(7-14)
酒の飲めない信長は淡々と桃を口に入れていた。
「ああ、酒井殿」と、思い出したように忠次を呼ぶ。「その方、海老掬いなる踊りが得意だそうだが、余興に一つ披露してくれぬか」
「あ、いや」と、忠次は言葉を濁す。「かの踊りは拙者が今川家に住まいしていた若殿のお供をしておりました頃に披露していたものでございまして、今は封印いたした次第でございます」
「新しき若殿に披露すれば良かろう」と、刺すような目を流す。「のう、信康殿」
目をぱちくりとさせながら口いっぱいに頬張った飯を飲み込む作兵衛信康を横目に酒井忠次は軽く頭を下げた。
「申し訳ございませぬが、今川の記憶と共に忘れ申した」
意地を張る忠次に、浮かれたざわめきが静まる。
と、その緊張を打ち破るように、藤吉郎が着物の裾をまくり上げながら広間の中央に転がり出た。
「余興と言えば拙者、この藤吉郎めにお任せくだされ」
帯を締めたまま上半身を脱ぎ、ヤンキー座りで鼻の下を伸ばし頭を掻く。
「サルじゃ、サルじゃ」と、家臣たちが床を叩いて笑い出す。
膳にのったクルミをつかむと、床の上でたたき割って実をつまみ口いっぱいに頬張る。
そんな様子を見て、「サルよ、わしのもどうじゃ」と、家来たちから木の実が投げつけられ、ほいほいと拾っては口に入れる藤吉郎に、今度は信長が桃を一切れ放った。
口で見事に受け止め、果汁を唇の端から垂らしながらそれを飲み込むと拍手喝采が沸き起こる。
令和の俺からしたら行儀の悪い余興だけど、藤吉郎の機転に感じ入ったのか、酒井忠次が涙を流していた。
宴会が終わって俺は牢屋に閉じ込められた。
城の北側のじめじめとした区画にある小屋で、太い角材の格子戸で塞がれている。
俺を押し込め、鍵をかけた藤吉郎が格子の向こうから手招きした。
――ん?
そばに寄ると、手を差し込んで短刀を俺に寄こした。
本多忠真から譲られた今川の短刀だ。
「どういうことだ?」
「おぬしの物だから返すだけだ。汚れは落としてあるぞ」
「なんの罠だ?」
「そう勘ぐるな。これをどう使うかはおぬし次第ということだ」
「お館様の指示か」
「わしはおぬしの味方だぞ。出世したいからな」
質問の答えになっていないし、どこをどう信用しろというのだ。
とはいえ、さっきのサル踊りを思うと、こいつの腹の底はよく分からない。
「あの余興は酒井殿を助けようとしてやったのか?」
「ふん」と、鼻で笑う。「お館様のご機嫌取りも仕事の内だ」
照れ隠しのように視線を逸らすこともなく、真っ直ぐに俺を見つめながら言い切る。
だが、それこそが本心を隠しているのかもしれないのがこいつの分からないところだ。
デイブも化け物だが、藤吉郎も得体の知れない魔物だ。
こういうやつじゃないと、天下なんか取れないのかもしれない。
俺が黙り込んでいると、「さっさと受け取れ」と、面倒くさそうに短刀を放ってよこす。
とっさに受け取った俺は短刀をズボンのポケットにしまっておいた。
「寧々殿に言われた通り、おぬしに力を貸しておるのだ。ありがたく思えよ」
「借りを作ったとは思わないぞ」
「貸しを作ったつもりもないわい」
そう言い残すと、藤吉郎は調子の外れた鼻歌を歌いながら去っていった。
感想・ブクマ・評価ありがとうございます。




