(7-6)
正直な気持ちが顔に出てしまい、デイブが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「フランクに話しましょうよ、三浦さん。歴史というシナリオを一番無視してるのは、あなたじゃありませんカ?」
三浦じゃねえよ、サカマキだっつうの。
あんたは俺の名前を無視してんだよ。
俺の困惑まで無視してデイブが続ける。
「あなたは歴史を変えるためにここに来た。そうですよネ?」
「来たくて来たわけじゃないけど、そのつもりだ」
「なら、もっとうまく立ち回るべきですネ。あなたは……受け身すぎます。ネガティーフ、モデスト……ケンキョさはジパングの美徳ですが、それでは歴史は動きませんヨ。蝶の羽ばたき一つで歴史が変わるなら、むしろ自分から動かしていけばいいのではありませんカ?」
バタフライ・エフェクト。
なんでそんな言葉を知ってるんだ?
「もしかして、あんたも未来人なのか?」
「いいえ、ワタシはあくまでもこの時代に生まれ育った者デース。三浦さんこそ、未来人なんですカ?」
やばい、身元を明かしたも同然の質問だったか。
「いや、俺は三浦村出身……」
とっさにごまかそうとした俺にデイブが人差し指を立ててゆっくりと振った。
「フランクに話しましょう、三浦さん。隠さなくてもいいデース。あなたが未来から来たという話は信じますヨ。なにしろ、ワタシは神を信じていますからネ。神の存在を信じることにくらべたら、この世で起こるあらゆることはササイなことですヨ。ワタシだって地球の裏側から来てますけど、ジパングの人から見たら異星人でしょう」
デイブらしい屁理屈だが、科学的知見に基づいた合理的な思考とも言える。
お互いにフランクに話せる土台ができていることを理解し合えた気がした。
雷の光でデイブの顔が闇に白く浮かぶ。
「三浦さん、ワタシと組みますカ?」
「断る」と、俺は即答した。
「ならば、この場であなたをコロします。それは神の意志ですから」
俺の答えを知っていたかのように、いつの間にかデイブの手には短剣の鞘が握られていた。
見張りに預けた今川の短刀だ。
「なんでそれを……」
「冗談ですよ」と、デイブが俺に短刀の鞘を握らせる。「あなたに返しに来ただけです。カエサルの物はカエサルに返さるる、なんてネ。ワタシはあなたのミカタですから受け取ってクダサイ」
そして、長い脚をカニのようにゆっくりと動かしながら姿勢を崩して立ち上がると、背中を向けて障子に手をかけた。
「またどこかでオメにかかりまショウ」
喉が詰まって返事ができなかった。
得体の知れない南蛮人が去った後、俺は布団の中で情けないくらいに震えていた。
――史実を知っている俺が最強?
ただそれだけだろう。
シナリオが変われば、そんなものには何の意味もない。
そもそもこの時代に来てから俺のシナリオは何一つ実現していないじゃないか。
桶狭間ですらなくなっていたんだぞ。
それはすべてデイブのせいだ。
あいつは何もかも分かっていて、シナリオの裏の裏を先読みしてるんじゃないのか。
俺は織田信長や今川義元を手玉に取るようなとんでもない化け物を敵に回したのかもしれない。
屋根を押しつぶすがごとき雷鳴が轟き、心臓の鼓動が高鳴る。
蝶の羽ばたき、天空を揺るがす雷鳴、大地を潤す雨の一滴、そのすべてをコントロールすることなど誰にもできない。
歴史のシナリオを変えたつもりでいても、その結果は実はただの偶然に過ぎないのではないだろうか。
考えたところでそんな哲学的問題に答えなど出ない。
俺はゲームで学んだ史実を知っているだけで、そもそも思考力があるわけではない。
千回に及ぶ天下統一の実績だって数千回の失敗を重ねたシミュレーションで、ようやく解を見つけたのにすぎない。
その程度の凡庸な頭脳で考えたところで、ただ単に混乱していくだけだ。
お守りのようにズボンのポケットにしまった短刀の感触を確かめているうちに、俺は深い眠りに落ちていた。
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