番外編9 ましゅまろ対談:導化師アルマ
コラボ配信開始。
いつもなら腑抜けた口調で始まるところが、今日はどこか様子が違った。
「皆様こんにちは……昨晩は一睡しかできなかった異迷ツムリです。今、バリバリ緊張してます」
《おう健康的だな》
《緊張とは珍しい。確かに口調堅いかも》
《そんな緊張することあったっけ》
「今さら緊張? と思ってる方も多そうですねぇ。はい……むしろ今まで緊張せずにやってこれた自分を褒め称えたいところですぅ。それでは本日のゲスト、どうぞ」
「はーいこんあーるま♪ 仲良しだった後輩が急にガチガチで困惑してる導化師アルマでーす」
《こんあるまー!》
《そら困惑するよねw》
「アルマさん、この度は私なんかの企画に2回も時間割いてくれて……あ、やばい泣けてきましたぁ」
「情緒バグってるねぇ。なんか急に距離遠くなってない?」
「あー……実はですねぇ。前回アルマさんにサプライズお願いしたあと、黙って余計なことした罰とかで、シューコさんのお話に付き合わされたんですよぉ。それはもう長々と……アルマさんの尊さについて説かれましてぇ」
「あ、そんなことになってたんだ」
《シューコちゃんのオタ語りwちょっと聞きたいw》
《余計なこと(嬉しくないとは言ってない)》
「それで思い知ったんですぅ。今まで私がどれだけ無知だったのかを……」
「あーシューコちゃんに感化されちゃった感じかー」
「長年迷い人やってるシューコさんの話はとても参考になりましたねぇ。知れば知るほど、どれだけ遠い存在で尊い存在なのか……あっ、好きすぎて吐きそぅ……」
「大丈夫? 背中擦る? なんて……」
「へぁ!? 推しの体温!? アッアッ……!」
「いや通話越しだから実際には触れないんだけど」
「バーチャル体温ですぅ……いっそ推しの愛になら溶かされてみたいですねぇ」
「うーんこれは重傷ですなぁ」
《完全にファンガになっておられる……オタクは伝染するということか?》
《いやシューコさんもここまで酷くないぞw》
「嬉しいけどアタシとしてはちょっと寂しいなぁ。友達みたいに接してくれてたツムりんも好きだったしね」
「ん゛っ私も好きっ……!! ……えと、お気持ちは嬉しいんですけど、ちょっと難しいかもしれないですぅ」
「なら今日は元の関係値くらい仲良くなることを目標にしようかな」
「あぅ……ご期待に添えられるかわかりませんけど……あの、善処しますぅ」
「ではでは早速ましゅまろの方読んでいきましょうかねー」
推しを前にして情緒不安定な配信主。
その代わりに、ゲストのアルマが企画を進めるためましゅまろを読み始めた。
『私は趣味でゲームをやっていたのですが、VTuberを推し始めてから積みゲーが一向に消化できません。自分でやるより配信で見るより面白いのがいけないんです。最推しは導化師アルマって言う人なんですけど、どうしてくれますか?』
「アタシのとこはこんな感じー。お悩み相談系のましゅまろが多いかな?」
「なるほどぉ。さすが導化師……ん? けどこれお悩み相談っていうか、なんかアルマさんに責任押しつけようとしてません?」
「うんうん推してくれて大感謝だね。ゲーム好きなら並走とかしてくれると嬉しいかも? 積みゲーの中でオススメとか合ったら是非教えて欲しいな♪」
《うーんこれは100点満点の回答》
《アルさんにお悩み相談したくなるのもわかるなぁ》
『男子高校生です。今幼馴染に告白しようか迷ってます。休日遊びに誘ったらオーケーしてくれるくらいに仲は良いんですけど、これは昔からの仲だからなのか……脈ありそうですかね?』
「恋愛相談ですかぁ」
「青春してるねぇ。ツムりんならなんて答える?」
「私ですかぁ? んーと……当たって砕ければいいと思いますぅ。リア充になったらもう私の敵ですしぃ。砕けてくれたら清々しい気持ちで慰めてあげられそうですしぃ」
《うーんこれは酷い》
《な、慰められるのは偉い!》
《お前に相談することは二度とないだろう……》
「最低だけどアタシは嫌いじゃないなー。ダメだったときのメリットあげれば幾分か気持ちも楽になるしね」
「良かったぁ……あっ、お、お褒めいただき恐悦至極ですぅ!」
「堅い堅いw もっと楽にして良いからね。ちなみに、アタシも無責任なことは言いたくないからね。告白するもしないも自分で判断したまえ? そうすれば結果はどうあれ、君は決断力のある人間に成長できると思うよ。頑張れ若人、導化師は頑張れる人間が大好きだぞ♪」
《おお……俺も何か頑張るか……特に頑張ることも思いつかんけど》
《結論は近しいはずなのに、どうしてこうも回答に差が出るのか……w》
『私は個人でVTuberをやってます。同接数は百人前後なのでファン一人一人を大切にしたいとは思っています。ただ最近、少々厄介な方が居まして……暴言とは言いませんが、ゲームの指示など厳しい言葉を度々言われます。その方はよくスパチャも送ってくれるので、それだけ私を推してくれていると思うと無下にはしづらいです。アルマさんならどのように対応すべきだとおもいますか?』
「え、同業の方からも相談来るんですか?」
「結構あるよー。なんなら同業だからこそ質問したいことも多いだろうしね」
「ほぁー……」
《指示厨かー。どこにでも厄介ファンは居るもんだなぁ》
《個人勢だと規模も大分差がありそうだけど、どう答えるかな?》
