(7-9)
史実という絶対的な証拠を握っているのに、それを語ろうとすればするほど現実から遠くなっていく。
そんな矛盾を俺はどうすればいいんだ?
自分自身でも分からないことを他人に説明するのはもっと難しい。
だが、それを形にして伝えないと人を動かすことなどできないのだ。
考え込んでいる俺にみんなの視線が集中していた。
――俺は人を殺したんだ。
なんか、そんなことをふと思い出して、そのまま言葉にしてみた。
「桶狭間で俺は本来なら歴史に名を残すはずの武将をただの弾みで殺してしまったんですよ。もう後戻りはできないんです」
藤吉郎が短刀を俺に突きつける。
「だから見張り番だってためらうことなく殺したんだろう」
「それは違う。とにかく話を聞いてくれ」
「サル、やめなさいよ」と、寧々さんが袖を引く。「この人はそんな悪い人じゃないでしょ」
「まあ、よい」と、柴田勝家が藤吉郎を手で制した。「それがどういうことになるのだ。申してみよ」
「一人殺してしまったことから目を背けようとは思いませんし、その責任は負うつもりです」
だからこそ、影武者を立てて家の存続を図ろうとしているのだ。
「ただ、いくら戦国の世の中だからとはいえ、どうしたって人を殺したくなんかないんですよ。できれば生かしたまま味方につけて、誰も死なずに済む方法を考えたい」と、俺は続きの言葉を探しながらため息をついた。「俺は軍師です。シナリオ……つまり歴史の流れを描く役割です。でも、このたびの合戦で、戦いに勝つということは敵を殺すことなんだと思い知ったわけです。自分が直接手を下すのでなくても、俺が考えた作戦の通りに戦いを進めるのでも、戦である以上、そこで必ず人は死ぬんです。もしも、人を殺さずにすむ方法があるなら、その方が最善の手段なんじゃないかと思うわけです」
俺の話に耳を傾けながらみんなはうなずいたり口を曲げたりしている。
「強い者が弱い者を吸収してより強くなり、戦のない世の中を完成させる。それが天下統一の物語。そして、その主役が織田家だからなんじゃないですかね、俺がここにいる理由は」
「そなたの言いたいことは分からぬでもない。だが、だからこそ、なぜ織田家なのだ。今川でも武田でも良かろうし、そもそも足利将軍家の再興の方がそなたの目標に近いのではないのか」
深く息を吸って俺は柴田勝家の鋭い目を見つめ返した。
「逆に、柴田様はなぜ織田家に仕えているのですか?」
「わしは尾張に生まれたから織田家に仕えておる」
「仕方なくということですか」
柴田勝家は苛立ちを隠さず拳で自分の膝を叩く。
「失礼なことを申すな。そういうことではない。かつては弟の信勝様にお仕えしていたこともあった。だが、お館様に許され、織田家に仕え続けることができておる。その恩義を忘れたことはない。わしのことより、今はそなたのことをたずねておる。話をそらすでない」
「今川や武田は源氏として格式のある名家です。ですが、すでに古参の家臣が重要な地位を独占しており、新参者が入り込む隙はありません。また、古参の家臣ほど新しい考え方を取り入れたり統治政策を変えることに抵抗するでしょう。その点、織田家はこれから発展する新興勢力です。商業を発展させ、新しい時代の戦い方を取り入れる柔軟性があります。俺が考えた戦略で四方の大名たちを傘下に収めていけば、必ず織田家が天下を取れます。俺はそれを実際に試してみたいのです。柴田様も、それを見てみたくはありませんか」
「ううむ、それはそうじゃが」と、うなったきり、柴田勝家は黙り込んでしまった。
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