(7-12)
「しかしながら、松平家の存続こそ、織田家の発展に欠かせない重要な鍵となります。ですから、影武者であることを承知の上で、松平家との同盟を結んでいただきたいのです」
「ふむ、たわけたことを」と、信長が鼻で笑う。「我らに何の得もない偽物との交渉など、検討する余地もないではないか」
「いいえ、そうではございません。織田家が天下に覇を唱えるためには上洛を目指さねばなりません。西に目が向けば必然的に背後の東が手薄になる。そこで松平家が東の防波堤となれば、安心して目標に向かうことができます」
信長は黙って俺の話を聞いている。
「だからこそ、影武者が本物となる必要があります。そして、影武者を他の大名家にも本物と認めさせるには、織田家の後ろ盾が必要なのでございます」
「つまり、我ら織田家が結ぶ同盟こそ、松平家の正統な後継者と認めた証になるというわけだな」
はい、と俺は頭を下げた。
「おもしろい」と、信長は鷲の羽ばたきのように扇子を広げた。「気に入ったぞ」
退き佐久間が横から口を挟む。
「おそれながら、殿、松平を引き込むということは、今川に対し敵対の姿勢を鮮明にすることになりますが」
「今もすでにそうであろう。今後もやつらは尾張を狙ってくる。だが、これまでは松平もその先鋒だったのが、これからは織田方の防壁となるのだ。悪い話ではあるまい」
「しかし、このような話、信用して良いものでございましょうか」
「サルよ」と、信長は藤吉郎に目配せした。「あれを」
「ははっ、ただ今」
縁側に下がった藤吉郎が中庭に引き連れてきたのは、縛られた農民たちだった。
「おっとう、おっかあ」
作兵衛も,久作も、六太郎も腰を浮かせて声を上げた。
世良田村の農民たちだ。
――しまった。
先を越されたか……。
俺は昨夜、翌々日までに作兵衛からの連絡が来なかったら、村ごとみんなで三河の岡崎へ行くようにと、世良田村へ書状を出しておいたのだ。
デイブにはめられてから、この時代で生きていくにはただ正論を押し出してもうまくいかないし、根回しや策略といったあらゆる手立てを整えて準備しておかなければならないと学んだからだ。
だが、それよりも先に手を回されていたとは、まだ俺は甘かったのか。
「心配するでない」と、信長は表情を変えず影武者三人に告げた。「人質は戦国のならい。そもそも元康殿も竹千代と呼ばれし幼き頃に尾張に捕らえられておったではないか」
作兵衛とは関係のない逸話だが、酒井忠次は拳を握りしめて世良田村の者たちをじっと見つめていた。
感想・ブクマ・評価ありがとうございます。




