第99話 異迷ツムリ調査計画
待ち合わせ場所はファミレス、4人の女性が座る席に招かれた。
「勢揃いだな……。改めてどうも、異迷ツムリのマネージャー……いや、今は元マネージャーか。はは……」
「ん? ツムリのマネージャーこんな暗い感じの人だったカ?」
「顔色も悪い」
「ああ……すまない。仕事なくて休暇貰ったんだが家でやることもなくて。一人で考えてたらメンタルがな……」
人と会えば気分も変わるかと思ったがそんなこともなく。
端から見ても分かるくらい自分は気落ちしているらしい。
「この度はツムリが迷惑かけて申し訳ない。責められても文句は言えない……けど、あいつなりに頑張ってるってことだけは分かってやってほしい」
こうして集まってくれたのもツムリが心配をかけているから
マネージャーとして代わりに謝罪する。
「そんなの言われんでもわかってますよ。じゃなきゃここ来てないんで」
「っ……ああ。ありがとう」
フォローを入れてくれたシューコに少々驚いた。
彼女はツムリを嫌っていると思ったが、案外心象は悪くないらしい。
「じゃあ早速っスけど、作戦会議始めましょうか」
「ああ。ツムリを元に戻す作戦、是非協力させて欲しい」
1タレントのマネージャーとその同期、そんな奇妙な間柄の同盟が結ばれた。
「それで、どうしたら異迷ツムリを説得できると思います?」
「それが分かったら僕も悩んでなかったよ。今はあいつが何を考えてるのかすら……いや、今までもずっと、何も分かってなかったのかもな……」
前向きに話し始めてもマイナス思考を止められず、愚痴を漏らしてしまう。
大の大人が落ち込んでいるところを気まずそうに見る女性ら。
それを切り捨てたのは最年少の少女だった。
「ウジウジめんどくさいナ。これから知ればいいダロ」
「え……」
「とりあえず知ってること全部教えてくれヨ。ツムリになる前のことトカ」
「ツムリになる前……と言っても僕も出会ったのはデビュー直前だからな。知ってるとすればアイドルやってたってことくらいか」
聞かれたものの四条が出会ってすぐに異迷ツムリになったことを考えれば、付き合いの長さは彼女らと大して変わらない。
知っているのは彼女の前職。
「間宵紬。いわゆる地下アイドル、『スターライト』って名前の3人チームで活動していたらしい。けど別々にデビューし始めて一人になったところを僕がスカウトしたんだ。その事務所のプロデューサーの紹介で、と言ってもプロデューサーを紹介してくれたのもウチの社長なんだが」
「また社長……あの人何企んでんの?」
「さあ……一応反省してる風には見えたが」
話題に上がった社長については皆同じ評価らしい。
ツムリに導化師アルマの代役を頼んだのも社長、少なくとも良い印象ではないだろう。
そんな話をしている脇で向出センカは携帯端末の画面に集中していた。
「間宵紬……スターライト……ふむ」
「ちょっとセンカさん、スマホしまった方が良いっスよ。失礼っス」
「……ん。見つけたゾ」
「見つけたって、何を?」
満足気に端末を見せつけてくるセンカ。
その画面にはSNSアカウントのホーム画面が表示されていた。
「スターライト元メンバーのSNSだヨ」
「おお。センカ、探偵みたい」
「探偵っていうかネットストーカー……」
「見た感じ上昇志向強いタイプだナ。シューコみたいな感じ」
「昔の話よ。今は上とか目指してないから」
「そういやそうだったナー底辺オツヒメ様(笑)」
「コイツ……」
持ち前の賢さを発揮しつつ、年齢相応のイタズラめいた表情を見せる。
「接触して話聞いてみようゼ。黒歴史見つければ脅して元に戻せるかもしれんシ」
「発想えげつないな……けど昔のツムリを調べるって案自体は悪くない」
性格の悪さには一旦目を瞑り、センカの案を採用する。
彼女を説得出来なかった自分は、彼女を知るところから始めるべきだと思ったから。
「よし。その元チームメンバーは任せて良いか? 僕はプロデューサーの方を追ってみよう」
「おーけーだヨ。任せナ」
「「「任せた」」」
「いやオメーらも手伝えヨ。年上のプライドとかねーノ?」
やり取りから見て取れる良好な関係性。
良い仲間に恵まれたようで嬉しくなる。
居場所はある。だから、いつ戻ってきても大丈夫。
◇
後日、四条彰は例のプロデューサーと接触を試みるための情報収集をしていた。
具体的には連絡先、あの男を紹介してくれた人の元に直接問い合わせる形で。
【それはできないな】
自分の所属する会社の社長、灰羽メイ。
彼女は頼みの綱は二つ返事で断った。
