第106話 FPS大会①:序盤の犠牲者
ゲーム開始。
舞台は硝煙香る焼け野原、隣接する街や村。
フィールドの各地に降り立った戦士達、最初の行動はいち早く武器を拾うこと。
いつ敵と遭遇するかも分からない。
それまでに装備を揃えられるかは運次第。
「この辺は大体漁り尽くしたカ? 初手でAR拾えたのはデカいナ」
ただし今回はフィールドの広さに対して参加者15名と少なめ。
開始からしばらく、向出センカは落ち着いて収集に努めた。
《始まって結構経つけど銃声一つ聞こえんな。やっぱ人少ないとこうなるか》
《初手の事故死ないのは安心しますなぁ》
「あ、先言っとくケド試合中はコメント見ないゾ。万が一鳩飛んでたらツマランくなるからナ。まー蛇足共の中にそんなアホなことする奴は居ないと思ってるケド」
《はーい注意喚起助かる》
《鳩はどんだけ注意しても湧くからね。しゃーなし》
鳩、つまり他配信者の状況をコメントで報告する行為。
FPSのような隠密行動が重要なゲームで敵の位置などを知らされたらゲーム性が損なわれる。
そんな注意をしつつ、センカはゲームに意識を戻す。
「回復と弾薬も良い感じだし、そろそろ近距離武器欲しいとこだガ……ン?」
次の目標を確認しつつ、周囲を見渡す。
すると蠢く何かを視界の端に捉える。
それにはネームタグがついている。つまりプレイヤーだ。
「あれは……ティア? あんな無防備な状態で何やってんダ?」
見えたのは4期生魔霧ティアの姿。
この手のゲームに慣れたセンカからすれば信じられない行動。
遮蔽物のない場所でしゃがみ込み、堂々と何か作業をしている。
「ンー……撃っちまうカ」
《無慈悲w》
《仕方ない、弱いものが淘汰される世界よ》
今回のゲームにおいては同期も先輩もすべて敵、センカは冷静に照準を合わせる。
構えた中距離銃のトリガーを連続して引く。
1発、2発、ヘッドショットを入れたところで対象が慌てて逃げ始める。
しかし隠れる場所がなければエイムを合わせるだけ、センカは無慈悲に連射し、追加で2発ほど的中したところでティアは沈んだ。
「ラッキーキルになっちまったナ。とりあえず遺品回収だけしてっと……うわ渋っ、全然武器持ってネー。ピストル1丁と地雷ちょっとっテ……」
魔霧ティアだったものの遺体に近づき、物色する。
所持品見てガッカリしかけたが、センカはふと気づいた。
「待てヨ? さっきしゃがんでたのって地雷……」
埋めた地雷は見えにくくなるものの、地面をよく観察すれば視認可能だ。
そしてザッと見回しただけでも10個以上は点在しているように見えた。
「……この辺近づかんトコ。マップにピン立てとくカ」
《嫌な置き土産残してったなティアちゃんw》
《こんなんで乙ったら台パン不可避》
配信者らしい大きな独り言で自分の行動を確認しつつ、次の目標地点を思考する。
その思考は大きな音に遮られた。
銃声、距離は離れているようだが、重く響く音。
「っ!? この音、SR? もう拾ったヤツ居んのかヨ」
音で長距離銃と理解できたが、自分に向かって撃たれた形跡はない。
さらに続けてもう一発、同じ銃声が響いたところで、ゲームシステムからのメッセージが表示された。
「ネプちゃん先輩のキルログ、タイミング的に絶対今のSRだよナ……。結構近そうだし一旦隠れとくカ」
《見つからないうちに逃げるのも手だけど、既に見つかってたら怖いか》
《スリルあるなぁ。これもFPSの醍醐味》
未だ位置を把握できていないスナイパーの存在。
こちらは遠距離武器を持っておらず、相手に位置を知られている可能性もあるとなれば圧倒的不利。
そう判断し、センカはしばらく潜伏することに決めた。
◇
「二人目はネプちん! 続々と犠牲者が出始めてるねっ」
司会者の視点。
ニオは全参加者の視点を見ながら実況をしていた。
「お、早速犠牲者二人が墓場配信枠に到着したみたいっ。折角だし煽りに行こっか。いっえーい! ティアちゃんネプちんみってるーー??」
