第104話 向出センカとオフ食事会
「なーリリちゃん。飯に吊られて来たけどサ……また嵌められたかコレ?」
約束を取り付け、狡噛リリの家に訪問したセンカ。
その家の状況を見て、嫌な予感を察知した。
「嵌めるだなんて人聞きが悪いのう。ちゃんと腕によりをかけて作るつもりじゃぞ?」
「施しを受ける身としては、あまり疑念を顕わにするものではないよセンカ」
「いやしれっと居るけどツラたん来るのも聞いてねーカラ」
「駄目だったかい? しかし古来より食卓は大勢で囲む方が良いとされているだろう?」
反応したのは家主のリリに加え、何故か居る幽姫ツララ。
この二人をみると数日前の苦い思い出が蘇る。
「心配せんでもサイコ殿は来ないのじゃ。その件で話は聞かせてもらうつもりじゃが」
「ム……まあ話すだけなら良いヨ。センカが何も言わなかったらあのオバサンに協力されそうだシ」
顔に出ていたのか、懸念を言い当てられ怯む。
何にしても心配する必要はないとのことで、センカは一旦肩の力を抜いた。
「そういうことだ。とりあえず座り給え。そしてコントローラーを持ち給え」
「いやなんでだヨ。配信で話せってんならお断りだからナ」
「何を言うか同胞よ。我々は配信者である前に一人のゲーマーだろう? 語り合うというのなら、これしかあるまい」
「エー……」
「諦めるのじゃセンカ。ツララとまともに会話が成立しないのはいつものことじゃろ?」
「それはそうだケド。なんかいつもとベクトルが違うんだよナー」
「二人とも? 一応僕も同じ言語を習得している。君達の暴言はしっかり理解できているからね?」
「はいはいすまんかったのじゃ。センカ、悪いが詫びも兼ねて付き合ってやってくれんか。食事の準備もしばらくかかるからのう」
「しゃーないナー。こんなんでも一応先輩だシ」
「くっ……希望を聞いてもらえてるはずなのに釈然としない……」
小馬鹿にしつつも、センカはツララの提案通りコントローラーを手に取った。
「で、何やんノ?」
「『荒原戦場』、大会前の前哨戦と行こうじゃないか」
「あいヨ」
『荒原戦場』、近々ブイアクト内で大会を予定されているゲーム。
ルールは至ってシンプルなFPSだ。
広大なフィールドにプレイヤー達が着陸しゲームスタート。
フィールド内に配置された武器や回復アイテムを拾い、最後の一人になるまで戦うというもの。
「オシ3キル。弾薬も大分集まってきたナー」
「腕は落ちてないようだね。しかし今回は通常マッチの50人、大会の参加予定は15人だから中々キル数も稼ぎにくいだろう」
「アー確かに。物資も地道に拾い集めるしかないカー」
お互い敵同士、同じフィールドの見えない位置でゲームを進める。
大会に向けた話をしつつ、雑談なんかも交える。
「センカは一人暮らしだったね。サイコから家出されたと聞いたよ」
「なんだヨいきなり。精神攻撃のつもりカ? 今更そんなんで揺らがねーゾ」
「ただの世間話さ。小細工なんて必要ないしね」
「煽りやがって……」
嫌いな人間の話題を振られ、敏感に反応する。
そのままツララは自身のことを語り始めた。
「僕は今も実家住みだ」
「あー、そうなン?」
「心配性な両親でね。自分で言うのもなんだが、甘やかされて育った自覚はあるよ。そのおかげでプロゲーマーを目指せた。大会で結果を残して、ブイアクトのスカウトを受けた。生まれたときから幸運に恵まれたよ」
「……そりゃ良かったナ。ご家庭自慢カ?」
「ああ自慢さ。だが運も実力のうち、君は運が悪かったらコントローラーを投げるのかい?」
「ン? ……投げるんじゃネ?」
「そうかい? 僕は苦手な敵ほど燃えるタチでね。嫌いだからと避けていてはいつまでも勝てない」
「……センカも負けっぱなしは嫌いダ。でも、勝つべき相手は自分で選ぶヨ」