「そうですか……理由を聞いても?」
【そんな不満そうな顔をしないでくれ。本人の希望なんだ】
「本人の?」
彼女は申し訳無さそうな顔で理由を話し始める。
【彼は少々気難しい性格でね。推しと直接関わるような真似はしたくないらしい。趣味を重視するあまり関係の遠いスタッフ、社長の私とすら会うことを避けるようになったくらいだ】
「はぁ……え? 推しってまさかツムリのことですか?」
【ああ。あれでよくアイドル事務所のプロデューサーをやっていられるよ】
「自分で推薦したVTuberが推しって……ない話ではないのか?」
間宵紬を紹介してもらう際に一度だけ話したことがある男。
『アイドルの才能がある』と豪語していたが、まさかファンになるほど入れ込んでいるとは。
【そんなわけで私から連絡先を渡すことはできない。すまないな】
「いえ。それより社長はあのプロデューサーとどのようなご関係で?」
【ふむ。強いて言えば……恩人、かな。これ以上はプライベートの話なので控えさせてもらおう】
一言だけ回答し、灰羽は以降の質問を拒んだ。
これ以上情報を引き出すことは難しそうだ。
「そうですか……ありがとうございます」
有益な情報は少なかったが、一応感謝だけ伝え社長室を後にした。
オフィスの廊下、自分の職場ではあるものの今日は休暇。
そのまま帰宅しようと考えて歩いていると、見知った顔とすれ違った。
「っ。ツムリ……!」
「……何回言えばわかるかな? ツムりんはここに居ないよ。アッキー」
「あ、ああ。そうか……」
「それで、何か用?」
「あ……いや、なんでもない。呼び止めてしまってすまない」
「そう? じゃ」
心なしか冷たい反応、まるで自分と話すことに気まずさを感じているような。
そんな一瞬のやり取りののち、彼女は自分が退室した部屋へと入っていった。
「? 社長室に何の用が……?」
社長と彼女の面会。
嫌な予感がしつつも、四条はその場を去ることしかできなかった。
結局成果はほとんど得られなかった。
あのプロデューサーは自分に会いたくないとのことだが、気を遣うつもりもない。
ファンだというのなら、尚更異迷ツムリのために協力させてやる。
しかし彼とのコネクションである社長には断れれた。
他に手はないか、そう考えて思いついたのは、あの社長と親しかった人物。
帰宅後、すぐにその人の元へ赴いた。
「姉さん。話がある」
社長が立ち上げた会社のスターティングメンバー、自分の知る限り最も古い付き合いの人物、四条ルナ。
そう話を持ちかけると、彼女はまるで予想していたかのように返答する。
「ツムりんの元プロデューサーのこと?」
「え、怖……なんで分かるんだよ……」
「シューコちゃんに聞いたー。あの子報連相しっかりしてて大人だねー」
「あーどうだろう。姉さんと話す口実が欲しかっただけの可能性もあるが……」
情報があるにしても察しの良すぎる姉に動揺を隠せなかった。
そんな自分に姉は提案した。
「教えても良いよ。連絡先と、私の知ってること。条件はあるけど」
「本当か!? けど条件って……?」
「大したことじゃないよ。今やってくれてることの延長、導化師アルマを終わらせるための手伝いを、ね」
終わらせる、と本人の口から聞いて硬直する。
いつもと変わらない口調だが、その目は真剣そのものだった。
一瞬躊躇し、しかし現状を顧みて覚悟を決める。
「……分かった。聞かせて欲しい」
「いいよ。じゃあまずは……グレイの話からかな」
…………。
【さて、用件はなにかな】
本日二人目の訪問者、現在の導化師アルマに灰羽は問う。
「送ってくれた曲、歌っても良いよ。条件はあるけど」
【本当か? それで条件というのは?】
導化師アルマ宛に送った曲、灰羽風に言うのなら2通目のファンレター。
その歌唱を承る条件を話す。
「どうせ歌うなら解像度を上げたい。あの曲も四条ルナと灰羽メイの"思い出"からできてるんでしょ?」
【なるほど……確かに、これを歌う導化師アルマが知らないというのも不自然な話か】
「うん。ずっと聞きたかったんだ。なんでそんなに導化師アルマにこだわるのかって」
灰羽はその問いに一瞬の迷いを見せながらも、回答を了承した。
【良いだろう。では昔話からしようか。四条ルナと私、そして私を導いてくれた一人の男の話……君もよく知る人物だ】
灰羽は導化師アルマではなく、間宵紬に向けて話す。
完璧なアルマを求めて、情報を補完させるように。
【間宵紬のプロデューサーにして――――実の兄、『間宵解斗』。彼が生んだ雪車引グレイというVTuberの話を】




