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第100話 過去に託される者達

 幼い頃の夢はアイドル。

 でも夢は夢、目標するつもりはなかった。

 実現性がないものを目標にはできない、現実思考の冷めた子供。


 歌って踊って各地を回って、明らかな肉体労働職。

 病弱な自分に耐えられるはずがないと初めから分かっていたから。

 分かっていたのに……目を離せなかった。

 病室のベッドの上で画面を眺め、その姿を追ってしまう。

 

 そんな病院通いの学生時代、耳にしたのは遠い親戚の噂。

 アイドル事務所にスタッフとして入社した男がいると。

 業界の人間が身近にいる、そう思ったら興味が湧いた。


 叶えられないけど、諦めきれない夢。

 その現実を聞いて諦めたかったのかもしれない。

 親に頼み込んで、その男に会えることになった。


「なるほど……良い趣味をしていますね。あなたとは話が合いそうだ」


 自分の好きを共感してもらえて嬉しかった。

 嬉しくてつい、誰にも話したことのない夢の話もしてしまった。


「聞いてもいいですか? あなたがアイドルの何に憧れたのか」


 バカにせず聞いてくれたから、真面目に答えた。

 『笑顔一つでファンを幸せに導く姿』、と。


「じゃあ、やってみませんか? 病弱な女の子にもできるアイドル」


 男は提案した。

 私にもできる、夢の叶え方を。


「VTuber。自分の動きをキャプチャしてキャラを動かし喋らせる。外に出ることもないから体力面の心配はいらないはず」


 当時は名前くらいしか知らなかったためあまり想像できなかった。

 それでも活動内容を聞く限り自分でもできそうな気がした。


「VTuberはキャラを愛してもらうコンテンツ、私は次世代のアイドルの在り方として注目しています。なりたくてもなれない人達の、希望の光として……あなたにはそのモデルケースになって欲しい」


 形は違えど、男もアイドルに夢を見ているようだった。


「顔も名前も伏せて新たな自分になる、抵抗を感じるかもしれません。しかしキャラという写し身は、欠点を隠す仮面にもなってくれる」


 欠点を隠す仮面、その言葉に強く惹かれた。

 生まれたときから背負わされたハンデ、それを伏せて心に描く自分を見せることができる。

 誰でもアイドルになれる可能性。


「あなたの手で、新たなアイドルの可能性を示してみませんか?」


 私は迷うことなく差し伸べられた手を取った。







【キャラモデルの発注などは彼が全て準備してくれた。おかげで、私は雪車引グレイになれた】


 灰羽メイは語る。

 彼女のルーツ、今に至るまでの過程を。


【私は彼に返しきれない大恩がある。その恩に報いる方法こそが、アイドルVTuberの成功なんだ。雪車引グレイはリタイアを余儀なくされたが……その無念は導化師アルマが継いでくれた】


 声を発せない分、真剣に画面へと文字を打ち込む。

 想いの強さはヒシヒシと伝わる。


【ブイアクトは大きく成長した。しかし世間からはVTuberと認識されていても、アイドルと認識していない人も多い。彼と共に掲げた夢は未だ道半ば……だからまだ終わらせるわけにはいかない。例えどんな手を使うことになっても】


