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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ソドムのふたり

作者: 暇庭宅男

神様に許されなかった街に、もしかしたらいたかも知れない二人の話。

僕がハナムを呼んだのはお告げを受けたあとだった。


曰く、この街の悪徳ゆえ天なる主はこのソドムの街を滅ぼすと定めた。お前はまだ幼く清い。故に死のさだめより逃れることを許す。生きのびたあかつきには、人の戒めとなるべく街の滅びを言い伝えよ。と。


なぜなのか。

なぜ、この街は滅ぼされるのか。僕には分からない。神様の、天使さまの言う悪徳が、そんなにも、この街の人たちを滅ぼす程に悪いことなのか。


「ベレク!」

「ハナム!」

友だちの顔を見ていくぶん、心が静まるのを感じる。

「ハナム、よかった、ミャズマ*1の書き置きを?」

「ああ、ベレクの字だってすぐわかったよ」

1つ年上のハナムの大きな目がきらきら光って笑う。

「どうしたんだ、ベレク?」

「・・・・・・ハナム、君のところに、誰か訪ねてこなかったかい?」

「きのうか?」

「うん、きのうの晩だ」

「ああ、来たよ。」

ハナムは少し考えて、それから先を続ける。

「おまえのところにも来たのか。天使様が」

天使様。ああ、聞きたくなかった。聞きたくなかった、ハナムの声でそんな言葉を。

「この街は・・・・・・」

「ああ、滅びるんだってな」

なんでもないふうにハナムは言う。それが信じられなくて、僕は呆気にとられた。

「ハナム、君はどうして。平気なの?」

「いや、平気ってわけじゃないけどな」

ハナムはひらひらと手を振る。

「そうなんじゃないかって、なんとなく思っていたんだ」

窓の覆いをハナムは外す。外にはいつもの街がある。皆平気で、いつものように暮らしている。ように見える。本当は、平気じゃないんだろうか。皆、ハナムのように、何かを予感していたのだろうか。

「べレク、俺らはさ、ずいぶんとわがままに、他人様に冷たく生きてきたと思わないか?町の中はいいさ、でも、少しでも城壁の外に行ってみろよ。病人に、かたわ。読み書きもできない知恵遅れ。そんなやつらが列をつくって、乞食をしてるんだ。そんなやつらは誰も気にかけなくて、あげく骸だって汚いからって焼いてしまう。俺も、働きだしてからそいつらに一回だって何か恵んでやったことはない」

ハナムの笑みはいつしか消えて、美しい瞳はどこか遠くを見ている。

「それで町の中の人間は何をしてるって?全く自分のことしか考えていないじゃあないか。金があふれるほどあったって満足するということがない。恋人がいたって男と女と構わずに寝て、はちみつのいいのがあると聞けばわれ先にと店に押しかけて独り占めにしようとして、誰かが得をするのを見ればその得を自分のものにできなくて悔しがって影口を叩く。だからさ、べレク」

ハナムは僕のほうに向きなおった。

「お前はこの町から逃げろ。そして生きて、悪徳の果てに滅ぶ人たちの話を、たくさんの人に言って聞かせてやってくれ。ソドムの街がもう、二度とこの地上に現れないように」

「ハナム、一緒に逃げようよ。君はまだ、なんの罪もないだろう」

自分でも僕の声はひどく震えているのが分かった。昔から泣き虫と馬鹿にされた癖がぶり返してきて、頬を涙がつたう。

「俺は……だめなんだ、べレク」

「どうして」

「俺はさ、親方の夜の相手をしてるんだ、もう、この町から出られない」

心臓が凍るような気がした。ハナムは顔を伏せている。


どうしてなのだろう。みんなそうして生きてきた。ひしめきあって、愛しあって、いがみあって、欲しがって、わらって、わらわれて。

誰かがそれを悪徳だという。その故に皆は滅ぶと。もしもその悪徳が、死に値するというなら。

「ハナム、僕は行かないよ」

ハナムはそれを聞いて顔をしかめる。

「頼む、べレク、聞き分けてくれ。お前がーーー」

それ以上何かをハナムが言う前に、僕はハナムを抱きしめ、開きかけた唇に唇を重ねて言葉を奪った。

「ハナム、君のことが好きだった。ずっと前から愛していた。だから、もしもそれが悪徳だっていうなら、僕はこの町と一緒に、君と一緒に、焼かれるよ。」



夕闇がソドムの街を覆う頃、空から一条の光が落ちる。硫黄の青い火が、ソドムの豪奢な家々の装飾をつめたく照らす。

「べレク、ほら」

ハナムが空を指さす。僕らは寄り添ったまま、手を繋いだまま、神様の裁きを、死の光を、見上げた。


ーあなたがたはこれらのもろもろのことによってその身を汚してはならないー

町の滅びののち、その戒めだけが残った。

*1ミャズマ。当時の粘土板を用いた掲示板のこと。


旧約聖書を読んだときに、へそまがりな自分が思ったことをなるべくそのまま作品にするべく書いたもの。

神様はたぶん正しい。正しいのだが、その正しさが焼いた人々の中には本当に悪徳しかなかったのか?と。

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