第7章 波乱の清洲会談(7-1)
昼前に戻った沓掛城では、松平元康となった世良田村の作兵衛が飯を食っているところだった。
「こんなに腹一杯食っていいなら、殿様も悪くねえな」
その横では、茄子の久作も立派な武士の姿になっていた。
酒井忠次が馬子にも衣装と感慨深そうにうなずいている。
「この者には、わしの家来である榊原家を継がせることにしました。こたびの戦で亡くなったものでな」
俺たちに向かってすました顔で頭を下げる。
「拙者、榊原康政となりもうした。以後、お見知りおきを」
「おい、久作よ、おまえ、そんな言い方どこで覚えた」と、頬についた米粒をつまみ取りながら作兵衛がニヤける。
「アニキとは頭が違うんですよ」
「なんだと、俺は殿様だぞ。そっちの口の利き方は分かってねえようだな」
と、そこへ織田信長に報告しに行っていた藤吉郎も戻ってきた。
「今川の様子はどうなっておる?」
「岡崎城を退去したところを見届けた」と、前田利家が答えた。「で、そっちの首尾は」
「お館様は今朝方清洲へ戻られた。会見は清洲でおこなわれる。わしが松平家の一同を連れていくことになった」
「そうなのか。困ったことになったな」
シナリオがまた変わったことについて俺は正直な懸念を漏らした。
「しかたあるまい」と、藤吉郎は鼻先を指でかく。「織田家への臣従を申し入れるのであれば、松平家から出向くのが筋であるからな」
「臣従とは聞き捨てならぬぞ」と、酒井忠次が詰め寄る。「同盟という話ではなかったのか」
「お館様がそんな条件をのむわけなかろう。そもそも松平は今川の傘下であって、尾張一国を治める織田家とは釣り合うわけがなかろう」
「織田家とて、今こそ尾張を手中にしておるが、元は斯波家の守護代に過ぎぬではないか」
「勝ち残った者が正義。滅んだ者は口をきけぬからな」
冷たく言い放った藤吉郎に対し、酒井忠次も本多忠真も反論はしなかった。
影武者で乗り切ろうとしている松平家から言えることなど何もないのだ。
「俺の帰参についてはお館様は何かおっしゃってたか?」
前田利家が前のめりにたずねると、藤吉郎は腕を組みながらため息をついた。
「そのことだがな、何もおっしゃらなかったのじゃ」
「なにゆえに?」
「おぬしの手柄は認めてくださっておるのであろうが、だからと言って、帰参が許されるわけでもないようじゃ」
「だったら、いったいどうすればいいんだ」と、利家は奥歯を噛みしめながら何度も自分の膝に拳を打ちつけた。「今のままではまつ殿と祝言も挙げられんわい」
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