第112話 科楽サイコと向出センカ
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旦那との出会いは、SNSの繋がりから。
いわゆるインフルエンサー。
少しばかり化学知識に秀でていたことから始めた動画配信。
顔出しして褒められて、良い気になって人気者を気取った。
当時は5000人を超えるフォロワーが居ただろうか。
旦那は古くからの相互フォロワー。
彼に似顔絵を描いて貰ってから交流が始まった。
なんだかんだと打ち解けてゴールイン。
それを機にインフルエンサーの活動も辞めた。
不特定多数の人間に媚びを売るような真似、旦那に申し訳なく思ったから。
「何も辞めなくても……」
「いいんです。子供生まれたら大変だと聞きますし。それに、私はあなたが居ればそれで充分ですから」
「……そっか。じゃあそれに見合うくらい――――5千人分の愛を君に捧ぐことにしようかな」
「っフ。アハハ! じゃあ期待してますね!」
キザっぽいセリフを顔を赤くしながら言ってくれた。
甘酸っぱい、青春の記憶。
(そんな人だから、この人だけを愛したいって思えたんだ)
結婚して、子も生まれ3年。
これから幸せな家庭を築いていくんだって思っていた。
そんな頃だ。旦那がVTuberを勧めてきたのは。
「仕事の関係でお誘いがあってね。子育ても落ち着いてきたし、何より君なら適任だと思うから……お願いできないかな?」
聞いて初めて知った存在、それだけ認知されていなかった時代。
それ自体に抵抗は感じなかったけど……。
(配信者ってことは、またファンに媚びを売るってこと。どうして? アナタは……私を独り占めしたいとか、思わないの?)
SNSを辞めたのも旦那に負い目を感じたから。
その旦那が勧めてくるなら断る理由もない。
しかし、そのときの旦那の態度に少しだけ違和感を覚えた。
そうして生まれた『科楽サイコ』。
デザインは旦那が、モデルは知り合いに依頼したとのこと。
「コンバンワ〜! 新人VTuberの科楽サイコデス!」
元インフルエンサーということもあって、邪推されないよう口調に癖を出すことにした。
半年かけて集まったファンは500人程度、昔に比べて遠く劣る数字。
それでも自分の創り上げたキャラクターを愛してもらえるのは、自分自身が愛されるのとは違った良さがあるように思えた。
旦那と協力して子育てしながらの配信活動。
生活が軌道に乗り始めた頃だった。
旦那が最悪な告白をしたのは。
「え……余命、半年……?」
病を患い、治る見込みがないと言われ、既に1年が経過しているとのこと。
「そんな……だって、愛してくれるって! 5千人分の、愛って……」
「……うん。本当にごめん」
喚いても彼はただ謝るだけ。
そして心中を語る。
「だからせめて、君からファンを奪った償いとして……もう一度居場所を作ってあげたかったんだ」
彼が勧めてきた本当の理由。
『科楽サイコ』は、彼がくれた最後の愛。
しばらくして……旦那はこの世を去った。
「お久しぶりデス。連日休んでしまってスミマセン……ああ、ただの慶弔休暇なのでお気遣いは結構デスよ」
葬儀を終えて、久々の配信。
視聴者には何も話さない。
結婚していることも、子供が居ることも、夫の死も。
科楽サイコはあくまでキャラクター、自分自身じゃないのだから。
身の上話はノイズにしかなり得ない。
立ち位置が曖昧だった頃のVTuberについて、自分なりに解釈して活動方針を決めていた。
(科楽サイコはあの人が最後に残したもの。だから大事にしたい……けどそれと同時に、"私"の心はあの人のモノだから)
そんな配信者と親、2つの側面を持った生活。
家には自分と娘、加えてもう一人立ち入る人物が居た。
旦那の弟、彼が父親代わりを務めてくれた。
と言っても籍は入れていない。
父親が居ないと娘は苦労するだろうと、旦那が頼んでくれていたらしい。
幸か不幸か、義弟は海外各地を転々としている身。
年に数回、帰国のタイミングで会いに来てくれるだけ。
配信活動を始めて4年。
自分なりに上手くやってきたつもりだった。
「パパについていきたい。……家に居ても、つまんないから」
義弟が帰国したタイミングで娘は言った。
"つまんない"という言葉は、明らかに私に向けられていた。