 言葉の端々から感じる強い覚悟。

 否定され続け、間違っていると理解していても、目的のために自分を曲げない。

 それを聞いて、感想を述べる。


「ふーん……拗らせてるね」

【はは……少々新鮮だな。アルマにそういうことを言われるのは】

「まあね。アタシは導化師アルマだけど四条ルナじゃないから、グレイを守れなかった罪悪感とかもないし」


 VTuberの人格のコピー。

 それをする上で中の人間の心情まで投影するべきか迷っていた。

 しかし、今の話を聞いてすべきではないと判断した。


【罪悪感、か……君はそう受け取ったんだね。今の話を】

「うん。大体理解できたからこれで歌えると思うよ」

【それは何より。期待しているよ】


 だって四条ルナになってしまえば、きっと彼女と同じ判断を下してしまうから。


「……うん。お任せあれ」


 今はもう一人の自分を守るためにも、導化師アルマを辞めることはできない。




 …………




「――――と、大体そんな感じ。例のプロデューサーさんには導化師アルマの準備もお世話になったし、面識はあるよ」


 雪車引グレイというVTuberの話、その誕生に関わった男の話。

 姉も聞いた話らしく、情報は断片的だったが理解するには十分だった。


「なるほど……ありがとう。あとは本人に聞いてみるよ」

「どういたしまして。じゃあ今度はこっちのお願い聞いてもらう番だね?」


 姉は交換条件の話を持ち出す。

 有益な情報を貰えたのだから、今更断るつもりはない。


「……協力する前に、もう一つ聞きたいことがある」


 しかし、どうしても聞かなければならないことがある。


「辞めるのはいい。けどなんで導化師アルマを正式に引退させなかった? 姉さんなら、ツムリがこうなるってわかってたんじゃないか?」


 自分の担当タレントが被った苦難。

 その原因を作った一人として、どんな意図があったのか。


 四条ルナはゆっくりと口を開き、答える。


「……そうだね。ツムりんに代わらせるために引退しなかった、って言っても良いよ」

「っ! どうして!?」


 あまりに無神経な言葉選びに興奮を抑えられなかった。

 対して彼女は極めて冷静に言う。


「でも私からは教えない」

「は……?」

「調べていくうちに気づけると思うから。……彰。これはあなた自身が考えるべきことでもあるの」


 久々に名前で呼ばれ、それだけでその真剣さが伺える。

 諭すように、こちらの目を見て言う。


「異迷ツムリのマネージャーとして、あの子を助けたいなら……あの子にかけるべき言葉は自分で見つけなさい」


 自分が悩み続けてきたことを的確に言い当てられ、一瞬言葉を失う。

 教えを説くようなもの言い、導化師と崇められ続けてきた才能は健在か。

 冷水をかけられた気分になり、落ち着いた頭で返答を考える。


「はぁ……どこまで人のこと見透かしてんだよ。ったく」

「お姉ちゃんですから。アッキーは特別だよ♪」

「……信じていいんだな? これ以上ツムリを苦しめるつもりなら、家族だろうと許さない」

「うん。信じて欲しい」


 いつもの調子に戻る姉。

 手のひらで転がされているようで良い気はしなかったが、もはや拒む理由がなかった。

 今の彼女以上に信頼できる者は居ない。


「わかった。僕は何をすればいい?」

「よかったぁ。て言ってもしばらくは出番ないから自分の調査進めてて良いよー。センカちゃんの方も順調みたいだしね」

「そうなのか? 確かツムリが居たグループの元メンバーを追ってくれてるんだったか」


 話題に上がり思い出す。

 自分とは別のアプローチで異迷ツムリの過去を調べてくれている者達のことを。







「てことで、会う約束取りつけれそうだゾ。ツムリの元チームメイトと」

「仕事はっや」


 向出センカは通話越しに報告する。

 相手は絵毘シューコ、センカの手際の良さに静かに驚いているようだった。


「初対面の相手とこんな短期間で接触って……どんな手使ったのよ」

「大したことしてないヨ。相手は大して売れてないアイドル、知名度上げようと色々工夫してたみたいだからナ。適当にファンですとか言ってコラボチラつかせて仲良くなっただけダ」

「ああ……確かに大手企業Vの知名度で宣伝してもらえるってんなら喜んで飛びつくか。あんた詐欺師向いてそうね……」

「人聞き悪いナ、嘘はついてないヨ。役に立ったら多少は協力してやるつもりだシ」


 経緯を説明し、納得してもらう。

 シューコは若干引き気味だったが、それでも一応感謝してくれているみたいだった。


「進捗はそんな感じダ。会う日程決まったらまた連絡するヨ」

「りょーかい。全部任せきりにして悪いわね」

「構わんよヨ。こういうのは得意だしナ」


 挨拶も程々に通話を切る。

 仲間と立てた作戦は滞りなく順調。

 達成感を覚えながら、端末の画面を見る。


「ふぅ……ン? ツラたん先輩からメッセージ来てんナ」


 よく遊ぶ先輩からのメッセージ。

 雑談することも多々あるが、今回は目的のある連絡だった。


『同士センカよ。今宵漆の刻、饗宴の幕は開かれる。これは招待状、貴公は選ばれし者。破棄するもまた一興、しかし我の望むところではない。貴公の英断に期待する』


「相変わらず難しそうな言葉ばっか使って国語力低そうな怪文書だナ……これコラボの誘いカ? ンー……今宵って今日の夜か。急だナー電話してみるカ」


 難解な文面を解読しつつ、送信者との通話を試みる。

 するとタイミングが良かったのか、即座に応答があった。


「銀世界の支配者、召喚に応じ馳せ参じた」

「うわワンコールかヨ。暇なのカ?」

「失礼だな、僕の反応速度ならこの程度造作もない。……君の連絡を待っていたというのも多少はあるけどね」


 通話先の声にいつもほどの覇気はない。

 どうやら急なコラボの誘いを気にして返信を待っていたようだ。


「それで? コラボの誘いで良いんだよナ?」

「ああその通り。厳しいかな?」

「別に予定ないから良いケド。何すんノ? あと他に参加者は……」

「そうか来てくれるか! 詳細は追って連絡しよう! では僕は配信準備があるのでこれで。待っているよ」

「ン? あーまた夜に……なんか慌ただしいナ?」


 返事をした途端一方的に通話を切られ困惑する。

 よほど忙しかったのか、しかし通話の反応は早かったような……と考えを巡らせていると追加でメッセージが届いた。


「あ、詳細連絡来た。えーと……ウゲ……」


 送られてきた情報に心底嫌な顔をしつつ、今までの反応に察しがついた。

 センカが注目したのは参加メンバー、自分とツララの他に二人。


「だから強引に通話切ったのカ……うわ、SNS告知で名前出して逃げ道なくしやがった。用意周到過ぎんダロ……」


 一人は狡噛リリ、比較的交流の多いツララと同期の先輩。

 ここまでの二人であればコラボも喜んで引き受ける。

 しかし最後の一人の存在だけで億劫になる。

 事務所にも共演NGを出している、センカが個人的に嫌っている人間。


「はぁ……しゃーない、油断したこっちが悪いカ。ツラたん先輩も頼まれただけだろうし……今回だけ乗ってやるヨ――――科楽サイコ」


 1期生科楽サイコ。

 センカはしばらく避けていた人間との共演を渋々受け入れることとなった。


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