おくればせながら、誓います
【登場人物】
臼田啓太郎(41)…………主人公 ブライダルプランナー
鎌田(旧姓・臼田)沙也(35)…………啓太郎の妹
臼田清(75)…………主人公の父
臼田美咲(71)…………主人公の母
鎌田唯奈(10)…………沙也の娘
花田信二(35)…………虎次郎の訪問介護員
須賀智子(45)…………結婚式場の社長
江田(55)…………内科医
津村(25)
可憐(25)
1 打合せ室
臼田啓太郎(41)、スーツ姿で清潔感のある恰好で、津村(25)と可憐(25)とテーブル越しに向き合っている。
啓太郎「(PCを操作しつつ)では挙式なのですが、キリスト式、人前式、どちらでいきましょうか?」
可 憐「(勇気と目を合わせて)人前で、お願いします」
啓太郎「人前で。かしこまりました。ありがとうございます」
勇 気「……だめだ、もう緊張してきた」
可 憐「ねー。ちゃんと歩けるかな……」
啓太郎「大丈夫です。バージンロードにも実は意味がありまして。(二本指で机を歩きながら)二人が歩んできた人生をこう、一歩、一歩噛みしめながら、進んでいくっていう―
」
啓太郎のスマフォに着信。
啓太郎、即座に拒否し、スマフォの電源を消す。
啓太郎「……失
礼しました。こう、過去を噛みしめながら歩んでいくっていう意味がありますから―(と続く)」
2 同・ベランダ
啓太郎、スマフォを耳にあてている。
啓太郎「酒? そんなことなら、メッセージで良いじゃん。仕事中だよ?」
3 八王子古民家・居間
敷布団に座ったパジャマ姿の臼田清(75)、耳にあてていたスマフォを置く。
臼田美咲(71)と
花田信二(35)、
キッチンの方で楽しそうに料理している。
花 田「キヨさん、今日お刺身あるよ」
清「……(不満げ)」
× × ×
清、敷布団に座ったまま簡易テーブルで食事をしている。
美咲、少し離れたところのテーブルで食事をしている。
田、キッチンで洗い物をしている。
清、薄く切られた刺身を口に含む。
花田、洗い物を終えて、清のもとにやってくる。
花 田「どうです? 寿司屋やってる友人のおそそわけなんです」
清「んん……(とそっけない返事)」
花 田「好きな物ほど急がず、ゆっくり味わってくださいね」
清「話しかけたら食えんだろ」
花 田「……そうですね。失礼しました。(美咲に)では、今日はこの辺で失礼しますね」
美 咲「(立ち上がって)ほんとにいつもありがとうございますう」
花 田「あー座ってて。いえいえ。またじゃあ、明日」
美 咲「すいません」
花田、出ていく。
美 咲「(清に)ねえ、もうちょっと仲良くしましょうよ」
清「……」
美 咲「ヘルパーさんだって気持ちよくお仕事したいでしょ?」
清「……こっちこい」
美 咲「今、食べてる」
清「こっちこい」
美 咲「……なにもう」
美咲、清のもとにくる。
清「ここ座れ」
美 咲「……ええ?」
美咲、清の隣に座る。
清、にじり寄って美咲の肩を揉み始める。
清、そのまま美咲に抱き着く。
美 咲「もう、食べようよー」
清「(抱きしめて)……」
4 同・表
啓太郎、日本酒の瓶の入ったビニール袋を持って帰ってくる。
5 同・寝室
清と美咲、隣同士で手をつないで眠っている。
清、身体を起こす。
6 同・一室
ライト一つが灯る怪しい空間。
啓太郎と清、日本酒をおちょこで晩酌をしている。
清「かんぱい」
啓太郎「かんぱい。クイッて飲んじゃだめだよ」
清、嬉しそうに飲む。
啓太郎、おちょこに口をつける。
清「あのよう」
啓太郎「んん」
清「式っていくらかかるんだ?」
啓太郎「ええ……? 式?」
清「結婚式だよ。いくらかかるんだ?」
啓太郎「……日
取りとか、演出のやり方にもよるけど、平均330ぐらいだよ」
清「330! ……」
啓太郎「やめてよ、仕事の話してるみたい」
清「……」
清、おちょこに手をつける。
啓太郎「クイッて飲んじゃだめだよ」
清「……5万」
啓太郎「ええ?」
清「5万しかない」
啓太郎「なにが?」
清「金だよ」
啓太郎「なんの?」
清「結婚」
啓太郎「誰の」
清「オレだよ」
