(8-3)
俺の思考を察したかのように、お市様が話を続けた。
「兄信長が弟であるわたくしの次兄信勝を成敗したことはご存じですね」
柴田勝家も関与した織田信勝の謀反だ。
「はい。家督争いが原因で謀反を起こしたそうですね」
「それは違います」と、お市様が強い口調で言い切った。「信勝兄は謀反を起こす気などありませんでした」
「そうなんですか」
「当時わたくしは次兄と一緒に暮らしていました。うつけと呼ばれた兄信長に対して、信勝はたしかにまわりから織田家の当主として推されていたことも事実です。しかし、本人が謀反を起こすつもりがなかったのもまた本当です。あくまでも周囲の家臣たちによる主導権争いにすぎませんでした」
「ではなぜ、信長は弟を成敗したんですか」
俺の問いかけにお市様の肩がぴくりと弾ける。
「わたくしの……わたくしのせいです」
声を震わせながら俺の腕にすがりつく。
「わたくしは上の兄信長が十三歳で初陣、次兄の信勝が十一歳の時に生まれました。二人には大変かわいがられておりました。特に長兄である信長は歳の離れたわたくしを溺愛していました。幼い頃のわたくしも甘やかされるままに遊び相手を頼んだりしていたものです。ですが、ある時から……そう、四年前のあの当時、わたくしは信勝兄と暮らしておりました。信勝兄に遊んでもらっていたところ、突然割って入ってきた兄は弟を蹴り飛ばし、顔を踏みつけ、これでもかと皮膚がすりむけるまで地面にこすりつけたのです」
「そんな……」
「近習の者も止めることができず、うつけの奇行にただ呆然としているだけでした」
「なぜ」と、問いかけたものの俺は言葉を飲み込んだ。
俺はその答えを知っているような気がした。
「兄はわたくしが信勝兄に懐いているのが気に食わなかったのです。ただそれだけのことで暴行を働き、弟に釘を刺しただけでなく、わたくしの心を封じ込めたのでした。兄の機嫌を損ねれば、わたくしに関わるすべての者を滅ぼすと、そう睨みをきかせたのでございます。わたくしは兄には逆らえません」
単なる嫉妬でそこまでやるか。
――ああ、やるだろう。
あのシスコンならやりかねない。
「その時は信勝兄を織田家の当主に推したい勢力が、侮辱されて黙ってはいられないと決起を促しましたが、次兄本人はそれを抑えようとしました。一部の者が暴走し、それらの家臣たちは兄信長に滅ぼされ、信勝兄も責任を取らされかけましたが、いったんは母の口添えでおさまりました。ですが……」
お市様の体が痙攣を起こしたかのように激しく震えだし、俺はしっかりと抱きしめた。
記憶の扉を開けたせいで過呼吸になってしまったらしい。
「大丈夫ですよ。大丈夫。ゆっくりと、ゆっくりと息をしましょう。俺を見て」
お市様は潤んだ瞳で素直に俺の目を見つめてくれた。
「はい、大丈夫ですよ。ゆっくりと息を吸って、止めて。そうです。ゆっくりと息を吐きましょう。俺がそばにいますから」
イケメン気取りなセリフを言ってしまって顔が熱くなる。
そんな俺の表情を見てお市様の頬にも笑みが浮かぶ。
令和の時代に経験したかった高校生同士の恋愛みたいだ。
そんな和やかな雰囲気に反して、俺の脳裏には様々な考察が浮かんでいた。
一度目の謀反失敗――俺はその後の史実を知っている。
信勝が織田家の当主になる野望を捨てきれず二度目の謀反を起こそうとしたのを、柴田勝家らの重臣たちが見限ったのだ。
――だが、それはもしかしたら違うのではないか。
思わず俺まで体が芯から震え出す。
だがなんとか腕に力を込め、お市様に動揺を悟られないように耐えた。
焦点の合わない目で視線をさまよわせながら、再びお市様の呼吸が荒くなる。
苦しい息を押し出すようになんとか言葉を紡ぎ出そうとするのをなだめながら、俺はその続きを待った。
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