゃなくそれぞれ違う形の好きで、けど相手に上手く伝えられない。気づけばいつも手遅れになってしまう……難しいデスね。愛情表現って」


 もしかしたら、心の何処かで誰かに相談したいと思っていたのかもしれない。


「サイコさんにとってファンへの愛情ってどんなの? いつも大好きって言ってくれるじゃん?」

「あれは……正直ちょっと誇張してマスね。恋人のように振る舞ったほうが喜んでもらえると聞いて」

「それで既婚ってことも隠してたわけかー。うーん……ちょっとファンサ過剰かな。誰もがガチ恋ってわけじゃないんだから」

「デスね……。でもそれ以外にファンが何を求めてくれてるのかわからなくて……」


 止められないネガティブな告白。

 それもファンだと言ってくれる女性に。

 しかしアルマは気にもしない様子で真面目に答えてくれる。


「これは個人的な意見だけどね。たぶん皆ドラマを求めてるんだよ」

「ドラマ?」

「うん。科楽サイコってキャラクターの人生を観測してるの。原作のないアニメをリアタイするような気持ちでね」


 初対面のはずなのに、彼女の言葉はすんなりと信用してしまう。

 丁寧な口調か、優しい声色のおかげか。

 彼女の声を聞いていると妙に落ち着く。聞き入ってしまう。 


「大丈夫。あなたのドラマは需要あるよ。だからもっと隠し事せず、素直に生きてみたらどうかな?」


 話を聞かせる才能。それこそ配信者の才とも言えるだろう。

 自分よりも歴の浅いはずのVTuberに、私は憧れた。




「この度ブイアクトに加入することになった科楽サイコと申しマス。初めましての方、これからよろしくお願いしマス」


《初めましてです! よろしくお願いします!》

《初見の方が少なそうw》


 ブイアクトのメンバーとしての初配信。

 とはいえこの界隈ではそこそこベテラン。

 フレッシュな初配信とは程遠い、落ち着いた雰囲気。


「そして既にファンで居てくれてる方……どうか今までの科楽サイコは忘れてクダサイ」


《忘れる!?》

《ちょっと寂しいかも……理由をお聞かせ願える?》


 騒然とする視聴者達。

 不安にさせてしまって申し訳ないと思いつつ、止めるつもりもない。


「理由は……新たな一歩を踏み出す前に、皆様に話したいことがあるのデス。今後の活動方針に関わる、大事な話を」


 過去5年、ずっと楽しく活動してきた。

 これほど真面目な配信は初めてだ。

 それでも、自分が変わるために必要なことだから。


「科楽サイコに幻想を抱くのは止めてクダサイ。科楽サイコも所詮は物理的肉体を持つ、生物学的人間デス。これまでも、生物の本能に準じて生きてきマシタ」


《うん……うん?》

《急に科学者設定をwつまりどういうことw?》


「つまるところ何が言いたいか、要点を二つにまとめマショウカ。――――一つ、科楽サイコは子持ちの元既婚者デス」


《ほうほう……ふぁ?》

《既婚!? けど元って? いやその前に子持ち!?!?》

《え、それはちょっと》

《冗談キツいっス……》


 驚き、動揺、落胆。

 様々な反応を見ながら、続きを話す。


「今まで黙っていて申し訳ありマセン。もちろん、ファンとしてアイドルに処女性を求める気持ちを否定するつもりはないデス。しかし今後科楽にそれを求めるのは……諦めてくだサイ」


《ああ……そう……》

《なんか……とりあえずガチ恋勢ドンマイ?》


 まるでお通夜のような空気。

 しかし、ただ暗い空気にして終わるつもりもない。

 ここを私の、新しい居場所にするために。


「代わりに、科楽にしか提供できない要素を考えていマス。それがもう一つの要点」


《む?》

《科楽にしか?》


 既に覚悟はできている。

 この世界に骨を埋める覚悟、それをここに表明する。


「ここに誓いマス……科楽は生涯現役、一生科楽サイコであり続けると」


 私は愛する者達を失い続けてきた。

 失う辛さは誰よりも知っている。

 だからこそ、せめて私のファンには辛い思いをさせたくない。


「現在27歳。この年齢に詐称はなく、アバターも年相応の姿へと変化させマス。例えVTuberでなくなってもこの電子世界に生きる。科楽サイコが死ぬときは私が死ぬときデス」


《一生って、ホントに一生なのか》

《覚悟キマってるなぁ……》


 夫が最後まで私を愛するために手を尽くしてくれたように。

 私も死ぬまで愛してくれる者達のために手を尽くしたい。


「君と生涯を共にするVTuber。それが新たな科楽サイコのコンセプト――――科楽はいつでもここで、アナタを待ってますよ」


《そんなん……一生ついてくしかないだろ!!》

《末永くよろしくお願いします!!!》

 

 愛から生まれたVTuber、科楽サイコ。

 この愛だけは……絶対に手放さない。


第四章前半完結まで残り2話

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