(8-4)
「二度目の謀反の時、それは起こりました。あの日、信勝兄は寺院への参詣に城を出ておりました。そこへ長兄の手配した者たちが待ち構えていたのです」
「柴田勝家たちが内通していたそうですね」
「はい、兄は恐怖を部下の心に植え付け、支配していました。うつけである兄の奇行を誰も予測できません。その上で、それについていけないものを反逆者として見せしめにすることで家臣たちを縛りつけていったのです。誰も逆らうことなどできません。兄の描いた物語を実現するためなら、みながこぞって動くのです」
謀反など起こす気のなかった弟に濡れ衣を着せるために、信勝派の重臣を脅したというわけか。
「配下の武将達に裏切られ、捕らえられた信勝兄は清洲城へと連れてこられました。それはそれは、とてもおぞましい……」
お市様の目から再び涙があふれ、顎を震わせながら途切れ途切れに言葉を絞り出す。
「信長兄はわたくしの目の前で、信勝の死体を形が分からなくなるまで自ら切り刻んだのです。目をえぐり、耳鼻をそぎ、何度も体に刀を突き立て、骨が露わになるまで肉をそぎました、わたくしは……わたくしは、信勝兄が無残な姿になるまで目を背けることを許されませんでした」
なんてことを……。
恐怖で支配し、操る。
俺は言葉を失っていた。
ただしっかりとお市様の肩を抱きしめることしかできなかった。
「わたくしだけでなく、それを見せつけられた武将達はみな恐れおののき、あらためて兄に臣従を誓ったのです」
俺はふと感じた違和感をたずねてみた。
「俺が最初に信長公にお目にかかったときは意志薄弱で今川の侵攻にも降伏しそうな態度で疑問に思っておりましたが、その姿はそのような激しい性格とは相容れないのではないでしょうか」
お市様は袖で自ら涙を拭いながら教えてくれた。
「わたくしは、あの日以来、うつけと呼ばれた兄の能力を神仏に願を掛けて封じて参りました。兄の好む菓子に修験者から手に入れた薬を混ぜ、兄の食べる果物はすべて神仏への祈祷をおこなってから食卓に上げていたのです。これ以上この世に災いを為すことがないように日夜祈り続けておりました」
――能力を封じ込める。
そういうことだったのか。
だから、最初に織田信長と対面したときに、あんなひ弱なステイタスだったのか。
苛烈な信長と凡庸な愚将。
家臣団からしたら、平穏無事な奉公を望むだろう。
むしろ封印された殿様だからこそ、みな疑問を呈することなく従っていたのか。
あの違和感にこんな背景があったなんて。
納得しかけたその時だった。
――待てよ。
俺は気づいてしまった。
ということは、あの信長を覚醒させてしまった俺はお市様の祈りを踏みにじって封印を解いてしまったことになるんじゃないのか。
なんて馬鹿なことをしたんだ。
寝た子を起こしたのは俺だ。
俺が悪いんだ。
俺が魔物を目覚めさせてしまったんだ。
そんな俺の戸惑いに気づいていないのか、お市様が俺の腕に頬を押し当てながらつぶやく。
「しかしながら、今川の侵攻という織田家の危機に直面し、兄は覚醒してしまったようです」
俺は言葉を失っていた。
「兄はあなた様の助言で、天下統一へと乗り出すでしょう。この日の本を手中に収め、握りつぶすために」
いや、待ってくれ。
違う、そうじゃない。
俺が目指す天下統一は平和を意味するはずじゃないのか。
農民たちが安心して暮らせる戦いのない世の中を目指しているんじゃないのか。
信長の天下と、俺の理想はまったく食い違っているというのか。
次々と思考が沸き起こり渦を巻く。
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