画面から目を離さないように、返答の言葉を思考する。
センカの負けず嫌いは、口論においても変わらない。
「ツラたんは好きなゲームより嫌いなゲーム優先するのカ? 誰だって好きを優先するダロ。他にもやることあんなら避けても良くないカ?」
他人の言葉に耳を傾け、自分の考えを曲げること。それすら負けだと思っている。
だが勝負はいつでもフェアプレー、相手に自分の考えを納得させることが勝利条件。
そう思って反論していたのだが。
「ふむ。一理ある」
「納得すんのかヨ……今のセンカ説得する流れじゃなかったのカ?」
あっさりと受け入れられ拍子抜けする。
「そのつもりだったが……やはり僕に人心掌握の才はなかったようだ。大人しく己の才を振るうとしよう。そら、頭上が隙だらけだ」
「あっ、クッソ……不意打ちとかきたねーナー」
「まだまだ未熟だね。さて、そろそろ……」
「オイ何終わろうとしてんダ。勝ち逃げカ?」
「センカ。夕飯の準備ができたのじゃ」
「ム……飯ならしゃーないカ……」
不完全燃焼のままゲームは終了。
渋々センカは食卓に向かった。
「本日のメニューはスモークサーモンと野菜のマリネ、ラムのバターソテー、海鮮パエリア。食後に苺のムースを用意したのじゃ」
「洒落てんナー。レストランにでも来た気分だヨ」
「それは光栄。食べてくれる人が居ると作り甲斐があるのじゃ」
「うーん……相変わらず綺麗すぎて落ち着かないね。正直僕は気軽に食べられるファストフードの方が好みだ……」
「これも社会経験じゃよツララ。生きていれば付き合いで敷居の高い店に行くこともあるじゃろう。どれ、ついでにテーブルマナーでも教えてやろうかのう」
「しまった失言だったか……」
プロ顔負けの見栄えに驚嘆しつつ、ゆっくりと食事に手をつけ始める。
「ン、ウマい。もうリリちゃんがママで良いヨ」
「嬉しいけど素直に喜びにくいのじゃ……」
「元々料理人だったんだよナ? なんでVTuberなろうと思ったン?」
「ほう? 自ら聞いてくれるとは都合が良いのう」
「あ……やぶ蛇っぽい反応だナ……」
「お察しの通り、サイコ殿に誘われたんじゃよ。センカさえ良ければ当時のことを話しても良いかのう」
「……別に、思い出話くらいなら聞いてもいいヨ」
自分から聞いた手前断れず、顔をしかめながら許可する。
とはいえ、センカも興味ゼロというわけでもなかった。
「ありがとう。サイコ殿とは学生時代からの付き合いでのう。ワシが料理人になってからは会う頻度も減ったんじゃが、急にワシの店に足を運ぶようになったのじゃ。なんでも一人暮らしに戻ったから時間に余裕ができたと」
一人暮らしに戻った、という言葉でセンカはその時期を察する。
それは自分が父親の海外転勤について行くことに決めた頃。
「……良いご身分だナ。センカが居た頃は外食なんて誘いもしなかったくせに」
「そう言ってやらんで欲しいのじゃ。あの人が来るのは大体配信後の23時頃、子供を連れて良い時間ではなかったからのう」
何かとサイコのフォローをするリリ。
旧知の仲と知ればその行動にも納得がいく。
「そうしてサイコ殿と会って話す度、ワシは羨ましく思ったのじゃ。自分の料理で胃袋を掴めるのはその地に住まう少数。それに対してサイコ殿は全国の何千何万という人間の心を掴んでいると。一層興味が出て調べてみたら、なんでも料理の知識は配信でも生きると聞いてのう。それが美食系VTuber狡噛リリの生まれたきっかけじゃよ」
慈しむように思い出を語るリリ。
そして一通り話し終えたところでセンカに向き直り、改めて聞く。
「センカ。サイコ殿が母親として道を誤ったこと、それは否定せんよ。しかし娘に愛情を注ぎつつ、VTuberとして大勢の人間を愛すること。この2つの両立は難しいことだと思うのじゃ。許せずとも理解はしてやれんかのう?」