「アタシだったら……とりあえず全体への注意喚起として伝えるかな。VTuber業界も鳩とか指示厨みたいな暗黙の了解はあるけど、知らない人も居るかもしれないから本人の口から言わないとね」
「確かに、私もデビュー当初はあんまりわかってませんでしたねぇ」
「ツムりんみたいにVTuber知らない人がいきなりデビューってのも珍しすぎるけどね……」
《聞いたときびっくりしたわ。デビュー1週間前に初めて見たって》
《それがたった1ヶ月で限界オタだからな……素質の塊w》
「話続けるね。注意喚起しても止めてくれなかったら……名指しで注意するかな。そうすれば流石に止めると思うから。……最悪推すのも辞めちゃうけど」
「あー……難しいですねぇ。ファンにお願いするのって」
「そうだねー。娯楽として遊びに来てるのに怒られたくはないだろうし。けどさ、配信者のあなたが嫌だと思ってることはちゃんと言ったほうが良いよ。ファンは一人だけじゃない。推しが本気で苦しんでるのを喜ぶファンなんて居ないんだから」
「ほうほう……だそうですぅ。自称異迷ツムリ推しの方、聞こえてますかぁ?」
《え? ホントに嫌だったら優しくするけど?》
《じゃーこれからは虐めるのやめてひたすらベタ褒めするかー。宇宙一可愛いぞーツムリー》
「あっ、そっちの方が困るかもぉ……やっぱ今まで通りでお願いしますぅ」
「あはは。ツムりんそういうとこメンタル強そうだよね。けど本気で嫌なことあったらいつでも相談しなー」
「はぁい。ありがとうございますぅ」
そんなお悩み相談のメッセージを読みつつ、時間は過ぎていく。
ツムリも話している内に、最初の緊張はほとんど薄れ、元の距離感まで戻っていた。
「ホントにましゅまろって個性出ますねぇ」
「うんうん。それが配信者として求められてることなんだろうね。その人にとって」
「え? じゃあ私に求められてるのってぇ……」
「え、間違いなくイジられキャラだよ? 良い反応してくれるし」
「そんなぁ……」
「悲観することないよ。ツムりんのファンもさ、可愛いからこそ虐めたくなっちゃう気持ち分かるなぁ。アタシには真似できない魅力だね」
《分かってくれるか導化師殿!》
《何回言っても理解してくれないんスよそのヲタツムリ》
「ほらコメントも。わざわざ言葉にして伝えてくれてるんだからさ、期待にはできるだけ応えてあげたいよね」
「期待に応えるですかぁ。……そうですねぇ。ちょっと頑張ろうと思いますぅ」
「おっ良いねーその意気だ!」
何気ない会話の中で、アルマの一言に心を動かされる。
アルマが意図しているかは分からないが、どうにも彼女の言葉は胸に響きやすい。
「今日は色々ありがとうございますぅ。なんだか私まで相談乗ってもらっちゃったみたいでぇ」
「いえいえこちらこそ! また今度コラボ誘ってねー」
「もちろんですぅ!」
普通にコラボ配信して、普通に終わる。
多忙ゆえ、数少ない導化師アルマとの交流の機会。
それでも名残惜しくは思わなかった。
また今度、そう言ってくれたから。
◇
後日、異迷ツムリのチャンネルで雑談配信枠が立てられていた。
《なんかソロ雑談久々な気がする》
《コラボも良いけど、やっぱソロも良いよね》
《日常戻ってきた感じする》
落ち着いた雰囲気の待機コメント。
そこへ配信主が登場し……その雰囲気をぶち壊した。
「はぁいこんばんわぁ。――――迷子に差し伸べる虹の架け橋、ジメジメ七色ボイスこと異迷ツムリですぅ」
《こんばん……え? 今なんて?》
《今自己紹介した!? できたの!?!?》
「どんな驚き方ですかそれぇ。私だって自己紹介くらいしますけどぉ。それともセンス無いって笑いますかぁ?」
《いや思ったよりまともで逆に驚いたくらいだが?》
《散々引っ張った挙句、告知もなしに唐突に言えば誰だって驚くが?》
《もう自己紹介早く決めろって煽れなくなったのちょっと寂しいんだが? 煽る要素あとファンネームくらいしかないんだが?》
「なんで皆キレ気味なんですかぁ……あ、あとファンネームも決めてきたんでもう煽っちゃダメですぅ」
《ファンネームも!?》
《待て待て待て心の準備まだできてないって……!》
《情報量多すぎて頭の処理追いつかねぇや》
《あははーコメント流れるのはやーい(思考放棄)》
騒然とする視聴者たちを差し置いて、ツムリは平静を装う。
内心では受け入れてもらえるかという不安でいっぱいだった。
「というわけでファンネームは――――『マイ迷子』決定しましたぁ。その……どう、ですかねぇ?」
《おお……思ったより普通》
《面白味に欠ける》
「なんですかぁ? 嫌だったら別に名乗らなくても大丈夫ですよぉ……今まで通り名無しのファンになるだけなんでぇ」
《拗ねるなってw普通に良い名前よ》
《推しから貰った名前が嬉しくないわけない!》
《迷子湧きすぎて最早迷子センター》
「あっそれ良いですねぇ。配信タグも#マイ迷子センターにしましょうかぁ」
《また新しい情報増やしやがった!?》
《もう良いよ好きにしな……(諦め)》
《いっそ今日の雑談とか後日に回して全部決めようぜ》
ノリの良いファン達に安堵し、ツムリは調子に乗り始める。
己のセンスに自信を持てず、今まで怯えていたのが馬鹿みたいに思えて。
その日、配信者として一つ殻を破れた気がした。