「えーと……ぱ、パパはママと一緒に居たほうが良いと思うけどな? 外国じゃ言葉通じなかったり色々大変だし……」
「言葉は頑張って覚える。大変な方が良い。……つまんないより、ずっといい」
娘からすればどちらの親についていくかという選択。
ずっと一緒に居た母親より、たまに会える父親の方が良いと思わせてしまった。
……いや。一緒に居られなかったから見捨てられたのか。
夜は毎日配信、夕飯も禄に一緒に食べてあげられなかった。
己の不甲斐なさは理解している。
けれど、唯一の肉親は自分なのに……そんな負の感情も拭えない。
「ううん……どうしたもんかな……」
困ったように視線を送ってくる義弟。
説得して欲しかったのだろう。
偽物の父親より、本物の母親と一緒に居るべきだって。
「……私からもお願いできませんか?」
「え!? けど……」
私は義弟に頭を下げて願った。
本心からの願いではない。
しかし、今の自分に娘を引き止める資格はないと思ったから。
(娘が懐くほど、この人は娘を愛してくれている)
「負担をかけて申し訳ありません。けど……この子のしたいようにさせてあげたいんです」
娘の希望を叶えてあげること。
それが自分にできる、せめてもの愛だと思って。
「…………分かった。君がそれで良いなら」
悩んだのち、義弟は了承してくれた。
(娘と同じくらい大事だから……。科楽サイコは……私が居ないと愛してもらえないから)
そうして私は――――旦那が残してくれた愛を一つ、失った。
◆
◇
「ふーん。旦那が最後に残してくれたモノだから、『科楽サイコ』を大事にしたかったってカ?」
本当の父親の話。そして科楽サイコに至るまでの話。
過去を聞かされたセンカは質問した。
「ハイ……。も、もちろんセンカちゃんのことも……!」
「黙レ。綺麗事なんざ聞きたくネー。……今聞いてもなんも響かねーヨ」
「っ……!」
サイコの言葉を遮る。
『科楽サイコ』を大切にしているのは旦那からの贈り物だから。
だとすれば……。
「お前がセンカに構うのは、旦那の忘れ形見だからダロ?」
「…………違うとは、言い切れまセン」
「オウ、よく認めたナ。そこだけは評価してヤル」
部分的な肯定。きっと親としての愛情もあるとでも言いたいのだろう。
それを嘘だと断言する証拠もないが、しかしセンカは幼い頃の扱いが忘れられない。
「お前は最低な女ダ。ネグレクト。在宅放任親。近いのに遠い、家空ける親よりよっぽどタチが悪い。生活費出すだけなら国にもできんだヨ。お前親である意味あんのカ?」
「…………」
容赦のない中傷をサイコは黙って聞く。
覚悟していたから。
「血の繋がりとか心底どうでもいい。センカにとっちゃ、海外勤務で忙しい中でもセンカに構ってくれたあの人が一番の親だヨ」
「……そう、デスよね……」
センカと顔を合わせて話をしようと決めたときから、何を言われても受け止めようって。
「センカはな。ずっと見てきたヨ。壁一枚隔てた先のお前を見続けてきた……それでもお前は、今さら自分を見ろって言うのカ?」
「それ、は……」
言い淀む。
どれだけ覚悟していたって、苦しくないわけがない。
自分のせいで苦しんだ娘を見て。
センカはそんな親の姿を見て、ため息を吐いた。
「ハァ……普通逆ダロ。今度はお前がセンカを見てろヨ」
「…………えっ?」
一瞬、言葉の意味理解できず固まるサイコ。
否定され続け、呆れた顔をされ、もう関係修復はないと思い込んだ。
「最後のチャンスをくれてヤル。次またセンカから目ぇ離したら、二度とお前のことも見ねーカラ」
それなのに、どんな心境の変化か。
センカは自分を受け入れようとしてくれている。
望んでいたことではあったけれど、戸惑いの方が大きかった。
「そんな……良いのデスか? チャンスだなんて……」
「言っとくケド生温くするつもりはねーゾ? 今週末のセンカの誕生日配信に課題を与えてヤル」
誕生日配信。その日付を忘れるわけがない。
お祝いを伝えられたら、なんて淡い希望を抱いていたが、そんな日にチャンスをくれると。
まだ許してもらえたわけではないとわかっているけど、喜びを実感し始める。
「お前にとって地獄の配信にしてやるからナ。覚悟しとけヨ、オバサン」
「ハイ……ハイ! 臨むところデスよ!」
目に涙を浮かべて、明るく返答する。
娘の誕生日が待ち遠しいと、久しく思いながら。