「……じゃーどっちか辞めれば良かったんじゃネ? 結果的に母親辞めさせてやったセンカの判断は間違ってなかったってことダロ?」
「ツレないのう……何がそんなに嫌なのじゃ?」
「腹立つカラ。センカのことは構ってくれなかったのに自分には構ってくれとか都合良すぎダ」
「それを言われては返す言葉もないのう」
どれだけ会話を交わそうとセンカは変わらない。
むしろ正当性があるからこそ説得し返される始末。
リリが断念したところで、今度はセンカが聞いた。
「そういやもう一個聞きたいことあんだケド」
「ん。なんじゃ?」
「前の配信でバンドフェス留守番組って言ってたケド、不満ないのカ? 普通に不公平じゃネ?」
「バンドフェスか。センカは出たかったのかい?」
「ンー……ライブは別に出れなくても良いケドさ、同期でセンカだけ仲間ハズレだったのが気に食わネー」
「ああ……今年は色々特殊な事情もあったみたいだね。裏取引によるゲスト出演や突然のメンバー変更だったり」
そもそも4人が集まる口実となったバンドフェスの存在。
それに参加しなかった二人が思いを語る。
「しかし僕もセンカと同じだよ。歌やダンスは苦手でもないが、それほど興味もない。それならレッスン時間にゲームしていたいくらいだ」
「ワシとサイコ殿は良い歳じゃからな。ライブに参加できないとは言わんが、若者の熱量に追いつくのはしんどいのじゃ。人それぞれスタイルは異なる、ワシは配信に注力できるならそれで良いと思っておるよ」
「ふーん……」
二人の話を聞き、言葉にはしないものの共感する。
アイドルと配信者の二つの側面、どちらを優先したいかと聞かれたら自分も後者を選ぶ気がしたから。
考えながら咀嚼し、気づけば皿は綺麗に平らげられていた。
「ご馳走様だヨ。じゃセンカは遅くなる前に帰るカラ」
「ああ、未成年も色々と大変だね」
「それナー。さっさと成人して夜出歩くと補導されるとかいうデバフから解放されたいところだヨ」
「若者らしい悩みじゃのう。年寄りは衰えるばかりで老いは怖いのじゃ……」
先に帰ることを伝え、手早く荷物をまとめる。
そして玄関に差し掛かったところでリリに話しかけられた。
「センカ。最後に……サイコ殿から伝言があるのじゃ。『次の大会で科楽が勝ったら直接会って話す機会をクダサイ。少しだけで良いノデ……負けたらこれで最後にしマス』と」
最後まで、この場に居ない人間に心を乱される。
センカは努めて冷静に、第三者経由の宣戦布告を受ける。
「……良いヨ。どうせ勝つシ。ここで引導渡してやる」
そう言い残して、センカは部屋を後にした。
確実に去ったのを確認し、ツララとリリは見合わせる。
「……行ったね」
「うむ。そういうことらしいのじゃ――――サイコ殿」
リリが話しかけたのはパソコンに繋がれているマイク。
ずっと起動中だった通話アプリの接続相手。
「ご協力感謝しマス」
「ふぅ……なんだかセンカを騙しているみたい胃が痛いのじゃ。盗聴のような真似はもう勘弁じゃよ」
「アハハ……けどリリが気にすることはないデスよ。あの子も気づいていたようデスし」
「何? 気づかぬフリをしてくれておったのか……聡い子じゃのう」
サポートに徹し、多方面に気遣っていたつもりがいつの間に気遣われていたと。
そう知らされたリリはなんとも言えない気持ちになった。
「それで、聞きたいことは聞けたかい?」
「エエ。おかげさまで……あの子の口から本心を聞けて良かったデス」
ツララの問いに答えたサイコは、言葉とは裏腹にどこか寂しげな口調だった。
機械越しでしか聞くことのできない娘の声に対し、彼女は心中で何を思うのか。
「おかげで話す内容もまとまりそうデス。そのためには……まずセンカちゃんに勝たないとデスね」
それぞれが想いを胸に、大会へと臨む。