啓太郎「……オレ?」
清、クイっと飲む。
啓太郎「ちょ、ばか、死ぬよ?」
清「……死ぬ前に、やってやりたいんだよ。美咲に」
啓太郎「……え」
清「……貧乏で、何にもしてやれんかったからなあ」
啓太郎「……」
清「……お前にも苦労させたなあ」
啓太郎、クイっと飲む。
啓太郎「……5万……か」
7 結婚式場・事務所
啓太郎、須賀智子(45)と向き合っている。
啓太郎「……なんともならないですよね」
智 子「そりゃ、その予算じゃ……あなたが一番分かってるでしょう?」
啓太郎「……まあ……ですよね、いや、大丈夫です。言ってみただけで」
智 子「場所……」
啓太郎「?」
智 子「まあ、場所ぐらいかな。私が何とかしてやれるのは」
啓太郎「……え」
8 八王子古民家・居間
床に置かれたスマフォからオクラホマ・ミクサーの音楽が流れている。
啓太郎、鎌田唯奈(10)に怒られながらフォークダンスの練習に付き合ってやっている。
清と美咲、並んで微笑ましそうにその様子を鑑賞している。
鎌田沙也(35)、コーヒーとジュース、お菓子を机に準備し始める。
沙 也「はい休憩してよ―」
美 沙「まだ」
沙 也「美咲ばあちゃんと交代したら? おじさんは休憩させてやりな」
清、美咲の手をとって座ったまま小さく踊ってみせる。
美沙、清と美咲のダンスの指導をし始める。
9 同・一室
啓太郎と沙也、一角に座ってコーヒーを飲んでいる。
啓太郎、汗を拭いている。
啓太郎「いやあ、元気だね」
沙 也「好きな人とあたって張り切っちゃって」
啓太郎「良いじゃん、良いじゃん」
沙也、鞄からシルバーリングを取り出して啓太郎に渡す。
沙 也「はい、これ。銀婚式とか色々こみで良いでしょ」
啓太郎「ええ、作ったの? さすが工芸科卒……」
沙 也「誰でもできるよ」
啓太郎「いくら?」
沙 也「え、別にゼロ円だけど。うちにあった材料だし」
啓太郎「……さすがです。あと、ドレスはレンタルで……んん、いけそう」
沙 也「父さん、ほんと母さんのことが好きだったんだね」
啓太郎「……だな」
沙 也「……貧乏だって、私はいい思い出だったけどね」
啓太郎「よく言うよ。オレのおさがりばっか着させられて泣いてたくせに」
沙 也「そりゃ泣くでしょ。かわいそうに」
沙也、不意に啓太郎の写真をスマフォで撮る。
啓太郎「なんだよ。消せよ」
沙 也「兄ちゃんも良い人いないの? 人のお世話ばっかしてさ」
啓太郎「仕事だよ」
沙 也「(写真をみて)……まあ、んん……パパ活がいいとこか」
啓太郎「あ?」
沙 也「でも今、すっごい加工アプリもあるから、プロフィールには使えるかも」
啓太郎「消せよ」
啓太郎、沙也からスマフォを奪おうとする。
清が咳き込む音が聞こえて―
啓太郎「!」
10 同・居間
清、咳き込んでいる。
唯奈と美咲、心配そうにしている。
啓太郎と沙也、駆け付けてくる。
美 咲「ちょっと張り切りすぎちゃったねえ(と清の背中を摩る)」
沙 也「……ごめんなさい」
美 咲「サヤちゃんのせいじゃないよ」
清「……ああ……大丈夫大丈夫」
11 同・一室
啓太郎と沙也、江田(55)と向き合っている。
江 田「まあ、状態は変わらずというところです」
啓太郎「変わらない、というと?」
江 田「変わらず……んん、悪いということです」
啓太郎「……」
江 田「自宅療養を続けるなら、いつ何が起こってもおかしくない。それなりの向き合い方が必要ですよ」
啓太郎「……はい。分かっています」
12 同・居間(夜)
清、ベッドで寝転んでいる。
啓太郎、やってくる。
啓太郎「落ち着いた?」
清、起き上がる。
啓太郎「良いよ、そのままで」
清「……どうだ」
啓太郎「再来週の火曜日か、水曜日」
清「……(嬉しそうに)そうか」
啓太郎「母さんには父さんの言葉で伝えなよ」
清「……」
13 同・一室
啓太郎、PCでデスクワークをしている。
清の声「……結婚してくれ」
美咲の声「ああ、なにい?」
清の声「違うよ、オレと結婚してくれ」
美咲の声「なにい? ボケたんかいな。お薬飲んだか?」
清の声「これ!」
