(7-4)
清洲城下へ入った時は日も暮れていた。
直接城へ上がるのかと思っていると、藤吉郎が武家屋敷の前で立ち止まった。
龍のように枝のうねった松がひさしのように門にかかっている。
そこは柴田勝家の屋敷だった。
「今晩はここに滞在する。明朝城からの使者が迎えに来るまではゆっくりしてくれ」
「このまま城へ行くんじゃないのか?」
「わしのような下っ端に正式な取り次ぎ役など務まるわけなかろう。御家老の柴田殿に引き渡すまでがわしの役目じゃ」
武家社会の身分関係の厳しさが逆に俺にとっては好都合だった。
このままなんの準備もなく登城していたら終わっていただろうが、一晩あれば対策を考えることができる。
柴田家の屋敷は家老だけあって、使節一行全員を受け入れるだけの余裕があり、縛られていた俺もいったんは縄がほどかれ、板張りの広間でくつろぐことができた。
正面、上座の位置に作兵衛元康、その前から順番に俺と家老の酒井忠次が控え、その次に本多忠真、そして、久作康政、六太郎忠勝がそれぞれ向かい合って並んだ。
藤吉郎と前田利家はその並びから外れた縁側に近いところに正座している。
松平の一員としてではなく、あくまでも織田家の立場であることを強調しているのだろう。
奥から姿を見せた主人の柴田勝家が部屋に入ってくると、作兵衛の前に歩み出て平伏した。
「織田家の家老柴田勝家と申します」と、世良田村の作兵衛とも知らず挨拶を述べる。「松平元康殿におかれましては、狭苦しいところではございますが、明朝までごゆるりとおくつろぎいただきたい」
「かたじけない」と、横から酒井忠次が応じた。「世話になり申す」
「して」と、正面に顔を向けた柴田勝家が首をひねる。「元康殿はかつて清洲におられたことがござったが、ずいぶんと印象が変わりましたな」
史実では今川の人質として駿府へ送られる時に、竹千代と呼ばれていた若き日の元康少年は家来の裏切りで捕らえられ、いったん織田方に送られたのだ。
「そ、それは……」
しどろもどろで大粒の汗を流し始めた作兵衛の代わりに俺が答えた。
「若殿は、『我も元服し、何度となく戦場へ出ておるゆえに、幼き頃とは似ても似つかぬ姿となったようじゃ』と申しております」
「なるほど、さすがは松平の若殿、この柴田、出過ぎたことを申し上げたことをお詫び申し上げまする」
「『いやなに、気にするでない。昔語りのできる知り合いがおることは心強いものよ』と、若殿が申しております」
作兵衛は俺の言葉に合わせてもっともらしくうなずいていたが、やはり農民にいきなり殿様の真似をしろと言っても無理がある。
冷や冷やものだったが、ぼろが出ないうちにいったん柴田勝家が下がり、入れ替わりに食事が運ばれてきた。
山菜の味噌和えに麦飯と味噌汁、それに焼き魚がついている。
塩焼きの鮎だ。
「うほっ、豪華だな」
安心してはしゃぐ作兵衛に釘を刺す。
「殿様がこれくらいの食事で騒ぐな」
「仕方ないだろ。歩き続けて腹が減ってるんだからな。おい、久作も六太郎も遠慮なく食っておけよ」
「言われなくても食ってるよ」
がっつく六太郎を本多忠真がたしなめる。
「馬鹿者、いやしい食い方をするでない」
――まったく。
武士らしい言葉づかいを学ばせるのも時間がかかるか。
まあ、俺だって、脳内モニターに見本の文章が表示されるからそれらしく話せるだけなんだけどな。
もっと古文を学んでおくんだったと反省したところで、五百年も後の祭りだ。
ただ、明日の信長との会見の時も酒井忠次にしゃべらせて、作兵衛は大事なところだけうなずけばいいように練習しておく必要があるな。
ただ、鮎の塩焼きは山椒がきいていて本当においしかった。
この時代に来て初めて空腹を満たす以上に満足した食事だった。
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