(7-15)
雨が近いのか、蒸し暑い風に乗って青草の臭いが漂ってくる。
――さてと。
ここまでは想定内だ。
信長は俺を捕らえてどうするのだろう。
殺すつもりなら、捕らえるまでもなくあの場で切り捨てていただろう。
俺みたいなホトトギスを鳴かせる必要などないかもしれないが、利用するつもりだからこそ、こうして生かしているのだ。
だから、まだチャンスはある。
しかし、こうして牢屋に閉じ込められてると、黒田官兵衛の逸話を思い出すな。
有岡城で織田信長に謀反を起こした荒木村重のもとへ向かった官兵衛は、説得に失敗し一年もの間幽閉されていたのだ。
べつに幽閉されたから軍師として覚醒するってわけじゃないけど、何かそういう共通点ができるって心がくすぐられるんだよな。
牢屋の中でニヤニヤしている俺を、見張り番が気味悪そうな目で見ていた。
暗くなってきた頃だった。
「腹が減っただろう」と、武将が握り飯を持ってきた。
丹下砦で話した河尻秀隆だ。
見張り番に鍵を外させ、中に入ってくる。
「実はな、おぬしに頼みがあるのだ」
「なんでしょうか」
「わしに服を譲ってはくれまいか。どうしてもその南蛮の服を着てみたいのだ」
ああ、そういえば丹下砦でじっくりと素材まで確かめてたっけか。
「着替えは持ってきた」と、きちんと折りたたんだ着物を差し出す。「木綿のものだが、仕立てたばかりの新しいものだぞ」
今川氏真には靴を譲ったし、なんか、わらしべ長者みたいになってきたな。
見返りはたいした物じゃないんだけど、貸しを作っておくのは悪いことではないと思って俺は取引に応じることにした。
ポケットの短刀を隠しながら着物を受け取り、高校の制服を脱いで差し出す。
河尻のおっさんは自分に服をあてがいながら臭いをクンクンと嗅ぎ始める。
――いや、それは、洗ってからにしてくれよ。
「さすが南蛮物は香りからして違うのう」
俺の汗の臭いだっつうの。
おっさんが下着姿の俺を上から下までなめ回すように見る。
「その方、引き締まったいいケツをしておるのう」
俺は慌てて着物を体に巻いた。
「その下履きもどうじゃ。譲ってくれぬか?」
はあ?
全部脱げってか?
「これはさすがに。褌と変わらないですよ」
「いや、ぴちっとしておって、もっこりと、いい収まり具合ではないか」
やめろ、こら、ボクサーブリーフを引っ張るな。
「素材は綿なんで、この形で縫い合わせれば作れると思いますよ」
「しかし、この真ん中のいい具合のところをよく見せてくれ」と、俺の前にひざまずく。
「いや、あの、とりあえず、今は勘弁してください」
俺は浴衣の着方を思い浮かべながら着物を着てなんとかおっさんから体を隠した。
「残念じゃのう。だが、しかし、この南蛮の服だけでもかたじけない。我が家の家宝とするぞ」
シャツとズボンを大事そうに抱えて立ち上がり、俺の目をじっと見つめる。
「わしはその方が今川と通じているとは思えぬ。じゃが、お館様のお考えが分からぬゆえ、ここから出してやるわけにはいかぬが、わしが力になれるときはいつでも頼ってくれよ。その方の厚意は忘れぬ。必ず恩に報いるのでな」
「ありがとうございます」
「今度ゆっくり酒でも酌み交わそうではないか」
――未成年なんで、遠慮しておきます。
俺が曖昧な笑みを返すと、ようやく河尻のおっさんが出て行ってくれた。
――ふう。
なんかいろいろ危なかったな。
俺の方は《厚意》だけど、おっさんの方は《好意》だろ。
この時代は男同士の交わりはむしろ当たり前とされていたっていうし、気をつけないとな。
ま、でも、腹は減ってるから握り飯はありがたくいただこう。
クンクン……。
媚薬とか、変な薬は入ってない……よな。
一人になった牢屋の奥で河尻のおっさんがおいていった麦の握り飯を頬張りながら、俺はこの先の展開を考えていた。
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