美咲の声「げっ! なにあんたそれ、どこで拾ったの?」
清の声「指輪だよ!」
啓太郎、苦笑しながら作業を続ける。
14 結婚式場・美容室
美咲、沙也と唯奈、智子にウェディングドレスを着せられていく。
美 咲「(鏡に映る自分の姿をみて)うわーなにこれ、うわー大変……」
智 子「とってもお似合いですよ」
15 同・チャペル
啓太郎、客席に清の友人の「遺影」を並べていく。(さすがに不気味だ)
智子、そこへやってくる。
智 子「…… (愕然として)なにしてんの?」
啓太郎「父さんの友人たち……お借りしてきまして」
智 子「(遺影を回収して)絶対やめた方が良い。あなた何年、演出やって んのよ……親族ならわかるけどね」
啓太郎、立ち尽くし、智子の腕にぶらさがっている花の束を見つめる。
啓太郎「それは?」
智 子「? フラワーシャワー。こうやって(と一部投げてみせる)」
啓太郎「……それもやめた方が良い気がする」
× × ×
太郎、祭壇前にタキシード姿の清を車いすに乗せて連れてくる。
祭壇には牧師のコスプレをした唯奈の姿。
席には花田や智子、江田の姿。(他に来賓者の姿はなくガランとしている)
啓太郎「(清に)じゃ、がんばって」
清「……(緊張した面持ち)」
啓太郎「新婦さんどうぞー」
啓太郎、席につく。
美咲、沙也と一緒に入場してくる。
清「……(やはり緊張した面持ち)」
× × ×
清と智子、向き合う恰好となっている。
唯奈、牧師役として間に入っている。
啓太郎と沙也、隣同士に並んで座っている。
唯 奈「その健やかなるときも、病めるときも、真心を尽くすことを誓いますか?」
清「誓います!」
美 咲「元気になったら良いねえ……」
清「お前も『誓います』だよ」
美 咲「(落ち着いた様子で)誓います」
唯 奈「では指輪の交換を」
清と美咲、美咲に手伝ってもらいながら(沙也が作った)指輪の交換をする。
唯 奈「では誓いのキスを。おばあちゃん、しゃがんで」
美咲、しゃがんで車椅子の清の高さに合わせる。
美 咲「……腰が……」
清、立ち上がろうとして車椅子に手をつく。
啓太郎「父さん! (と清を支える)」
清「いい! (と啓太郎を振りほどく)」
美 咲「あんた、大丈夫か」
清、かろうじて立ちながら美咲のベールアップをする。
清、美咲にキスをする。
花田、智子、江田は拍手をしている。
啓太郎、再び清を支えようとする。
清「席に戻ってろ」
啓太郎「……」
清「(唯奈に)このまま歩かせてくれ」
唯 奈「……じゃあはい。結婚は成立しました! 新郎新婦ご退場!」
清、美咲の腕を組んで、バージンロードをゆっくりと歩き始める。それはもうゆっくりである。
啓太郎、清に寄り添いながらも、途中で沙也の近くに座る。
花田や智子、江田、「おめでとう!」と立ち上がって二人をひらすらに見送る。
二人の背中、逆光の扉に向かっていく。
沙 也「(ちょっと泣きながら)……天国への扉みたい」
啓太郎「ばか、自分の親だぞ(と泣いている)」
清、美咲とバージンロードを歩きって―
16 高尾山・ケーブルカー
トンネルの中の暗い空間から抜けて、美咲の抱えている清の骨壺があらわになる。
美咲、骨壺を大事そうに抱えて景色を眺めている。
唯奈、その隣で楽し気に景色をみている。
啓太郎と沙也、少し離れたところに座っている。
啓太郎、眠そうにしている。
沙 也「喪主おつかれさま。結婚式からお葬式まで、大騒動の家族だね」
啓太郎「ほんとだよ……」
沙也、啓太郎にスマフォをみせる。
沙 也「みて、登録しといた」
啓太郎「なにやってくれてんだ?」
沙 也「今度は兄ちゃんの番だね」
啓太郎「勝手に人の人生もてあそぶな。相手がいることが全てじゃないんだよっ」
美咲と唯奈、沙也と啓太郎が小競り合いになっているその向こうで、しんみりと景色を眺めている。
美 咲「(唯奈に)昔はおじいちゃんとよく歩いて登ったんだよ」
唯 奈「ふーん、ここも?」
美 咲「そうよ、ずーっと歩いてね、あの時はね、休みの日にふたりで山登るのが楽しみでね―(と清との思い出話が続いて)」
(終わり)