「しんだ。なんにもできなかった。ショック」
「序盤からスナイパーに狙われるとは、運がありませんなぁ」
《煽り天使w》
《ティアちゃん素人っぽかったしなぁ》
《どれだけ上手くても運次第ですぐ負けるときもあるゲームだし》
「ティアちゃんは一応爪痕残せたかな? センカちゃん以外は地雷気づいてないみたいだしっ」
「うん。誰か引っかかってくれるかな。ワクワク」
「ネプちん惜しかったねっ。折角センカちゃん見つけたところだったのにー」
「ですなぁ。獲物を見つけたつもりが自分も既に獲物だったとは……いやはや難しい。真繰を狙ったのは誰だったのですかな?」
「主催者側の配信枠見てればわかると思うよっ。残り時間80分くらい。キルされた人はそこに集まってもらう予定だから、皆で配信見ながら雑談しててねっ」
「了解ですぞ。ニオ氏も司会頑張ってくだされ」
「ニオありがと。ネプ、仲良くしよ」
「もちろんですとも! 生存者が羨むくらい墓場も盛り上げますぞ!」
《二人共お疲れ~》
《むしろ墓場の緩い雰囲気が一番楽しみなまである》
「さてさて大会中継に戻りましてっ。どうやらこっちも動きがあったみたいだね」
敗北者たちのインタビューを終え、ニオは試合実況の方に戻る。
「まーあれだけ啖呵切って狙われないはずがないよねっ。注目のアルマちゃんに一人接近中です!」
一触即発の雰囲気を察知し、二人の視点を配信画面に固定する。
狙われる導化師アルマと、襲撃者のやり取りの様子を。
◇
導化師アルマの視点。
彼女は屋内の物陰に隠れていた。
その理由は敵プレイヤーと既にエンカウントしていたから。
互いに認識し合い、今は動きを悟られないよう息を潜めている。
しかし相手に隠れるつもりはないらしく、堂々と接近し、話しかけてきた。
「アルマさん。開始前に言ってたあれ、本当ですか?」
「もちろん。最初のお客様はシューコちゃんだね」
近くに居る人にのみ聞こえるボイスチャット。
その声で位置を把握されることはないが、ゲーム内の銃声や足音はどの方向から聞こえているのか認識できる。
シューコの足音は真っ直ぐ近づいてきている。
その迷いのなさから、自分の位置も把握されていることをアルマは理解する。
「ちなみに、シューコちゃんはアタシにお願いがあって来た感じ?」
「……そうですね。でもアルマさんなら、シューコの望みくらい分かってますよね?」
挑戦的な質問。
導化師アルマならわかるだろうと、こちらが偽物だと知っておきながら確認してくる。
「そうだねー。叶えてあげたい気持ちもあるけど……簡単には負けてあげられないかな」
負けじと全てを理解しているような口ぶりで煽り返す。
その返答に少々の苛立ちを覚えたシューコは語気を強める。
「そうですか。では……胸をお借りします、よ!」
アルマの隠れる物陰の目前まで辿りつき、勢いよく飛び込む。
今まで見えていなかった範囲を視界に入れ、人影を射程に捉える……はずだった。
「え? 居ない……?」
「ように見えたよね。……お疲れ様」
一瞬の視点移動、シューコがエイムを定めようと視野を狭めた瞬間にアルマは大きく動いた。
ほんの一瞬の死角を利用したすれ違い、相手の動き出すタイミングを完璧に読まなければ成立しない。
導化師アルマはSMGのトリガーを引き、シューコ目掛けて連射する。
慌てて振り返り照準を合わせようとするも一歩間に合わず、シューコは一発も撃つことなく体力を削りきられた。
「クッソ……」
「おっ、今の本気で悔しそうな悪態いいね♪ このゲームも相当練習してたみたいだし。そういう一生懸命頑張れるところ、素敵だと思うな」
「……今言われても嬉しくないですよ」
「おや残念。じゃーまたね♪」
既に腕一本動かすこともできないシューコの装備を物色し終え、その場を立ち去る。
銃声は周囲にも響いている。同じ場所に留まることは危険。そう言い訳ができる。
そういうゲームで良かった。配信上の出来事で良かった。
おかげで、これ以上追求されずに済むのだから。




